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守 ~ 裁きの時、来たれり ~


 ―― ガシャンッ! ――

 

 と、ガラスの砕ける音が室内に響き、今度は何が起こったのかと背後を振り返る人々の視線の先には、ガラスの割れた窓に立つ、旅装束に身を包んだ優男の姿があった。

 

「あらあら、丁度良かったみたいね」


 その優男の腕に抱き抱えられた、これまた白い子犬を抱き抱えた女性が、緊迫した場に相応しくないのんびりとした声を発した。

 

「スズ姉さん!」


 その女性の姿を見たサエが、嬉しそうな声をあげてその名を呼ぶ。

 

「待ち人来る……か」


 同じくその姿を視界に収めた青年が小さく呟く。

 その顔は、長く離れていた兄に再会し、旅物語をねだる弟の顔であった。


 優男が窓枠から身を躍らせ、居並ぶ者たちの頭上を飛び越えると、戦装束の集団の前へと舞い降りる。

 腕に抱えた女性を優しく下ろすと、女性もまた、抱えていた子犬を床へと下ろした。

 

「あらサエちゃん! 暫く見ない間に綺麗になったわね~」


 サエの声を聞いて振り返ったスズと呼ばれた女性が、嬉しそうにサエへと駆け寄る。

 サエを囲む炎の壁に臆することなく身を躍らせれば、その炎はスズの髪一本焦がす事も無くその身を受け入れる。


「サエちゃ~ん」


「わぷっ!」


 どちらかと言えば、スズがサエを抱き寄せた形になるのだが、炎の壁の中で抱き合う二人。

 

「スズ姉さん、苦しい……」


 その豊かな胸元に顔を埋められたサエが、小さく抗議の声をあげる。

 が、その顔には隠しようの無い嬉しさの表情が浮かんでいた。

 

「あらあら、ごめんなさいねぇ。またちょっと大きくなっちゃったのよ」


 そう言いながら、大して悪びれる事も無くスズがその身を離す。

 その言に、サエは自分の慎ましやかな所を一瞬だけ見下ろして、拗ねたような表情を見せた。

 

 そんな二人の場違いなやり取りを見て笑顔を浮かべていた優男が、スズの足元で尻尾を振りながらきなことじゃれ合っている子犬に向かって声をかける。

 

「白玉! 暫くの間二人を頼むな」


 その声に、白玉と呼ばれた子犬が返事をするように鳴き声を上げると、今度は子犬の姿が光に包まれ、一瞬の後、白い毛皮に身を包んだ狼へと姿をかえる。

 二人を守る様に前へ進み出た白狼が低い声をあげると、きなこの作った炎の壁の内側に、今度は氷で編まれたような格子の壁が姿を現した。

 

 それを見届けると、優男は老翁へと歩み寄り頭を下げる。

 その頭に、老翁の皺だらけの手がのせられ、その黒髪を優しく撫でる。

 ややあってその手が離れた頭を上げた優男の顔には、どこか嬉しながらも照れ臭そうな表情が浮かんでいた。


 優男と共に、青年がそれぞれの列の先頭へと並ぶ。

 ここに、神殿騎士団全八団の全団長が肩を並べた事となった。

 

「さて、前口上ばかり並べ立てたところで詮無い事。さして愉快な事でも無ければ、早々に本懐を遂げさせて頂きましょうか」


 老翁の上げた声に、止まっていた室内の時間が再び動き出す。

 

「な、何をしている! これは我が国に対する宣戦布告だ! 構わん! 城内の全ての兵を集めよ! 足らぬようなら城外の者も呼び戻せ! この無礼者共を一人残さず切り捨てよ!」


 クリストフの怒声が響き渡り、動き出した衛兵が集団を取り囲む。

 取り囲まれた者達もまた、自分達の成すべき事の為に動き出す。

 

 優男を含めた列の先頭に立ち剣を帯びていた者達が、老翁に背を向けながら老翁を中心に円を描くように並ぶ。

 その後ろに立っていた、法衣に身を包み杖を携えた者達が相対する様に、立つ。

 

 それを中心に、今度は列を成していた者達が、その円を守るかのようにぐるりと囲んで見せた。

 

「我は問う!」


 杖を携えた一人が声をあげる。

 

「この行いは、汝の私利私欲の為の行いであるや否や!」


 剣を帯びて正面に立つ者に問いかけ、口を閉ざし、その手に持った杖を高く掲げる。

 

