異世界カフェの漢前女子達
私を異世界に送ったのはダンプカーでも通り魔でもない。
フラッシュモブを利用して無茶苦茶恥ずかしいプロポーズをした旦那だ。
あれさ、もう大観衆が見てる中で『一生君の事を大切にする』とかされたら断りづらいんだよね。
結局、一生大切にするどころか裏切られて異世界へサヨナラバイバイさせられたんだけどね。
とまあ何やかんやあって異世界転生者となった私のひそかな楽しみ。
それは『くつろぎカフェ やよい』でのひと時!!
ここは私の想像を超える様な異世界の若い娘達がやってくる場所。
今日も素敵な出会いが……無かった。
圧倒的な『栄養不足』!
ああ、頑張りたいけど栄養が!!
「お客様、ご注文は……」
店員さんがやって来る。
「……を」
「はい?」
「プロテイン飲んだりステーキ貪ったり、神様の証明をしようとする素敵な子達をお願いします!!」
「はぃぃぃ!?」
店員さんは驚きのあまり声をあげていた。
「えーと、あれですかね。それってもしかして『お嬢様』達の事かな?
「そうそれ!!」
店員さんにが教えてくれたところによると私が見た少女達はこの街の有力者『レム一族』の子ども達でこの店自体がその一族の持ち物らしい。
プロテインを飲んでいたジョセリンちゃんは『本家』の跡取り。
一方ステーキを食べていたユズカちゃんは『分家』の娘で『リーゼカメラ』なる会社の令嬢になるらしい。
ああ、冒険者登録証の写真撮る時に行くとこね。
カメラがあるのには本気で驚いたがここ十数年で開発された技術らしい。
うん。ガチのお嬢様達だったわ。
「多分周期的にそろそろお越しになるかとは思うのですが……」
お願い!
早く来店プリーズ!私が栄養失調になる前に!
そんな事を考えていると神様に想いが通じたのだろう。
何やら布で包まれた大きくて長いものを背負いながらジョセリンちゃんが来店した。
更に数分後にはユズカちゃんまで来店。
あの日の様に二人は同じ席についた。
私は店員さんに懇願して近くの席へ移動。
レッツ、レムウォッチング!!
「あれ、ジョセリン今日は大きな荷物だね?」
「あーこれ?」
察するに楽器か何かだろう。
彼女は学生。女子学生と言えば楽器と相場は決まっている。知らんけど。
つまり、あれはギターとかそういった何かだと思う。
「工房に寄ってね。調整依頼してた武器を受け取ってきたの」
残念、武器だったか!そうかぁ、女子学生だもんね。意味不明だけど……
そうなるとあれかな。ジョセリンちゃんは魔導学院の生徒さんだから杖みたいな感じ?
やだ、何だか魔法少女みたいじゃない。
「ジョセリンの武器ってえーと、どれだっけ?」
「投げ槍だよ。『クラッシュスピア』」
投げ槍!?
えーと、魔導学院の生徒さんが……投げ槍?
思いっきり物理系じゃん。しかも『どれだっけ』って事は数種類得意武器があるの!?
「ちょっと『重量を上げて』もらったの」
投げ槍の調整って重量を上げるの!?
え?射程落ちない?
「素敵、破壊力アップだね!」
破壊力!?
よもや女子学生の口から『破壊力』ということばが飛び出すとは……破壊力高いわぁ。
「今まで70kgだったんだけど『バルタイト鉱石』を補強材に使ってもらって83kgに重量アップしたんだ」
思った以上に重かった!!バルタイト鉱石って鎧の素材とかに使われる硬くて重い鉱石だよね?
何度か納品依頼を受けた事あるから何となくわかる。あれくっそ重いんだけど……
まさかこの子、83kgの槍を投げるの!?
えーと、学生時代にやってた陸上の『槍投げ』ってあんまり重くなかった気がする。
多分、1kgもない。何だろう、もう異次元過ぎるんですけど!!
「あれ、ユズカちゃん。スカート……」
ジョセリンちゃんがある事に気づく。
そう、ユズカちゃんはスカートの一部が破けていた。
まさか悪い輩に破かれた!?
私のユズカちゃんに何をしてくれるのよ!いや、私のじゃないけど……
「ああこれ?さっきそこで転んで怪我した子がいてね。それでスカート破ってそれで止血したんだ」
ちょ、男前!
人助けで自分の服破く人初めて見たよ!
でも確かにこの子ならやりかねない。
躊躇なく破ったんだろうなぁ。
それこそ「お腹が空いた?僕の顔をどうぞ」みたいな感覚で破いたよね。
そういう所、育ちの良さがにじみ出てるんだよなぁ。
「ジョセリン、その腕の傷は?」
見ればジョセリンちゃんは腕に傷を負っていた。
やだ!彼女のきれいなお肌が!
