古の城 ハイト城
前回のあらすじ三行
奈緒と兄に連絡
小太刀を二本ゲット
呪われた装備品(笑)
さて。奈緒たちとのチャットを終えた私は、その後もハイト内の観光を続け、雑貨屋さんと薬屋さん、そして食べ物屋さんを見つけた。
いずれの店で取り扱っているものも購入は可能だったが、HPを回復するらしい応急ポーションは種族固有スキルの効果により使用不能。
さらにMPがHPの役割を果たす関係上生命線にもなり得る、MP回復用のマナポーションというアイテムも売っていたのだが、アイテムの説明を見た時にこれまた種族固有スキルのせいで〈霊媒〉印が付与されたものでなければ使用できないと判明し、ちょっとばかり言葉を失う羽目になった。
ただ、幸いなことにここは追憶の幻影都市――亡霊たちが生前と同じような営みをしている、亡霊たちのための街。
いずれのお店で売っている品物にも、もれなくその〈霊媒〉印が付与されていたので、とりあえずの窮地は脱することができたと言える。
ちなみに〈霊媒〉印は、料理系のアイテムを使用する際にも必要になってくるという。
そして〈霊媒〉印が付与されたマナポーションの説明はこんな感じだ。
【マナポーション 道具:消耗品 耐久:1/1】 50G
効果:MP回復:基50
MPを回復するためのポーション。
※スキルの効果により、使用には条件を満たす必要があります。
合成印:追加可能数 2
〈霊媒〉肉体が無い者でも使用できる
うん、私の最大MPを鑑みるあたり、この品質の物を買っても雀の涙にしかならないね。
しかも、5回くらい攻撃すればすぐに1本分消費してしまうくらいの燃費だし。
これを買うなら、先々のために別の物に投資しておいた方がいいのではないか、と思ってしまったくらいだ。
というわけで、私が購入したのは『普通の革袋(6)』。代金は150G。
腰に吊り下げることで、素早く道具を使用できるようになるうえ、装備品は所有物としては扱われるけど持ち物の数としてはカウントされない。つまり、持ち物=ストレージの節約にもなるという嬉しいアイテムである。
……といっても、現状収容するようなものを持っているわけでもないのが、寂しいところなんだけどね。
……ということで、一通り観光も終わったので、いよいよ街の外へ――ゲームらしく、冒険というものをしてみることにした。
「あ……すみませーん!」
「む? 旅の者か。拙者達に何用か?」
「このあたりで、冒険できそうなところってありますか?」
「冒険できそうな場所、とな。ふむ……見たところ、それほど腕は立たないと見たが、いかがか?」
この問いに、私は一瞬んむっ、となりかけたが、ゲーム内での私は現在ひよっこ中のひよっこであることを思い出し、即座にうんうん、と頷きを返した。
「ふん。一瞬見えたのが勇猛か蛮勇か、そのどちらであるかまでは判断つかぬが、一応の身の弁えはできるようだな」
「は、はい。恥ずかしながら……」
ぐぬ、ゲームのAIにまで私の弱点を見破られてしまうとは……本当に、私って直情的、何だろうなぁ……。
「まぁよい。それよりも、この辺りでお主の実力に見合いそうな場所といえば……そうだな。西にある山城、今は亡き我々の主君の居城、ハイト城の外郭などはちょうどよいであろうな」
「ハイト城の外郭……」
「そうだ。悲しくも他国とのいさかいにより、討ち取られてしまった我が主君とそのもとに集った武士たちであるが……死に際の扱いが、我らの望むそれとはかけ離れた、非業そのものであったがゆえに、その御霊は今なお嘆きに捕らわれ、あの城でさまよい続けているという」
「それ……私の実力で大丈夫ですかね?」
「あぁ、心配はいらぬだろう。強者の大半は見せしめのために天守閣の上層から吊るし首にされ、その遺体のあった周辺に縛られて身動きがとれぬと聞く。逆に三の丸や二の丸を取り囲む外周部をさまようのは、いずれも名もなき足軽程度。鉄砲隊に属していたものの亡霊もいるにはいるが、実体亡き鉄砲など亡霊としての格次第、当たっても大事ないであろう。お主の実力が初段であったとしても、外周部をうろつく程度であれば問題はほとんどあるまいよ」
ふむ……なるほど。
それなら、本当に問題ないのかも……?
