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結局、始発には乗れなかったが、次発の『はやぶさ』には間に合った。
東京駅までの一時間半。やっと得られた休息だったが、目が冴えて寝ることができなかった。身体はたしかに疲れている。が、心の電源がなかなか落ちない。アドレナリンが出続けているのだろう。昨晩の尿意すら、嘘のようにどこかへいってしまった。
東京駅に着くと、信じられないほどの人に揉まれ、途中、何度か道に迷ったが、二十分ほどで京葉線に乗り換えることができた。――それにしても、東京の乗り換えというのはこんなにも大変なんだろうか。
スタスタと流れるように歩くサラリーマンや同年代の学生は、なんだか訓練された兵士さながらで、今思えば少し不気味で異質なように感じる。
京葉線から見える景色は海と青空の爽快さと、海岸線に連なる工業地帯の無骨さが相まって、すごく不思議な感じがした。
「次は〜、舞浜〜。舞浜〜。お出口は……」
葛西臨海公園駅を出発してすぐ、そんなアナウンスが響く。
窓から見える景色にも変化があり……そう。
「ディズニー!!」と、ノルちゃんが元気よく声を上げた。
幻想的で、非日常的な建物群が徐々に近づいてくる。紛れもない。僕たちが目指すゴールが広がっていた。
ノルちゃんは堪らなくなったようで、「うわぁぁ……っ!」と、窓に張り付いて目を輝かせている。
わくわく! うずうず! 落ち着かない様子だった。
無理もない。
初めてのディズニー。ずっと憧れていたディズニー。夢にまで見たディズニー。
むしろよく我慢している方だ。
園内に入ったら、存分に遊ばせてあげよう。僕のお金がなくなるまで。
舞浜でそこそこの人の波に身を任せ、エスカレーターに乗る。
降りたときだった。唐突な尿意が僕の全身を駆け巡る。
なんでこのタイミングなんだろう。
僕は若干イラつきつつ、たぶん、舞浜駅に着いた安心感があるのかもしれないと、冷静に思った。
目の前にゴールが広がっている。歩いて数分でディズニーだ。僕たちを阻む障害などもう、あり得ない。ついにここまで来たのだ。
僕の膀胱が一足先に安堵したのかもしれない。
ノルちゃんから離れたくないが、仕方ない。公衆の面前で漏らしてしまったら、どうしようもなくなってしまうし、これ以上ない屈辱を味わうことになる。
「ノルちゃん。駅出る前にトイレ行っていいかな?」
断ると、彼女は「うん!」と元気よく頷いて、僕をトイレに引っ張った。
「ちょ、ちょっと待って!」
はやる気持ちに抑えが効かないのだろう。
そのまま男子トイレに突入する彼女を、何とか入口に留まらせ、僕は便器に相対する。
チャックをおろし、パンツからペニスを曝け出すと、滝のように小便が流れた。
とめどなく落ちていく水流を眺めながら、僕はホッと胸を下ろす。
――やっと、ここまでこれた。やっと、ノルちゃんの願いが叶う。やっと……。
僕の胸を、じんわりとした温かい何かが沁み渡って、鼻の奥がツンと熱くなる。
僕は瞼をぎゅっと閉じて涙腺に蓋をした。
背筋に寒気が這いずるのを合図に、ペニスを揺らしてパンツに戻すと、たまらないスッキリ感が僕を満たしてくれた。
入念に手を洗ってからハンカチで手を拭いていると、唐突に、叫び声が構内に響く。
『にぃにぃぃいいっ!!』
ノルちゃんの声だった。
嫌な予感がして僕は慌ててトイレを出る。
すると、警官に抱えられたノルちゃんが……。
僕は咄嗟に飛びかかる――も、強烈な重力に引っ張られるようにして、地面に叩きつけられてしまう。水に沈められたような圧迫感が僕を冷たいセラミックのタイルに押しつけた。
効かない自由、何とか首だけ動かして状況把握を試みる。
僕はドラマの犯人逮捕のシーンさながら、複数の警察官に取り押さえられているようだった。
どうやら、僕らの冒険は、ここまでのようだ……。