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ついにバレた。そう観念した僕だったが、店員は「今すぐ着られるようでしたら、タグを外させてもらいますが……」と、申し訳なさそうに切り出した。
「あ、じゃ、じゃあお願いします」
僕は困惑気味に返す。まさか、そんなこと言われるとは思ってもみなかったから、なんだか拍子抜け。
試着室から出てきたノルちゃんは「にぃに! どう!? 可愛い!?」と、はしゃいだ。僕は温かい気持ちで満たされた。
その後、ショッピングモールで諸々の装備を整えた僕らは、張り切って仙台駅を目指したのだが、なんと数駅手前で終電を逃してしまった。
マップのアプリによると、ここから仙台駅まで徒歩で四時間かかるらしい。
僕だけならまだしも、ノルちゃんを連れて四時間徒歩は無謀も無謀。
夜も更けてきて、二人とも体力の限界だった。――仕方ない。今日のところはここで夜をやり過ごそう。
頭を切り替え、駅近で安いビジネスホテルでも探そうと思ったのだが――驚くことに何もなかった。
何もなかったというと語弊がある。改札を出てすぐにセブンイレブンはあった。
けど、それだけ。
あとは古めの住宅街が広がっていて、なんだかオバケが出そうなくらい不気味で閑散としていた。
ただ調べてみると、一時間ほど歩いたところに古民家を改造した宿があるとのこと。
サイトの番号に電話をしてみると留守電だった。
とりあえず僕らは古民家宿を目指した。
部屋が空いているか分からないし、そもそも営業しているのかも定かじゃないが、そこしか縋れる場所がなかった。
三十分ほど歩いた。
スマホの充電が切れた。
ノルちゃんの充電も切れた。フラフラとしてから座り込むと、コクリコクリと船を漕ぎ始める。
活動限界だった。
残り半分の道のりを、ノルちゃんを背負って行くしかない。――と、覚悟を決めた時だった。
目の前に車が止まった。ダイハツの白のタント。運転席の窓が開き、「何やってるの? 君たち?」と、三十過ぎの眼鏡の女性が顔を出した。
穏やかな顔立ちの彼女は三枝恵と名乗った。やけに心配してくれて、僕らを車に乗せてくれた。
後部座席に座った僕ら。ノルちゃんは秒で爆睡だった。
恵さんは僕らを古民家宿まで送ってくれると言った。
「なんでそこまでしてくれるんですか?」
僕がそう問うと。
「だってお客さんだもの」
と、恵さんはイタズラな笑みで返した。
どうやら彼女が、古民家宿のオーナーらしい。奇遇だった。
古民家宿は木造の二階建てだった。かなりの築年数と予測できるが、改装はしてあるようで小洒落た感じだった。
僕らは二階の一番奥の部屋に通され、荷物を置いてから共用のシャワールームに案内された。
「他のお客さんはもう寝ちゃってるから、自由に使ってね。一応表の札、使用中にしておくから、終わったら元に戻しておいてね。――私はリビングにいるから何か困ったら呼んでね」
恵さんみたいなお母さんが欲しかった。
彼女は優しさに溢れている。
こんな時間にふらふら歩いていた僕らを、理由も訊かずに招いてくれた。普通なら事情くらい訊きそうなものだけど、彼女はしなかった。それも、おそらくあえて。
彼女のような心遣いというか、配慮というか、他人の気持ちを汲めるような人がお母さんだったらと、つい、思ってしまう。
ないものねだりだ。
無意味だし、虚しいだけ。
でも、当たり前のように浮かんでしまう。まるで僕の思考がそうプログラムされているかのように。