「否! この度の行いは女神の愛し子たる神子の、ひいては我らが嬰児を守る為の行いである! それを私利私欲と言うのであれば、その誹りは喜んで受け入れる所存!」


 問われた男が答え、掲げられた杖に合わせるように、これまた帯びた剣を鞘から抜き放ち、高く掲げる。

 

「汝に問う! この行いの正義はどこにありや!」


 掲げられた杖と剣の横で、新たな声が上がり、新たに杖が掲げられる。

 

「我らが義は我らが内に在りて、それを正義と我らは通す! 何人もそれを汚す事能わず、我らが義を不義と呼ぶなら、正義を今ここに示せ!」


 問われた者はそれに答え、剣は掲げられた。

 

 この場にいる何人の者が、これが一種の儀式である事に気付くだろうか。

 何事か行われている事に気付けたとしても、果たしてそれが何を行っているかまで気付けた者は、極僅かであったに違いない。

 

 王国より遥か離れた地。

 女神の御座すと伝えられる地に伝わる、一つの文字にいくつもの意味と音をのせる言語にて行われる儀式。


 言ってしまえば、問答の内容自体に意味は無く、ただ問い、閉ざし、返す。

 それこそが儀式を構成する要素であった。

 

 問うた口を閉じれば閂となり、閉ざされた門を示す。

 (つえ)(じょう)であり、(じょう)となり門を封じる。

 

 対して(けん)(けん)であり、(かぎ)となって錠を解き、返す言葉は回答であり、(かい)(とう)として閉ざされた門を開き、その奥に佇む堂の姿を顕現させる。

 

 この場に居合わせた問答を行う者達は八対十六人、八つもの門に閉ざされた堂。

 それが開かれた時に溢れだす力は如何ばかりか。

 

 何をしているか解らずとも、自らにとって好ましくないであろう事は疑いようも無く。

 

「何をしている! その者達を止めよ! 相手は寡兵ぞ! 我が騎士団は何をしている!」


 クリストフが声を張り上げるも、この広間の扉は人一人が通るには大きいが、大軍が雪崩れ込むには些か狭すぎた。

 そして、四、五人が並んで通るのが精一杯の扉を抜けてたとしても、そこを守るのは勇猛なる事音に聞こえし大聖堂直属の神殿騎士団。

 

 その実力や正に一騎当千。

 百人に満たないこの騎士団が、その実この世界の最強戦力であるという話は、多少の誇張はあったとしても決して虚構ではない。

 踏み込んだ王国の騎士達は、一合切り結ぶことも叶わないまま、ある者は投げ飛ばされた衝撃で意識を失い、ある者は投げ飛ばされた者の下敷きとなり身動きも取れずに無力化されて行く。

 

 円を守る者たちは、その腰に帯びた剣を抜く事も無く、襲い掛かる者達に必要以上の怪我を負わせることも無く無力化していく。

 リュシアンは、積み上がって行く騎士達の姿をただ唖然と見ている事しか出来なかった。

 

 成す術も無く儀式の進行を見守るクリストフ達の前で、最後の問答が終わり、剣が掲げられる。

 城の中で、室内に意識を奪われている者達は気付かない。

 今や城の上空には、純白で描かれた巨大で複雑な魔法陣が浮かび上がり、それは王都を遥かに望む山中からでも見て取れたと後に伝えられた。

 

 

 

「あ、あれは何だ!」


 王都に住まう人々は、それを指差し戸惑い、口々に疑問の声をあげるが、それについて語れる者は居らず、ただ空を見上げる事しか出来なかった。

 

 

 

 全ての杖と剣が掲げられた円の中心で、老翁が錫杖を両手に掲げ朗々と神への言葉を奏上する。

 

「女神の代行者たる我が名において、此処に願い奉る」


 老翁の言葉に共鳴するかのように、天に描かれた魔法陣が輝きを増し、その光は室内をも照らし始める。

 時此処に至り、会場の中に居た者達も、城の上空に現れたその存在に気付き始めた。

 

「あ、あれは……」


「まさか……神罰の……」


 或いは、歴史学者や神学者であれば喜びに打ち震えたかもしれぬ。

 遠い遠い昔の話、記録にある限りでは過去に一度だけ発現したと言われているそれが、今まさに目の前に現れているのだから。

 

「我らは願う、ただ我が子らの健やかなる畢生(ひっせい)を。故に其を乱す者を神敵と認む」


 見上げる人々の頭上でそれは輝きを増し、その光は日の暮れた王都を真昼の如く照らし出していた。

 

