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僕と少女のちっぽけな冒険  作者: れおすぎ
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 親の言うことは絶対。

 僕は本気でそう思っていた。

 だって、母さんにそう教育されてきたから。


『勉強しなさい。平日は七時間、休日は十三時間勉強するべきよ』

『友達は選びなさい。低俗で馬鹿な友達とは縁を切るべきよ』

『将来を考えて行動しなさい。勉強こそあなたのすべきこと。娯楽なんて、あなたの将来を脅かすものよ』


 僕は何の疑いもなく母さんの言うことに従っていた。

 朝起きて一時間の勉強。学校の休み時間も勉強。放課後は帰って勉強。休みの日もずっと勉強。

 他にやりたいことはあったけど、そんな欲求は心の底に沈め、ひたすらに勉強した。

 だけど、この歳になるまで反発がなかったわけじゃない。

 一度目の反抗は小学五年生の頃だったと思う。

 当時、仲の良かった女子友達から遊びに誘われた。

 元より友達のいなかった僕に初めてできた女友達だった。周りより大人びた彼女は僕とよくウマがあって、友達以上恋人未満的な関係性だったと、僕は勝手に思っている。

 どうしても彼女と遊びたかった。学校の休み時間によく遊んではいたが、放課後はダメだった。家で勉強しなければならなかったから。

 だから彼女に誘われたときは、もう本当に、胸が躍り狂ったようだった。

 今までは、何となく僕の境遇を察して遠慮していた彼女だったが、すべてを理解したうえで誘ってくれた。遠慮をするより、僕と遊ぶことを選んでくれた。それが堪らなく嬉しくて、断る理由なんて見つかるはずもない。

 けど、言うまでもなく母さんが許すはずない。

 だから僕は黙って遊んだ。放課後家に帰らず、そのまま学校の校庭で。

 彼女との時間は楽しかった。僕は初めて友達と遊ぶのに色々勝手が分からなくて戸惑っていたけど、彼女が楽しそうにしていたから、僕も楽しかった。よく分からなかったけど、彼女の笑顔が僕をそういう気持ちにさせた。

 今思えば本当に、僕にとってはほんの些細でちっぽけな反抗のつもりだった。当時は悪気さえなかったかもしれない。

 楽しい時間はすぐに消えた。

 場違いな大人が校庭に現れた。――そう。僕の母さん。

 彼女は僕の目の前までやってくると、氷点下のような冷たい目で僕を見つめた。

「母さん……これはその……」

 僕の言葉なんてまるで聞こえないかのように、彼女はひたすらに見つめる。

 見つめられ、見つめられ、見つめられ……。

 ややあって『バチンッ!!』と、乾いた音が校庭に響いた。

 ビンタされた。それも、脳が震えて視界がボヤけるほど強く。

 視線が一気に集まる。校庭は不気味なまでに静まり返っていた。

「あ、あの……」

 なんとか弁明をしなければ、と思ったが母さんは許さなかった。

 僕の口を塞ぐようにもう一度ビンタをした。

 さらにもう一度。ビンタ、ビンタ、ビンタ……。

 左頬の感覚がなくなってきたところで、僕はようやく「すみませんでした。帰って勉強します」と言った。

 すると母さんは聖母のようにハニカんで「いい子ね」と、言った。

 以降、僕は学校で腫物のように扱われた。

 教室では以前にもましてボッチだった。話しかけられることはなくなり、こっちから話しかけても、困った反応をされるだけ。一言二言、業務連絡のように交わすだけの会話がほとんど。無視されることも珍しくはなかった。

 おかげで、ますます勉強しやすい環境になった。おそらく母さんの狙い通りだったのだろう。

ああでもすれば、僕は学校で精神的に孤立する。あんな親を見てしまったら、みんな怖くて近づけまい。

 言うまでもないが、件の女子とは二度と遊ぶことはなく、話すらしなくなった……。

 ただ、母さんの言いなりに勉強するのも嫌ではなかった。

 幸い、僕にとっては勉強というのはつまらないだけじゃなかった。

 テストでいい点を取れれば嬉しいし、目標や課題をクリアしていく達成感は、勉強以外何もできない僕にとって得難いものだった。

 そもそも勉強っていうのは、要領を学ぶ手段だと思っている。

 世の中の(大半の)仕事というのは、問題、いわゆる困り事を解決することで成り立っている。正しく、そして早く解決できる人には仕事が集まり、その逆はまあ、想像に難くない。

