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第二章 時を越えた邂逅と別離 2-2



「ダリウス、俺が今回トールンに姿を見せたのは、その夢の欠片を返すためだ。なにもいまさら波風を立てる気などなかった、ついあの頃の癖でいつもの口論となったまでだ。昔は毎日怒鳴り合ってた、それ以上に笑い合っていたがな。懐かしいな、愉しかったな、毎日が輝いていた。今日は昨日より、明日は今日より良き日になると信じていた。きっとブルガさまがそうしてくださると、信じ切っていた」

 ペランの顔がその頃と同じように、ふっと若やいで見えた。


「これをガリフォンに渡してくれ」

 ペランが懐から羊皮紙を取り出し、卓の上に置く。


「ブルガさまの――」


「ああ、遺訓書さ。これは俺たちが、ブルガさまとともに歩いた夢の証だ。俺とともに朽ち果ててよいものではない。ひっそりとでも構わん、いつまでもあのお方が光り輝いていた星光宮の中で眠っていて欲しい。俺は明朝にはトールンを発つ、お前からガリフォンに渡してくれんか。それともうひとつ、俺の爵位とシャーゼンウッド家の領地を正式に返上したい。もしいまでもそれが残っているのであればな」


「勿論残っているとも。いまでもお前はリム・サイレン家の数少ない直臣で、男爵の爵位はそのままだ。シャーゼンウッド家の領地は、宰相権限で代官を置き恙なく存在している。懸かる経費以外は、お前の名義で蓄えられているはずだ。十八年も手付かず故、いまでは相当な財となっていよう。それもすべてお前のものだ」

「ならば、それも含めすべてを放棄する。後は好きにしてもらって構わん」

「相変わらず欲のないヤツだな」


 まるで壊れた玩具でも手放すようなペランへ、ダリウスが苦笑交じりに溜め息を吐いた。


「しかし明朝発つとは、なぜそんなに急ぐ。ガリフォンとて本音はお前と話したいはずだ。ユーディとブラーディンだってきっとそうに違いない、しばらくトールンに留まることはできんのか」

 急な話しに驚いたように、ダリウスが引き止める。


「フリッツさまもお前のことを、大変気にされておる。あの後是非にとせがまれ、われらが若き頃にブルガさまと夢見た日々の話しをお聞かせしたところだ。お前さえよければ、星光宮にもう一度出仕してはくれぬかとも申された」


「あのお若い大公さまが――。ありがたい話しだが、聞かなんだことにしておこう」

 どこか歯切れの悪い言い方である。


「それにいまサイレンには大きな難問が降り掛かっておる、楼桑の姫とフリッツ殿下の縁談話しじゃ。ヴァビロン帝国も一枚噛んで、対応を誤れば国の浮沈にも影響が出るやもしれん。その事もあり、ガリフォンも気が立っていたのだ。お前が宮廷に戻ってくれれば、こんなに心強い事はない」


「いまさら俺がここに居たところで、なんにもなりはせん。却って立てずとも良い波風を立てる結果ともなろう、すでに俺は過去の人間だ。いまのサイレンを支えているのはお前たちではないか、自信を持って事に当たれ」

 そう言って、ペランが遠い表情となる。


「――実はな、俺の命はそう長くはない。本来は二度とトールンの地を踏むつもりはなかったが、まだ俺にも未練というのが残っていたらしい。最後にひと目ここを見てみたくなった、古き友の顔もな。それが思いも掛けず星光宮の中にまで入れた、今日ですべての思いは叶ったよ」


「命が長くない? それは一体どういう事だ、病にでも罹っているのか。ならば良い医者を紹介する、儂の邸に留まり養生をすればよい」

「いいや、いまさら手遅れだ。頭の中に悪いでき物が出来ているらしい。この病は治らん、あと半年持てばいいくらいだ」


「それは確実な話しなのか」

「ああ、間違いない。スケベで酔っ払い爺いの、カダ先生を覚えておるか」

「忘れるわけがなかろう、お前が星光宮へ連れてきたのだ。〝放浪の医聖〟と言われた名医で、それがきっかけでお前とフローリアは出逢い結ばれた」

 懐かしむようにダリウスが微笑む。


「そのアール・カダ先生最後の弟子が、ヴァビロンに居ってな。その名医が看たてたのだ、十中に十間違いはない」

「そうか・・・・・」

 ダリウスが沈痛な表情で黙り込んだ。


「なあダリウス、ガリフォンにペランが最後にこう言っていたと伝えてはくれんか。おまえともう一度喧嘩が出来て愉しかった、できれば若き大公殿下の思いを分かってやって欲しい。思い出せ、あの頃の俺たちもそうであっただろう、とな」


「わかった、必ず伝える」


 泣いているのか笑っているのか判然としない、複雑な顔でダリウスが頷く。


「これからどこへ行く」

 端的なダリウスの問いに、ペランが発した答えは意外なものだった。

「グリッチェランドの隅にある、ファーナルの森へ行くつもりだ」

「ファーナル? もしやジャンドールさまの――」

「ああ、郷士であった頃から領しておられた、山深い田舎だ。いまでもベルゲン家の縁戚者が跡を継ぎ、昔ながらの森番をなさっているという。俺もそこで木々を相手に、その時が来るのを静かに待つつもりだ」

「お前らしいな――」

 ダリウスが笑った。


 それからもうしばらく語り合ったあと、ペランは邸から姿を消した。



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