「ああ、これ?実はさっきここに来る途中で輸送中の『ダラムタイガー』ちゃんが逃げ出した場面に出くわしてね」
彼女が口にしたのは本来は山岳地帯に生息している凶暴なモンスターだ。
そういえばさっき表が騒がしかったけどそんな事が起きてたのか……
「まさかダラムタイガーに襲われたの!?」
「え?違うよ」
そうだよね。クソ重い槍を投げる女の子だもの。
きっとすすんでダラムタイガーに挑んで捕獲しちゃったとかそういうのだよね。
お姉さん、パティーンがわかりました。
ふふ、ちょっと『死語』を使ってみたかったのです。ちょいウザです。
「討伐しようと斬りかかっていった剣士さんの攻撃からダラムタイガーちゃんを庇ってね」
まさかのパターン!?
え?モンスターを庇って?何で!?
「その子さ、お腹に赤ちゃんが居たの。それで気が立っててたまたま緩かった拘束が解けちゃって逃げ出したの。こっちの都合で勝手に掴まえて赤ちゃんごと殺されちゃうのが何だかかわいそうで思わず」
すいません。ここに天使様がいます!
「剣士さんの大剣を受け止めて弾いた後、ジャンピング・ネックブリーカー・ドロップで沈めました」
やっぱりこの子もプロレス技!
もう魔導学院に通っているのが嘘みたいな肉体派じゃん!!
もしかしてこの世界の魔法って筋肉で発動するとか?
あーいや、前に組んだ魔法使いさんは典型的な魔法使いだったな。
やっぱりこの子が特別なんだ。
「うわぁ、素敵!」
そしてユズカちゃんはやっぱりその反応か!!
剣士さんがちょっぴりかわいそう。
「あ、ジョセリン何頼む?」
プロテイン!きっとジョセリンちゃんはプロテインだ。
「うーん、寒くなってきたし温まる飲み物が良いよね」
え、温かいプロテイン?
「じゃあ、あれだね。あたしも同じのにしようっと」
ユズカちゃんは手を挙げて店員を呼び何やら注文をした。
やだ、流れがスムーズ!
注文するのにいつも申し訳ないと声をかける自分とはえらい違い。
しばらくしてテーブルに運ばれてきたもの、それは……
「お待たせしました。『ウードン』です」
うどん!?
何かうどんが出てきた!?
え?ここって異世界よね?いや、それよりもうどんが『飲み物』にカテゴライズ!?
あー、いやでも『うどんは飲み物』って聞いた気もするし……それなら飲み物かぁ。
「ユズカちゃんは凄いよね。そんな棒2本で飲めるんだもの」
あくまで『飲み物』と言い張るのかこの子達。
でもメニューを見ると確かに『ウードン』は『ドリンク』の欄に記されている。
結構な常連なのに今まで気づかなかった!!
ユズカちゃんが持っているものがまた私の目をくぎ付けにする。
それは……『箸』だった。
「最初は苦戦するけど慣れたら簡単だよ。それじゃあ……」
ユズカちゃんは急に真剣な表情になりうどんと向き合った。
え?うどん食べるのにこんな真剣な表情って必要だっけ。
「いただきます」
育ちの良さを感じる『いただきます』の後、ユズカちゃんは箸で器用に麺を掴み……
『ゾボッ!ジュボボボボボ……』
凄まじい音を立てながら麺を啜り始めた。擬音ッッ!!
ええっ!?ちょっと日本人である私でもこの音は驚くよ?
こういうのってやっぱりあまりお行儀が良くないって言われてしまうんじゃ……
「よっ!いい音!!」
「啜ってるねぇ!!」
予想に反して店のあちこちから賞賛と拍手が。
何ですと!?
ユズカちゃんはうどんを十数秒啜りつくしてしまった。
うどんってそんな食べ方するものだっけ。あ、この世界では『飲み物』か。
「見事なお手前でした」
ユズカちゃんはうどんの入った鉢に対して一礼。
「ユズカちゃん、やっぱりあなたってすごいよ。こんな素晴らしい味わい方が出来るなんて……」
ジョセリンちゃんは目に涙を浮かべていた。
どうやら凄く感動する行為だったらしい。
「私はまだ上手に飲めないんだよね」
言いながら彼女はフォークを使いうどんを絡めると『チュルルルルル、チュポンッ』と啜る。
いや、擬音かわいいな!!
「はぁ、やっぱりユズカちゃんの後だとやっぱり子どもっぽいよね」
「そんな事無いよ。朝陽を浴びながら空に羽ばたいていく子鳥のような繊細で美しい音を感じたよ」
「あ、ありがとう。何か照れちゃうな」
かわいい!!
私の脳内フォルダにしっかりスクショしました。
異世界のうどんって奥深い楽しみ方をする『飲み物』なんだなぁ。
その後、麵が無くなった汁は普通のスープみたいに静かに飲んでいた。
うん、中々わからない作法だなぁ。でも、奥深い!!
「それじゃあ、そろそろ行こっか」
二人は笑顔で仲良く帰っていった。
もしかしたらこの後、またお墓参りとか行くのかな。
ああ、今日もたっぷり栄養補給が出来たなぁ。
明日からまた頑張ろう!!
「あの、お客様。それでご注文は……」
店員さんが申し訳なさそうにやって来る。
あっ、注文忘れてた。
「えーとそれじゃあ……」
先ほど豪快、もしくは繊細にうどんを啜った少女たちの顔を思い浮かべ……
「6段パンケーキで」
パンケーキを注文したのだった。