「八門の開封と我らが言葉を証とし、我らが願いと怒りを此処に束ね、邪を祓う大いなる御業を乞い願う!」


 両手に掲げていた錫杖を持ち直し、再び高く掲げる。

 

「落ちよ神罰、其は神鳴る力!」


 掲げた錫杖が渾身の力と共に床へと突き立てられる。

 老いた体のどこにそんな力があったのか、石突は城の石畳を穿ち自立して見せる。

 

 そして、老翁は手を広げ、天を仰ぎ、最後の言葉を吟ずる。

 

「光よ……」


 その言葉と呼応するかのように、遊環が金属的な音をたてると、天空の魔法陣に変化が訪れる。

 

 光で描かれていた文様や文字が、数か所から綻び始め、それぞれが一本の光へと姿を変える。

 中央へと伸び行くそれは、一つの光の珠へと収束し、光を集めたそれはより強い輝きを放つ。

 

 やがて全ての光が珠に収束した直後、それは一条の雷となって地に下る。

 

 王城の最も高い尖塔を砕き、王城の壁を、床を貫きながら光は下り、やがて老翁の突き立てた錫杖へと至る。

 

 光に打たれた錫杖は光り輝き、やがて幾筋もの細い光となって四散する。

 それは、この場に居る貴族達はもちろんの事、市井に在ってサエを貶めた者達全てを目指して飛ぶ。

 

 それは、神の目と手による御業。

 故に、一つの見誤りも無ければ、一つの取りこぼしも無い。

 唯の一人の例外も無く、罪の軽重を問わず等しく咎人へとその烙印を刻む。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ! ……あ?」


 光に打たれたクリストフ達は思わず叫び声をあげるが、その光に熱も痛みも無い事に気付く。

 

「ふっ、はははっ……な、なんだ、何の痛みも無いではないか! これが女神の神罰だと? こ、こけ脅しも良い所だ!」


 クリストフの声に、リュシアン達も落ち着きを取り戻す。

 

「ふんっ、如何な神殿騎士団、ひいては女神の神罰とは言え、高貴なる我々を罰することなど出来なかったという事だな!」


 居並ぶ神殿騎士団を見渡すその顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「女神ですら我らを罰する事が出来なかった事こそ、我ら高貴なる者の行いが正しかった事の証明よ! さぁ、その身の不明を恥じるなら、貴様らこそ罰を受けるのだな!」


 そう言ってリュシアンが神殿騎士団を囲む騎士たちに号令をかけようと手を上げた時、

 

「リュ、リュシアン様!? そ、そのお顔は一体……」


 クリスティーヌの口から戸惑いの声が上がる。

 

「どうしたクリス……そ、その額はどうした!?」


 お互いの顔を見合わせ、戸惑う二人。


「お、お前の額にも……」


「あ、貴方こそ……」


 それに続くように、室内のあちらこちらで戸惑いの声があがる。

 見れば、声をあげた誰もが向かい合った者の顔を、額に視線を向けていた。

 

「ええい! 何だ!? どうしたと言うのだ!」


 何が起きているのか理解出来ないクリストフが、手摺から身を乗り出して声をあげる。

 だが、その声に応える者はおらず、ただ騒めきだけが広がっていた。

 

「へ、陛下……」


 苛立ちを隠そうともせずに声をあげ続けるクリストフに、恐る恐る声がかかる。

 その声に振り返れば彼の傍らには青い顔をした王妃が立っており、差し出された手には、手鏡が握られていた。

 

「何だというのだ! 鏡がどうかした……そ、それは……」


 王妃の顔を見てそれに気付いたクリストフが、その手から手鏡を奪い取ると、自らの顔をそれに映す。

 

「こ、これは……」


 鏡に映った自分の顔を見て、クリストフは言葉を失う。

 そこに映っていたのは見慣れた自分の顔ではあったが、その額にはとある文様が浮かび上がっていた。

 

「如何ですかな陛下」


 鏡を覗き込み、自らの額に手を当て絶句しているクリストフに老翁の声がかかる。

 

「き、貴様! これは貴様らの仕業か!?」


 手鏡を投げ捨て、再び手摺に身を乗り出して老翁を見下ろすクリストフだが、老翁はそれに委縮する風も無く静かに言葉を続ける。

 

