第二章 時を越えた邂逅と別離 2-3
安宿や酒屋がひしめき合う早朝のダールトル通り、トールンを早立ちする旅人の影がちらほら見え始めた頃〝刎ねる仔馬亭〟と言う名の小さな旅籠から、旅支度をしたひとりの男が姿を現わした。
「どうやら天気はいいらしいな、旅人にゃそれがなによりだ」
天を見上げ、男が独り言ちた。
今日は晴天らしく、やっと明け切ろうとする陽の光で東の空が茜に染まっている。
清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込み、男は大きく伸びをした。
「ペラン、わたしの可愛い息子。ここまで来といて会いもせずに黙って行っちまうなんて、あんまり薄情なんじゃないのかい。亭主が生きてたら、げんこつの嵐が飛ぶよ」
薄い靄にかすむトールン市街に立ったペランに、突然声が掛けられた。
振り向いたペランの目に、一瞬で涙が溢れる。
「お、女将さん」
いい年をした髭面が、まるで子どものようにくしゃくしゃに歪む。
「女将さんじゃないよ、お前が帰ってくるのをいったいなん年待っていたと思うんだよ。あのひとも死ぬ間際まで心配してたんだよ、ペラン、ペランってさ」
そこに立っていたのは、初老の女性だった。
ペラン同様、頬が涙で濡れている。
「えっ、じゃあ親方は――」
「八年前にぽっくり逝っちまった、あたしをひとり置いてね。まったく死ぬまで勝手な男だったよ」
それは孤児のペランを親代わりに面倒見てくれた、初代トールン町役総代シャンブルの妻デミトリアであった。
傍らにはペランと同年代の、柔和な目をした男とほっそりとした綺麗な年増女が立っている。
「グルカ、お前が知らせてくれたのか」
ペランが男に訊いた。
「余計なことかとも思ったが、デミトリアのおふくろさんとも知らない仲じゃないし、黙っちゃいられなかったのです」
グルカと呼ばれた男が応える。
中肉中背で豊かな口髭を蓄えた姿は、落ち着きのある上級役人と言った風情だ。
昨日ペランが星光宮の敷地どころか、御前会議の場にまで入れたのは、すべてこのグルカのお陰であった。
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