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第23話「月野:絆エピソード1」

 突然だが、僕は熟睡していても人の気配を感じたら、必要に応じてすぐに目を覚ますことができるという特技を持っている。


 なんでそんな話題を出したかというと、僕の部屋に誰かが侵入してきたからだ。


 時刻は恐らく深夜二時頃。こんな夜更けを狙ってくる来訪者に思い当たる節はない。となればきっと、本当の意味での侵入者だろう。


 寝返りを打つふりして態勢を整える。ついでにこんな時のために枕の下に忍ばせておいたタクティカルペンを手に持つ。


「……」


 侵入者は音を立てないようにゆっくりとこちらに近づいてくる。


 一歩、また一歩とその距離が近づくにつれ、僕の鋭敏な鼻が嗅ぎなれた匂いをキャッチした。


 甘い。ともすればむせ返るほどの甘さであるそれは、男性性を持つ僕にとって強烈なメスを意識させて止まない香りだった。


 搾り立ての乳のような甘さにレモンの汁を溢し入れたかのような爽やかさは若い娘特有のものか。


 更にそこに彼女だけが持っているオスをその気にさせるフェロモンが加わることによって生まれる匂いは、奇跡的なバランスで配合された匂いだ。故に僕を惹きつけて止まない。


 天音にも、真衣華にもないものだ。僕はこの時になると、侵入者が誰であるか確信を持っていた。


「……起きてるんでしょう?」


 月野さんはそう問いかけるが、僕は彼女が何をしようとしているのかとても興味があった。だから、狸寝入りを続けることにした。


「すぅすぅ」


 僕が寝息を立てると、なんと月野さんは僕の上に馬乗りになってきた!


「嘘つき。やっぱり起きてたのね」

「驚きだな。まさか月野さんが夜這いにくるなんて。どんな心境の変化だい?」


 僕の軽口にしかし月野さんは、


「視力4・0、聴力マイナス30dB、肺活量95%、骨密度1・5、eGFR90オーバー、白血球も赤血球も基準値の二倍を軽く越えてる」


 月野さんが読み上げた数値は人間ドックやなんかで目にする項目だ。しかし、その数値がおかしい。どれもこれも基準値から大きく逸脱している。はっきり言って異常だ。


「それどこの超人? およそ人間やめてるよね」

「貴方の検査結果よ」


 わお、それは驚きだ。昔から人より頑丈な方だとは思っていたけど、こうして数値で示されると異常さが際立つね。


「貴方本当に人間? 今泉さんの攻撃を避けた時もおかしいと思っていたけど、動体視力も並の人間から逸脱してるんだもの。避けられるはずだわ」


「実はスーパーマンだったんだ」

「茶化さないで。まだあるわ。悪いけど、貴方の過去を調べさせてもらったわ」

「……感心しないな」


「ごめんなさい。だけど、必要なことだった。貴方の経歴、綺麗過ぎるのよ。ごく一般的な家庭に生まれて、幼稚園、小中と家の近くの学校を卒業。その後、私立広陵学園に入学、天音さんと出会う。以降、出張で家を空けがちな両親の代わりに風上家と親交を深める」


「よくあるご家庭の話だね」

「ええ。『貴方の過去を示すものが何もない』という点を除いてね。どれだけ探しても、二年より前のデータがどこにもなかった」


「……やれやれ」

「説明してもらうわよ?」


「とりあえず、僕の上から降りてくれ。月野さんに乗られていると変な気になる」

「あら失礼、重かったかしら」

「いいや、軽いくらいさ」


 まったく、とんだ来訪者だ。せっかくムフフなラブコメ展開かと思ったのに、強制シリアスパートだなんて、僕の好みじゃないんだけどなあ。


 頭を掻きながら身体を起こした僕は、リモコンを使って部屋の電気をつけた。そして、ミニ冷蔵庫からルイボスティーを取り出し2人分用意した。


「何から説明したものかな……僕の両親が義理の両親だっていうのは?」

「やっぱりそっちが本命だったのね」

「というと?」


「貴方の過去を調べた時、血縁としての両親の話と、養子としての両親の話、2つが出てきたの。まるでカバーストーリーよ。一般人には普通あり得ないことだわ」


「はてさて誰が流した情報か。まあ、真実は今一緒に暮らしてる両親は義理ってことだね。そして、僕が父さん達の養子になったのは二年前のことだ」


「たった二年前? その前は何をしてたの?」

「わからない」

「わからないって、ふざけないで。真面目に聞いてるのよ?」


「ふざけてないよ。本当のことだ。僕には二年より前の記憶がない。唯一知っているのは今の両親から教わった、赤ん坊の時に孤児院の前に捨てられていたということだけだ」


「そんなこと、あり得るの……?」


「現に僕がそうだ。だから僕の記憶がない間、僕がどんな経験を積んできたのかというのは記憶に尋ねても答えてはくれないんだ。その時になったら身体は覚えてから答えてくれるみたいだけど」


