3話
ライアンは今何と言った?
自分は本気だと、そう言ったか?
国王は苦笑いでライアンをあしらおうとした。
「ライアン。たちの悪い冗談はもうやめてくれ。全く笑えんからな」
「父上! 私は冗談など一度も言っておりません! 本気なのです! ダイアナを正妃にして、ソフィアは側妃にします!」
国王から笑みは消えた。
ライアンの様子からお遊びではないことが理解出来たからだ。
「どういうことだ」
国王は厳しい口調でライアンに説明を求める。
ライアンは気圧されながらも説明した。
「私は彼女と恋に落ちたのです! 真実の愛です! ですから彼女を正妃にします!」
言い切ったぞ、とライアンは心の中で誇る。
自分がここまでの覚悟を示したのだから国王も自分の思いに応えてくれるはずだ、と考えていた。
しかし──。
「馬鹿か? お前は」
国王はライアンの言葉を一蹴した。
ライアンは自分の決意が伝わっていなかったのか? と焦る。
「父上!」
「王子であるお前にとって公爵令嬢であるソフィア嬢との婚約とは使命だ。それに真実の愛だからどうした? それだけで使命を捨ててもいいとでも?」
ライアンは自分の結婚相手に口を出され怒る。
「父上は私の幸せよりも使命が大事なのですか!」
「当たり前だ! お前は王族に生まれたのだ!」
「っ……! 私は望んで王族に生まれたわけではありません……!」
「今までぬくぬくと贅沢を享受し、王子として特権も行使してその理屈は通用せん! 甘えたことを抜かすなっ!」
国王は今まで見せたことのないような剣幕で怒鳴ったため、ライアンは完全に逃げ腰になった。
その情けない様子を見て国王はため息をつく。
「私の言っていることが理解出来たなら、今すぐそんなふざけたことを抜かすのはやめて正気にもどりなさい。第一、ソフィア嬢を側妃にするなど失礼過ぎる……」
ライアンは自分のダイアナへの思いを馬鹿にされたことにカッとなり、国王へ怒鳴り返した。
「父上! いくらあなたとはいえ私の思いを馬鹿にするのは許せません! それにもうソフィアとは──婚約破棄しました!」
「何だと……? もしかして、その話をソフィア嬢にしたのか……?」
国王は冷や汗をかいた。
「まさかとは思うが、ライアン。そんなことは言っていないよな? 嘘だと言ってくれ……」
「いえ、父上! 私は言いました! これは私の覚悟です!」
ライアンから婚約破棄を切り出されたわけではなく、ソフィアから愛想を尽かされた結果言われたのだが、ライアンはその事実からは目をそらし、自分の都合のいいように話した。
どうだ。ここまで言えば後には戻れないだろう?とライアンは内心で笑う。
もうすでにソフィアとの婚約が破棄されていると知れば国王も諦めてダイアナを正妃にせざるを得なくなるだろう。
ライアンの計算はこのようなものだった。
「ふざけるな馬鹿者っ!!」
大気を震わすような怒声が室内に響きわたった。
「お前は何をしたのか分かっているのかっ!!」
「ち、父上! 落ち着いてください!」
「落ち着いていられるか! お前がしたことは人道に悖る最低の行為だ!」
「私はただ正妃を譲って欲しい、とお願いしただけです……!」
これも真実は違う。
譲って欲しいなんてお願いはしておらず、ただ決定事項であることをソフィアに告げただけだ。
ライアンは自分の都合のいいように事実を捻じ曲げる癖があった。
「それが人として間違っていると言っているのだ! 彼女は人生をかけて王妃になることを努力してきた! それはお前も知っているだろう! 知らんとは言わせんぞ!」
ライアンはさすがにここで「知らない」とは言えなかった。
「それを、人生をかけてきたものを! 無遠慮に、何の努力もしてこなかったような女に譲れだと!? 私ならたとえ死んでもそんなこと許さん! お前がしたのはそういうことだ!」
「それは彼女の事情でしょう! 私に言われても困ります!」
そんな醜い言い逃れをするライアンを、国王は目玉を剥き出して無言で睨んだ。額には血管が浮き出し、今にも破裂しそうなほど顔は赤くなっている。
「…………そうか、そこまで言うのか」
国王は冷静さを取り戻そうと息を吐いた。
ライアンはそれが国王が折れて自分の意見を認めてくれたのだ、と勘違いした。
しかし違った。
それは諦めのため息だった。
「──ライアン。お前は廃嫡とする」
「な、それは……」
ライアンは衝撃を受けた。
国王はライアンの肩にポンと手を置く。
「つまりそういうことだろう? お前は王族をやめたいと、そう言ったんだ。安心しろ、今すぐにでもやめさせてやろう。──そして、二度と顔を見せるな」
「そこまでなど私は……!」
ライアンは流石にそこまでされると思っていなかったため、焦り始めた。
「望んで王族に生まれたわけではない。だから王族の義務を果たしたくない。ならどうぞ、王族の名を捨てて、自由に生きてくれ」
「父上!」
ライアンの言葉など国王は一切聞かない。
もうすでに国王はライアンを廃嫡することを決意していた。
「今までのように美味い食事も、豪華な服も、安全な寝床も一切ない。自分で金を稼がなければならない。自分の力だけを頼りに生きていけ」
「何をそこまで怒っているのですか! 冷静になってください!」
「ん? なんだ。もしかしてそんなことも無理か。散々真実の愛などと語っていたのに……結局は口だけか」
国王は呆れたように首を振る。
ライアンはそれを見て真実の愛は嘘ではないと主張した。
しかし、それは隣にいたダイアナが大声を出したことにより遮られた。
「なんでそんなことが言えるのですか……! あまりにも酷すぎます……!」
ダイアナは涙を流し、国王に訴える。
「自分と意見が違うからといって家族を追い出そうとするなんて、そんなの間違ってます」
あまりにも場違いな主張。
身分も、何もかもを間違えた主張は傍から見ればただ痛々しいだけだった。
国王は冷めた目線を送る。
そして適当にあしらった返答をした。
「これは意見の食い違いなどではない。それと平民の娘。そこの馬鹿者と結婚すれば王妃になれる、などと思っていたようだが、残念だったな。これまで通り平民として暮らせ」
「国王様」
と、その時王宮で働く文官が一人部屋へ入ってきた。
「なんだ」
「ウィリアムズ公爵が、お話をしたい、と」
国王は察した。
今回の件について決着をつけに来たのだろう。
「今すぐに向かう」
国王はすぐに向かおうとしたが、ライアンたちは引き止める。
「待ってください! 話は終わっていません!」
「平民が気安く口を利くな。身分を弁えろ」
しかし予想外の言葉を投げ返され、ライアンは次の言葉を繰り出せなくなった。
そして国王はそのまま部屋を出ていった。