逆に、街の外を勧められなかったことの方が疑問でもあるんだけどね。
「街の外はどうなんでしょう?」
「見張り番たちの報告によれば、北門や南門、東門の先はなかなかに危険が多い。我が主君の嘆きの念にあてられた、強者たちの霊が古戦場のいたるところで跋扈しているようだ。幸い、かの地に縛られているのか我が街に攻め込んでこようなどという者はおらぬようだが……いずれも辺境の雑兵ごときではかなわぬ武人達と聞く。まずは城の亡霊たちと戦うことで実力を高め、それから挑んでも遅くはなかろう。どうしても超えたい、というのであれば昼のうちに出ていくべきであろうな」
「昼間なら大丈夫なのでしょうか?」
「あぁ。なぜか、我が街に入ってこれる者は日が昇っている間のうちは、生ける者に無視されてしまうらしいのだ。拙者達も生者のはずなのだが……不思議なこともあろうものよな?」
うわぁ……明らかにこれ、死んでいることに気づいていないパターンだね。
そのくせ、周りが死霊だらけであることに気づいているところに少し違和感がなくもないけど……まぁ、そのあたりはゲームだからしかたないのだろうと私は気にしないことにした。
それより、街の外に行くなら昼間のうちに、ねぇ……。
「ちなみに、この街から最寄りの街へ行くのに、大体どれくらいかかりますかね?」
「最寄りの街へか? その程度であれば、今から向かえば落ちるまでの間に十分たどり着くであろう。最寄りの街――エマニノは東門から出た先、古戦場を挟んだ反対側。フィフミーア街道の西側の末端。そもそも古戦場自体、エマニノからさほど遠くはないからな」
「そうなんですか」
「ああ。古戦場も、夜が危険なだけで、昼に入り浸る分にはさほど問題はない。あの街が栄えているのも、そのあたりに気を払っているからであろうな。さらにエマニノは誰が呼んだか、はじまりの街としても名高いほど周囲の魔獣たちが弱いからな。駆け出しの冒険者達であれば、まずはあのあたりで実力を高めるのが基本となっているほどだ。行っておいて、損はないだろう」
「あ、ありがとうございます……」
エマニノ、はじまりの街……。やっぱり、普通の種族はそこがスタートになるみたいだね。
多分、そこに行けば兄さんや奈緒に合流できるんだろう。
「あの、いろいろとありがとうございました。よく、考えてから動こうと思います」
「うむ。軽率は身を滅ぼし、慎重は身を守る。よく考えて決めるがよかろう。ではな」
私はいろいろと周辺の情報を教えてくれた巡回中の武士に礼を言って、とりあえずはゲーム内での実力を上げるために忠告通り、お城に向かうことにした。
ただ、お城に向かうにあたってはさらに情報が必要だろうと思い、私はさらに街の住民から情報を聞くことに。
新しい情報を求めて街を歩いていると、先ほどは冷やかしになってしまった薬屋さんが視線の先に移った。
そういえば、調理器具とかってどこにあったりするんだろう。
それに、種族の固有スキルのことを考えたら、MPの自給自足の方法もあった方がいいよね……?
体力を兼ねてるとあってか、MPの量も膨大になっている。
さすがに、それを全部お金で賄うには無理がありそうだしね。
調合とかも、できるようになっておいた方がいいのかも。
そのことについてもついでに聞いてみようかな。
「すみませ~ん」
「はいはい。あら、先ほどの旅の方。やっぱり何かお買い求めになられますか」
「いえ。実は腕試しのためにお城の方に行ってみようと思いまして……」
「あぁ、あそこですか。外周部だけならともかく、中に行くならうちの薬剤類は必須ですよ。よかったらいかがです」
「はい、では……こちらのMPポーションを一つください」
「ありがとうございます」
期待するような視線から逃れることができず、ついに私は店員さんに屈してMPポーションをなけなしのお金で購入してしまった。
あぁ、さらば私の全財産……。
「っと、そういえば、私、調合とか料理とかもやってみたいと思ってるんですけど、どうやればいいんでしょう?」