 今泉とやった模擬戦の時みたいにね。僕は格闘訓練なんて積んだ記憶はないけど、関節を極めたいと思ったらその通りに身体が動いてくれた。


「貴方、何者なの……?」

「ちょっと人より身体が頑丈で、人並みに女の子が大好きな普通の男の子だよ」


「信じてもいいのね?」

「今の僕は。過去の僕は知らない」

「そう。貴方の過去、わかったら教えるわ」


「いやいいよ。僕は今を生きてるんだ。過去がどうだったからといって生き方を変えるつもりはない」

「ほんとにいいの?」


「少なくとも今はそう思ってる。ああけど、このことは他の人には言わないでくれると嬉しいな。特に天音には。あいつとは『普通』を過ごしたいんだ」


「わかったわ。それにしても、本当に天音さんのことが大切なのね」

「僕の唯一の親友だからね」


「羨ましいわ……私にはそういう人、もういないから……」

「アプローチに入って疎遠になっちゃったの?」


「ううん、覚めない眠りに入っちゃったのよ」

「それって……」


「そ。イドに意識を持っていかれちゃったのよ。だから私はあの子を起こしてあげないといけない。それが私にできる恩返しなの」


すでに済んだ過去のことのように彼女は言ったが、それが努めてのものだというのは一目でわかった。きっとそう在れるまでに思い、悩み、そしてそう決めたのだろう。だから、


「そっか。早く意識が戻るといいね」


 僕が言えることなんて、そんなありきたりな言葉だけだった。


 今泉もそうだったけど、やっぱりこの業界に入ってくる人は何かとエスの海に縁があるのかもしれない。僕みたいに何にも関係のない偶然みたいな人は珍しいのかな。


「なんだか湿っぽくなっちゃったわね。起こした私が言うのもなんだけど、眠気はある?」


「大丈夫だよ」


「それなら、この後ちょっと付き合って。言いづらい事聞いちゃったお詫びをするわ」


 というわけで、深夜に僕達は他の二人にバレないよう抜き足差し足忍び足で家を出た。


 月野さんに案内されるまま到着したのは15階にあるお洒落なバー・ラウンジだった。


「驚いたな、デパートの時も思ったけど、アプローチは一体どこを目指してるんだい?」


「相変わらず顔に出ない人ね。なかなか家に帰れない人もいるから、ストレス発散の場としてこういう場所も必要なのよ」


「職員さんの慰安施設ってわけか」

「そういうこと」


 ワンフロア丸々バー・ラウンジなだけあって、なかなか以上に見応えのある光景だ。ボックス席の数が多いのはラウンジという形態故だろう。


 Yシャツを着た職員さんらしき人達が、女の人にお酒を作ってもらいながら何やら楽しそうに話をしている。実に楽しそうだ。僕もその輪に混ざろうと一歩を踏み出すと、


「ぐえ」

「貴方はこっち」


 首根っこを掴まれてしまった。


「ああ、僕の女の子達が遠ざかっていく……」


 そのままズルズルと引っ張られた先には、おっぱいの大きいおねーさんがバーテンダーをやっているカウンター席があった。


「へいへいおねーさん、ピーマン食べれる?」

「ピ、ピーマン? 食べられるわよ?」


「サイッコーだよ! 僕ね、ピーマンが好物なんだ!」

「なんで初対面の相手にそんなこと聞くのよ!」


「美人のおねーさん見たらなんか聞かないといけない気がした」

「ほんとにもう……ごめんなさいね、優子(ゆうこ)さん。彼、変わってるの」


「ふふ、話に聞いていた通りの子みたいね」

「おろ、僕のこと知ってるんですか?」


「月野ちゃんからちょくちょくね」

「ちなみにどんな風に?」


「ものすごく強い子だって」

「そうなんです、僕強いんです」


「お調子者とも聞いてるわよ?」

「なんてこったい月野さん、それは言わなくていいだろう」


「言わなくても今までの会話でバレてるわよ」

「それはそう」


 どうやら今夜はここで過ごすようだった。席についた月野さんに習って僕も座る。


「何をお作りしましょうか」

「私はいつものを。九条君はどうする?」


「ノンアルコールのカクテルってできますか?」

「任せて。嫌いな果物とかはあるかしら?」


「好き嫌いはないので完全にお任せで」

「承知しました」


 言って、カクテルの準備を始める優子さん。シェイカーの中に次々と材料が入っていく。


「月野さん、ここにはよく来るの?」

「そうね。仕事終わりとかにふらっと来て、1杯飲み終わるまで優子さんと話してから帰るって感じかしら?」


「わお、大人だ」

「こんな仕事してると、なかなかまとまった休みが取れないもの。心配しないでも、その内九条君もそうなるわ」


「うへ、それはやだな。そういえば月野さんって学園には通ってないの?」

「アプローチに入社するのと一緒に中退したわ。とても二足のわらじを履けるような仕事じゃないもの」


「それもそうか。ということは同年代の人達とカラオケに行ったりっていうのも?」

「してる暇あったと思う?」


「仕事人間だね」

「悪かったわね、つまらない人間で」


「そこまでは言ってないさ」

「お待たせしました」


 優子さんがノンアルコールカクテルを僕達の前に置いてくれた。


 僕のは匂いから察するに、ジンジャーエールをベースにライムなどを入れたものだろう。


 月野さんのはどうやらノンアルコールのカシスオレンジのようだった。


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