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ひとまず、ディズニーのチケットを押さえることには成功した。こんな時のために、クレジットカードをくすねておいてよかった。
いや、くすねると言っても、これは母さんのカードであり、そもそも紐づけられている口座は僕のだ(名義は母さんだが)。つまり親の金を使い込んでいるわけでもなく、ましてや他人の金でもない。
たんに僕のカードを母さんが管理していて、彼女の許可なく使うことができないのだ。だから、くすねる。
と、まあこのままディズニーに向かおうと思ったが、その前に服を買わなければならない。僕はまだしも、ノルちゃんは防寒具を一切持っていない。親がほとんど服を買ってくれなかったのだ。普段はアパートの敷地から出ない(出ることを許されない)から、まだ困らないかもしれない。しかし遠出をするにはダウンくらいは必須だろう。南下するといっても十二月だ。いくら東北育ちでもアウター無しは無理がある。
それに、せっかくの念願叶ったディズニーだ。
女の子なら目一杯オシャレして行きたいのではないだろうか。『もっと可愛い服を着たい!』と、かなり前に言っていた記憶がある。
全身ユニクロの僕にはいまいちピンとこない感覚だ。服なんてどうせ何を着ても同じだし、僕なんかがオシャレをしてもイタいだけだろう。
でもきっと、ノルちゃんはそうじゃない。可愛い服が好きなんだろうし、彼女自身、そういった服相応に可愛らしい。今着ている無個性でよれた服なんかより、よっぽど似合うだろう。
ということで、僕らは大型ショッピングセンターにやってきた。
ここなら服屋もたくさんあるし、冒険に出るための補給もできる。
二人ともほとんどおっとり刀というか、着のみ着のままのいうか、僕なんて財布以外何も持っていない。ディズニーまでの道のりは長いし、子供二人の旅路だ。備えあれば憂いなしというものだろう。
平日昼間のショッピングモールは、休日の喧騒が嘘のように穏やかだった。閑散とまでは言わないものの、ほとんど人が見えなかった。
言うまでもなく僕と同年代の学生なんかはおらず、赤ちゃん連れのお母さんやママ友集団がちらほらと。
僕らはさぞ、浮いた存在だろう。
警察や大人の目には気をつけなくてはならない。補導されたら一巻の終わりだ。鳥籠に戻されてしまう。
ノルちゃんが気に入った服屋は中高生に人気のお店だった。店内には可愛らしい服だけでなくバッグや靴、小物類まで、オシャレに関するあらゆるものが揃っていた。
店に入るやいなや、ノルちゃんは大はしゃぎ。あれもこれも手に取っては目を輝かせ、ちょこちょこと忙しなく動き回った。
「わー! かわいい!! これも! これも!!」
物心ついてから服屋へ来た覚えがなく、親にロクな服も買ってもらってない。そんな彼女からすれば、ここは夢みたいな場所だろう。
良かった、と思った。
楽しんでくれている。これからどうなるか分からないけど、少なくとも今は楽しんでくれている。
それだけで僕の胸はポカポカとした。
「ねえねえ! にぃに! にぃに!」
「何かな?」
「ここのカワイイの、全部買っていいの!?」
ノルちゃんは両手にたくさんの洋服を抱えていた。
「全部買っちゃうとディズニー行けなくなっちゃうから、一番気に入ったやつにしよっか」
カードを持っているとはいえ、元の口座には大して入っていない。高校生がお年玉や小遣いを貯めた程度だ。たかが知れている。
「え〜」
ノルちゃんは頬をプーっと膨らませた。
「ディズニーに行ってからでもカワイイの買えるでしょ? ほら、耳付きのカチューシャとか色々」
「たしかに! にぃにの言う通り! 一番カワイイの決めてくる!!」
聞き分けが良くてホッとした。
ノルちゃんに限ってないとは思うが、店内でグズられでもしたら注目を浴びてしまう。彼女もまだ七歳の小児だ。ワガママを言いたい年頃だろう。
幸いなことに、今のところ何の問題もなく振る舞えている、と思う。ただ買い物にきた大学生と歳の離れた妹くらいに見られてほしい。僕なら、大学一年生くらいには見えるだろう。
なのに、何故か一人だけ、さっきから僕らをチラチラと伺っている人がいた。――そう。服屋の店員だ。
どこにでもいるような若い女性店員なのだが、彼女は挙動がおかしかった。
僕らに少しずつ近づいてきたと思いきや、急に距離を取ったり、バックヤードの入り口で他の店員とコソコソ話して、こちらの様子を注意深く観察したりと。まるで、僕らを監視しているようだった。
もしかしたらもう通報されていて、警察が来るまでの間、僕らが逃げないように見張っているのかもしれない。
「ノルちゃん、そろそろ……」
早く出なければ。
ここで捕まるわけにはいかない。
「これにする!」
ノルちゃんの持つカゴにはダウンジャケットからインナー、それに靴まで、溢れんばかりに入っていた。
僕は『あれ? 思ったより多いな』と思いつつ、カゴを受け取ってレジに直行した。
レジをしていたのは先ほどの店員さんで、僕がカゴを差し出すと、おっかなびっくりという感じで値札を読み取っていく。
「――円になります」
タブレットに表示された金額に僕はホッとする。意外と安かった。学生向けのブランドだけあって値段は良心的に設定されているのだろう。
僕はカードを渡して会計を済ませた。
「こちら商品となります。お買い上げ、ありがとうございました」
もう、ここに用はない。さっさと逃げてしまおう。
大きめの紙袋を受け取り、そそくさと店を出ようとした時だった。
「あ、あの……すみません」
と、肩に手を置かれた。
背筋が凍るように寒かった。