「調合に料理、ですか……。うーん、私が教えられないこともないのですけど……お客さんは調合キットや調理キットを持ってます?」
「いえ。実は恥ずかしながら……」
「このお店にも調合キットはありますが、予備はありませんし……それにこのお店は私の住居と兼ねているので、炊事場もあるにはあるのですが……。さすがにプライベートな住居部分にはご案内できませんし……」
「そう、ですか……」
「申し訳ございません、お役に立てず……あ、でも、そうでした。もしお城の城郭まで行くことができたなら、どこかの櫓の中にもしかしたら、まだ残っているかもしれませんね」
「櫓の中、ですか……」
「えぇ。どこだったかは覚えてませんが……はい。調合キットなら、確か衛生櫓と呼ばれる薬の保管や戦時の治療所として利用されていた櫓にあったかと……。それに調理器具なら、野戦納戸と呼ばれる野戦のための道具が保管されている場所があったはずです。確か……両方とも場所もそれほど中央には近くなかったと思います」
「そうなんですね。ありがとうございます。機会があったら、探してみようかと思います」
「そうですか。では、お気をつけて……」
店員さんのその言葉を聞いた途端、私の目の前にウインドウが一つ、ひとりでに現れる。
わっ、と驚いて、店員さんに怪訝そうな顔をされるも、その場は取り繕って、何が起きたのか急いで確かめてみる。
【クエストを受注しました】
タイトル:ハイト古城の櫓
推奨実力LV:15~ タイプ:宝探し
ハイト古城には城が使われていた当時の道具がそのまま残されているらしい。話を聞く限り、中心部ではなく意外と浅いところにあるようだ。
お城で使われていた器財だ、きっと物凄い性能があるに違いない。
誰かに先を越される前に、城内のどこかに存在する生産器財を探し出し、頂戴してしまおう。
クリア条件 クエストキーアイテムの入手
クリア報酬 キーアイテムから変化した生産器財
クエストナビ
櫓を回り、目的の櫓を探し出せ 0/2
調合キットの器財を揃えろ 0/100%
調理キットの器財を揃えろ 0/100%
なるほど……これが、クエストっていう奴なんだね。
本当に意外なところで出てくるなぁ。まさか、今の会話がクエストの条件になってるとは思ってもみなかったよ。
お城のどこかにあるという、薬櫓に野戦納戸、か。
あ、でも……レベル10なら、ある程度レベル上げてから先に兄さんたちに会いに行くのもいいかもしれないね。
まぁ、あったとしても、私は種族固有スキル『生への執着』のせいでパーティを組むわけにはいかなくなっちゃったから、会ったとしても話をするくらいで終わっちゃうんだけどね。
街に入るのもはばかられるし……。
まぁ、どちらにせよまずはレベルアップと体慣らしから。
早いところ、ゲーム内での動きに慣れておかないと、多分兄さんにはどんどん離されてしまうだろうからね。
遠目に見える城を目指して、やや速歩気味に歩き始めた。
そうして、たどり着いたのは――城の正門とその下に広がる空堀、そしてそれをまたぐ木製の橋だった。
正門前には、薄い黒い靄を纏った、侍……とはいいがたい軽装の兵士が待ち構えており、私が近づくとサッ、とその手に持つ武器――槍を構えた。
私も、いつ来られてもいいように小太刀を構える。
「ォォ……怪シい奴メ……立チ去れ…………ここハ通さヌ!」
「すみません。恨みはありませんが……腕試しのため、ここを押し通らせてもらいます!」
お互いの口上が終わるや否や、相対する兵士の周囲に、おそらくは相対した敵の情報らしきものが現れる。
――足軽幽霊・槍 LV2
――足軽幽霊・刀 LV1
相手のHPと、MP。
警戒すべきは、やはりHPだろうか。私と同じ、亡霊――ゴーストと呼べる敵。
少なくとも、相手も私と同じように、MPがHPの代わりを果たし、HPが0にならないと倒したことにならないという可能性が高い。
「大人シく立ち去レバ良いモのヲ……そノ首、討チ取ッてヤル」
言うが否や、私に襲い掛かってくる二体の亡霊たち。
私も彼らに走り寄っていき――槍による、鋭い刺突!