 正確さと早さを両立するためには、仕事を要領良くこなしていかなければならない。つまり仕事ができる人というのは、要領の良い人というわけだ。

 勉強も同じ。

 問題を正確に、早く解ける人っていうのは成績が良い。勉強も、要領が良くないと成績が取れないのだ。

 大事なことは要領を学ぶこと。

 反対に、元から頭が良く、どんなことでも要領良くこなせる人間は、勉強なんて必要ない。要領の得た人っていうのは、大抵のことは上手くやってのけるし、たとえ、難題に直面しても、それを乗り越えるのに必要な勉強ができる。元から頭が良く、要領の良い人は勉強する必要がない。

 中卒や高卒でバンバン稼いでいる人の大半はそういう人だ。大学などで勉強する必要がない。だって勉強しなくても、元から要領良く仕事ができるし、稼ぐ能力を備えているから。

 元から頭のいい人は勉強なんてしなくていい。

 勉強すべきはやはり、僕みたいな頭も要領も悪い人間なのです。

 勉強さえできれば、学生のうちはほとんど無条件に評価されるし、どれだけ人間性に乏しくても、いい大学にだって入れる。いい大学に入れれば、少なからず就職先だってあるはず。その後は……もう、どうにでもなるだろう。

 それに勉強から要領だって多少は学べる。

 そう思えば、勉強だって悪くはなかった。

 でも、ある時僕は決定的なことに気づいてしまった。


 これは本当に、僕の人生なんだろうか。


 母さんの言いなりに勉強して、遊びの誘いを断って、やりたいことを禁止され、ただただ、母さんの敷いたレールをなぞる。

 果たしてこれが、本当に僕の人生なんだろうか。

 たぶん僕は、僕の人生を生きていないのだろう。

 僕の人生は、母さんの人生だ。母さんというプレイヤーが僕を操作して、人生を強くてニューゲームしているようなものだ。これは決して、僕の人生じゃない。

 気づいてしまったら最後。

 僕は堪らなく母さんに従うことができなくなった。

 二度目の反抗。いや、反抗期と呼ぶべきか。

 高校一年生のはじめ。きっかけは部活に入りたいと言ったことだった。

 何でもよかった。勉強以外の何かをやりたかった。母さんのレールから離れたかっただけかもしれない。こんな僕でも真っ当な反抗期を迎えることができた。

 しかし。もちろん母さんがそれを許すはずがなかった。

 彼女の意向から背くたびに、僕はヒステリックに怒鳴り散らされた。


『あなたは学生でしょ⁉ 学生の本分は勉強! 勉強以外なんてやる必要ないわ!!』

『誰のおかげで生きていけると思ってるの⁉ 理解してるなら私の言う通り勉強しなさい!!』

『あなたの服は? あなたのご飯は? あなたの部屋は? あなたの学費は? 誰が用意して! 誰が買ってあげてると思ってるの⁉』

『私がこんなにもあなたを愛してるのに!! あなたは私に感謝の一つもないじゃない!! 感謝しなさい感謝!!! あなたには感謝の気持ちが足りないわ!!!』


 もう、こんなことを言われるのは嫌だった。

 嫌だったら、家を出て就職すれば良い。

 中学で義務教育は終わっているし、その気になれば就職はできるだろう。就職さえしてしまえば金の心配はなくなる。経済的自立をすれば、母さんの支配から逃れられる。

 分かっていた。そんなことは分かっていた。頭の悪い僕でも、どれだけアホな僕でも、途方もなく愚かな僕でも分かっていた。

 それでも――母のもとで暮らし続けたのは、楽だったから、かもしれない。

 母さんの言う通りに結果を出し続けていれば、怒られることもなかったし、進むべき道は常に示されていて、何より、自分で考える必要がなかった。

 こんなことでは自分の人生を生きていないと同義だし、母に支配されていることだって重々理解できる。

 だから、僕のしょうもなさはそこにあるのだろう。

 理解した上で抗うことをやめ、考えることを放棄した。まるで、長年飼い慣らされた社畜のごとく……。

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