2話
【ライアン視点】
「~っ! 何なんだ一体!」
ソフィアがその場を去った後、ライアンは舌打ちをした。
「なぜ私が悪者のように責められるんだ! 人としての幸せが欲しいだけなのに……!」
怒るライアンの背中をダイアナは優しくさすって宥める。
「ライアン様は悪くありません。人として正しいことを言ったと思います……!」
「ああ、そうだねダイアナ。ありがとう」
ライアンはダイアナの慰めによって立ち直った。
しかし今度はダイアナが表情を暗くした。
「ソフィア様……私を睨んでいました。きっと私が正妃の座を奪ったと思っているのでしょうね……」
「っ……! そんなことはない! 結婚は愛し合っている人とするべきなんだ!」
「ライアン様……!」
ライアンとダイアナは抱き合う。
実際、何の努力もせずに正妃の座を奪ったわけだが、ライアンもダイアナも『真実の愛のためなのだから自分たちが間違っているはずがない』としか考えもしなかった。
『真実の愛』に取り憑かれた二人は、自分たちの過ちに気が付かない。
【ソフィア視点】
私は実家へと戻ってきた。
父にライアンと婚約破棄に至ったことを伝えるためだ。
父はなんと言うだろうか。
十何年も前から正妃になるために沢山のお金をかけてもらったのに、こんな結果になるなんて顔向け出来ない。
私は暗い顔で父の部屋の前に立った。
息を吸う。
覚悟を決めた。
ノックをすると返事が返ってきた。
扉を開けて中に入る。
「ライアン王子に呼び出されていたようだが……ん? ソフィア、その顔はどうした。何かあったのかい?」
父は私が部屋に入るなり私の顔色が悪いことに気づいたようだ。
私はライアンとの婚約を解消したことを話す。
「ごめんなさい、お父様……私、ライアン王子と婚約破棄します」
「どうしてそうなったんだい?」
私はどうして婚約破棄することになったのか説明した。
平民の女性を正妃にする、と言われたこと。私は側妃にする、と言われたこと。そして暴言と暴力を振るわれたこと。
私が全てを話し終えると、父は優しい声音で私へ話しかけてきた。
「ああ……ソフィア。辛かっただろう。こんな事になってしまったことは残念だが、気にしなくていい。そんな男と結婚しなくて逆によかったくらいだ」
「お父様……ごめんなさい」
「だから謝らなくていい。ソフィアは何も悪くない」
私は恥じた。
こんなに優しい父が、一瞬でも婚約破棄したことで怒ると思ったことに。
こんなに私を思ってくれているのに。
私が泣き止むまで、父はずっと慰めてくれた。
【アラン視点】
「さて……」
ソフィアが自室へ戻った後、ソフィアの父である私、アランは怒りに震えていた。
今日、私の愛娘であるソフィアが婚約破棄されたらしい。
それもかなり酷い理由で。
ソフィアはずっと我慢をしながら生きてきた。
この国のため、自分の自由を制限されながら。
それをあの王子はただ自分のことのためだけに踏みにじり、あまつさえ暴言を浴びせかけたらしい。
許せない。絶対に。
「報いは受けさせてやる。どんな手を使っても」
私はそう決意をした。
【ライアン視点】
「そうだ。思い出した。父上に報告しなければ」
あの後、ずっとライアンとダイアナは見つめ合い二人の世界に入り込んでいたが、ライアンはとあることを思い出した。
ダイアナを正妃にするということを報告することだ。
「国王様は何と言うでしょうか」
「少し不機嫌にはなるかもしれないね。昔から準備していたのだから。けど、父上なら私たちの幸せを思って納得してくれるさ」
ダイアナを勇気づける。
ライアンの言葉でダイアナは「そうですね……!」と自信をつける。
そして二人は国王の元へと向かった。
二人で手を繋ぎ、国王がいる部屋の扉をノックする。
「私です。ライアンです」
「入れ」
許しが出たので、ライアンはドアノブをひねり扉を開ける。
国王は政務を行っている途中で、デスクの書類に目を落としている。
ライアンとダイアナは見つめ合い、手を強く握り直すと部屋へと入った。
「父上、お話があります」
ライアンの真剣な声音に、国王は顔をあげる。
そしてライアンの隣のダイアナを見て眉を顰めた。
「何をしている。お前には婚約者がいるだろう。婚約者がいる身で他の女性とそんな真似をするんじゃない」
国王はライアンを叱る。
しかしライアンは気にもとめなかった。
「そのことですが、私はソフィアではなく、このダイアナを正妃にするつもりです」
「……………は?」
国王は理解出来なかった。
突然意味の分からない宣言をしたからだ。
そしてすぐにライアンのたちの悪い冗談だと考え直し鼻で笑う。
「はは、何を言っている。お前にはソフィア嬢という立派な女性がいるだろう。冗談とはいえそんなことを言ってはいかん。ソフィア嬢が聞けば深く傷つくかもしれんからな」
国王は話は終わりか? と手で出ていくように命ずる。
全く、こんな冗談をどこで覚えてきたのやら……。
そして政務に戻ろうとしたところ、ライアンは叫んだ。
「父上! 私は本気です!」
「……何を言っているんだ、お前は?」