私はそれを亡霊の腕の動きで素早く察知し、それを躱しながら片方の小太刀で弾いてやった。
「ゥ、ォォ……――」
足軽幽霊・槍は、弾かれた勢いのまま私のすぐわきを通り過ぎようとして――そのわき腹に一撃。
その後、私の攻撃後の隙をついて刀を振るってくるもう一体の足軽幽霊をステップで躱した。
そして、そのまま今度は横に薙いで一撃を加えてこようとしてきたが、私は今度は逆に相手の懐に潜り込み、先ほどの槍持ちと同じように刀を弾いて、今度は胸の急所に一撃を加えてやった。
槍持ちにあてた時とは違い、ひと際派手なエフェクト。やや黄色味を帯びた白い光が、『Critical!!』の文字とともに弾け、刀持ちがその一撃で倒れ伏す。
「風柳流、風流し……再現できたね」
相手の刺突や振り下ろしを小太刀でいなし、その後の隙をついてもう片方の小太刀で一撃を加える、基本形の一つだが、ゲーム内で動きだけでも再現できたのは喜ばしい限り。
きれいに決まりすぎて、逆に拍子抜けすらしてしまうほどだった。
システム上では、ただの通常の攻撃という扱いになってしまうのだろうけどね。
けれど、やはり相手も亡霊で、しかもHPが2あるだけはある。
満タンだった刀持ちのHPゲージは、半分だけになった状態で何事もなかったかのようにおきあがり、再び私を排除しようと前に立ちふさがってきた。
私と同じく、ダメージを受けてもMPで肩代わり。さらにHPが2以上あるときはMPが0になってもHPを1消費してMP全回復。
私自身はHPが1だけしかない状態なので、それだけ聞くと精神的にも結構きつく感じてしまう。
背後では、槍持ちが起き上がるのもなんとなくわかった。
「っと、槍持ちもやっぱり、まだ生きているわね……しかもHPがまだ減ってない」
先ほどの一撃ではMPを削り切れなかったのか、25%くらいMPゲージが残っていた。
おそらく、先ほどの派手なエフェクト――クリティカルが発生しなければ、MPを全損させるのに2回は攻撃を当てる必要がある。
それが、刀持ちはあと1セット、計2回。槍持ちは、1セットと1/4、切り上げて計3回。
都合、全部であと5回は充てる必要がある。
さあ、つぎはどうしようかしら。
相手の出方を探るべく様子を見ていると、体勢を立て直した足軽幽霊たちは、私を挟み込むような位置取りで、間合いを図る様に私の周囲を回りはじめた。
少し、こちらにとって不利な陣形だ――けど、問題はない。
相手が警戒して近寄ってこないなら、逆にこちらから攻めればいい。
風柳流はカウンター重視の流派。だけど、攻撃のための手がないわけではない。
むしろ、それなりにあるほうだ。
「風柳流――疾風二断っ!」
片方の小太刀を引き、もう片方の小太刀を体の前に横向きで構えて、そのまま敵に近寄る。
この攻勢に、相手が迎え撃つなら前に構えた小太刀で弾いてカウンターで一撃。そうでなくても、右と、左で一撃ずつ。
向かう先は――刀持ちの方だ。
やはり、二対一というのは数の上でこちらが不利。
であるならば、先に体力の少なくなった方に追撃を加えて、戦う相手を少しでも早く、減らすのが好ましい。
「ぃやああああアアァァァァァっ!」
「ォ……ォォ――!」
刀持ちは、唸り声を上げながら私を迎えようと刀を構える。
そして――その隙をつくように、槍持ちが私に突撃してきた。
私は、その時を待っていた――!
刀持ちの迎え撃つ一撃を、体の前で構えた小太刀で弾き、そしてそのまま――刀持ちの背後に回り込む。
「柳葉蹴り――っ!」
そして、振り向きざまに背中に回し蹴りを叩き込む!
「せあッ!」
「ァァァ……ォァァ……!
刀持ちは、そのまま私の方に突進してきた槍持ちにぶつかり、もろとももつれ込んで再び倒れ込んだ。
槍持ちは、その際の衝突でダメージを受けて、MPをわずかに減らす。
私はその隙を逃さないように、まずは小太刀を刀持ちの首の後ろに振り下ろしてそいつを仕留める――二回目の、クリティカル。
刀持ちはその一撃でMPを全損させ、そして半分だけ残っていたHPもそのまま右端に到達、そのまま光の粒子となって消えた。
やはり、クリティカルが発生すると通常よりも大きいダメージが入るようだ。
さらに、そのまま起き上がろうともがく槍持ちの胸に、もう片方の小太刀を振りかざし、力いっぱい突き刺し――もう一度、クリティカル。
刀持ち同様、槍持ちも若干減っていたMPゲージを全損させ、そのまま光の粒子となった。
あとに残ったのは、しゃがむようにして、橋に小太刀を突き立てる格好をした私、ただ一人。
ここに、私の記念すべきアナザーフロンティアでの一戦目が、白星で幕を閉じたのであった。