「この世界で何よりも貴いと信じていた貴方方の血統は、今やこの世界で最も軽んじ、蔑まれるものとなった。咎人の心の拠り所を奪う事、それが女神の与えた罰なのですよ」


 老翁の言葉を聞き、光に打たれた者達の顔に絶望の表情が浮かぶ。

 その場に崩れ落ちる者もあった。

 

 その者達の額には、女神の文様が浮かび上がっていた。

 ただし、上下逆しまとなった文様であったが。

 

 それは、女神に見放された者の証。

 無限とも言われる女神の慈愛さえ与えられる事の無くなった罪人の印。

 

 髪を下ろそうとも、面で覆うとも浮かび上がり隠す事叶わず。

 肌を焼こうとも、いっそ皮を剥いだとしても永遠に消える事の無い咎人の証。

 

「馬鹿な! 我らこそこの世で最も高貴なる者の末裔ぞ! こんな、こんなことが許されるはずがない!」


 地を踏みつけ、天を仰ぎ声を荒げるクリストフだが、それが老翁達の心に漣を立てる事も無く、静かに後ろを振り返ると宣言する。

 

「成すべき事は成した。なれば、我らは我らの在るべき処へ帰ろう」


 そう言って石畳に突き立てられた錫杖を手に取り、床に打ち鳴らす。

 

 と、老翁達の姿は光に包まれ、輪郭を無くし始める。

 

「おじいちゃん! 皆も有難う! またね!」


 その姿にサエが声をあげると老翁の顔には優しい笑みが浮かび、神殿騎士団の面々もそれぞれに笑顔を浮かべ、または手をあげてその声に応える。

 そうして僅かな時間別れを惜しむと、彼らの姿は光に包まれるようにその場から消え失せ、後には静寂だけが残った。

 

「それじゃ、俺達も行くわ。またな」


 炎と氷の柵の中、そう言って優男がサエの頭に手をのせて優しくその髪を撫でる。

 

「サエちゃんもソウジ君も元気でね」


 白狼の背に跨りながら、スズもそう声をかける。

 

「うん、スズ姉さんもタツ兄さんも元気でね。白玉も!」


 タツ兄さんと呼ばれた優男がスズの後ろに跨り、サエは白玉の前に膝を下ろす。

 声をかけられた白狼は嬉しそうにサエの頬を一舐めし、身を翻す。

 

 入って来た時と同じように、窓から飛び出していく二人と一頭を見送り、青年がサエに声をかける。

 

「俺達も行くか……」


「そうだね」


 そう頷いたサエが、何かに気付いたかのように視線を巡らす。

 その先にリュシアンの姿を見付け、何事か声をかけようと一つ歩を進めるが、それを止めるようにその肩に青年の手がのせられる。

 

 振り向いて目を合わせた青年は、黙ってただ首を振るのだった。

 

「うん……」


 視線を下げたサエを青年が抱え上げる。

 そのまま人とは思えぬ膂力で跳躍し、人々の頭上を飛び越える。

 

 ガラスの割れた窓枠に足をかけると、

 

「きなこ、頼むな」


 何時の間にか青年の肩で羽を休めている鳳に声をかけると、鳳は小さく声をあげその肩から飛び立ち光に包まれる。

 一瞬の後、今度はその背に人を乗せられる程の体躯へと姿を変えていた。

 

 それを見届けると、青年は躊躇う事無く窓の外へと身を躍らせ、その背へと飛び乗る。

 

 青年が抱えていたサエをその背に下ろすと、鳳は力強く羽ばたきその高度を上げる。

 風を頬に感じながら、サエが後ろの兄に声をかける。風に負けないような大きな声で。

 

「お兄ちゃん! 私、このまま旅に出たいな!」


「ん?」


 妹の申し出に、兄である青年が首を傾げる。

 

「大神殿の外に興味があったからこの王国に来たけど、結局学園と宿を往復するだけの生活だったから、もっと色んな所を見て回りたいの!」


「……そうだな、それも良いかもな」


 妹の現に、兄が微笑みながら答える。

 

「うんっ!」




 天を仰ぎ見る者がいれば、夜空を舞う鳳の姿を見る事が出来たかもしれない。

 だが、その地に住まう者の多くは、今や地に伏せるか、伏せたものを慰める事に手いっぱいで、当分顔を上げる事など出来そうにも無かった。

 

 女神にも見捨てられた者達を見下ろすのは、ただ、雲の切れ端から顔を覗かせた月の、青白い光だけであった。


この、僅か数行の漢字ネタをやりたいだけの為に書いたお話と言うオチ。

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