聖騎士との話
前回のあらすじ三行
共同墓地の調査を始めた
ゴースト系の敵と遭遇
羽の形をした妖しい霊魂
神殿の中庭に戻ると、騒ぎ立てていたNPC達は撤収したらしく、すっかり静まり返っていた。
しんと静まり返ったその場所にはもう誰もいないのか、と見回してみたところ、幾人か警護にあたっているらしい人達を見かけた。
ふと、その人達のうちの女性の一人がこちらを発見すると、警戒心をあらわにしながら――なーへと視線を移し、そのまま近づいてきた。
「貴君。貴君からなにやら悍ましいオーラが出ているのだが――少し、話を聞かせてもらっても構わないだろうか?」
「え? 私、ですか……?」
「そうだ。――別に、断ってもらっても構わないが……その場合はそれだけ悍ましいオーラを発しているのだ、相応の覚悟をしてもらわないといけなくなるがな」
――どうやら、女性に気を取られているうちに、退路を断たれてしまったようだ。
いつの間にか、こちらを最小限の威圧でもって抵抗の意志を失わせるような、鉄壁の配置につかれ、私達は従わざるを得ない状況に追い込まれてしまっていた。
「わ、わかりました…………」
「うむ。では、早速だが、先ほども言った通り貴君から悍ましいオーラが出ているのが気にかかってな。人相を見る限り、決して悪事を働いているようにも思えなかったのだが、だからこそ気になって仕方がないのだが……なにか、その悍ましいオーラの大本について、心当たりはないだろうか?」
「……オーラ、ですか。その、先ほどから言ってますけど、それも何が何なんだか……」
「ありていに言えば、その者が持つ気質、性質と言ったところか。当然、悪質、悪逆な者であれば黒く染まるし、善良な者であれば透明感ある清らかなオーラへと近づいていく」
すると、今のなーは悪質な黒いオーラを纏っている、と……あれ?
でも待って。つまりそれって、プレイヤーのステータスに置き換えると、EPのことなんだよね。ついさっきまで、なーに対する住民たちの反応はおおむね良好といってもよかったはず。
もしかしたら、継続低下する何かしらの効果が、知らないうちに付加されていたというの……?
なにか……見落としていることはないかな。
午後ゲームにログインしてからのことを思い返してみて、私は一つだけ、思い当たることがあることに思い至った。
というか、直近に起きたことで、それもとても重要なことだったのにどうして気付かなかったんだろうか。
「もしかしたら、先ほど共同墓地を探索していた際に、鳥の羽みたいな霊核を拾ったんですけど……持っているのは、私じゃなくてなーなんですよね。もしかしたらそれが……」
「なにっ、それはまことか!?」
「はい」
「どうしてそれを先に言わないっ、なー嬢、話に上がった霊核、拝見させてもらえるな?」
「えっと、はい。大丈夫、ですけど……」
なーは、女性聖騎士に囲まれて落ち着かないような顔になりながらも、言われた通りに先ほど拾った霊核をストレージから取り出した。
「これは…………なるほど。確かになー嬢が纏っていたオーラとも一致する……それに、貴君の本来のオーラは……なるほど、淀みない、綺麗なオーラをしている。……疑って済まなかった。そうか、貴君の悍ましいオーラの出どころはこれだったのか……」
平身低頭、神妙になーに平謝りする女性聖騎士たち。
そうだ、もっと謝れ。いわれのない罪でなーをいじめたんだからそれくらいのことはしてほしい。
「……本当に、申し訳ないことを……。とにかく、しっかりとお詫びはさせていただく故、どうか許していただきたく……」
「もうわかりましたから、大丈夫です……。私も、無造作にこんなものを神殿に持ち込んでしまったんですし……」
「そう言っていただくのはありがたいことだが……しかしな……」
話し方の通り、男勝りでなかなかに固い性格をしているらしい、この中ではリーダー格にあたる女性聖騎士。
しかし、このままでは話も進まなさそうだったので、仕方なくそこに割り込むことにした。
「えーっと、それで、この霊核については、今後どうすればいいでしょうか……?」
「そうだな。……ふむ。共同墓地の件については、我々でも調査には当たっていたが……ふむ。そうだな。この霊核については、君たちが引き続き、管理していてほしい。街の者から情報を聞き出す際に、物的証拠があると話が早いだろう? 霊核自体は、霊のオーラが凝縮・凝固したもので、普通の人でも認識、干渉できるしな」
「う~ん、だけどこれ持ってると、オーラ? ていうのが黒くなっちゃって、住民たちから警戒されちゃうんですよね……?」
なーは、今までの女性聖騎士からの扱われ方に、もううんざりといった様子でそういった。
それには、申し訳なさそうな顔で謝る女性聖騎士だったが、
「私の名で一筆、この霊核のことに関して書面にしたためておくことにしよう。私もこの街ではかなり顔が広いからな。皆協力的になってくれるはずだ。それから、その霊核についても、懐に入れずに……そうだな、その革袋にでも入れておくといい。そうすれば、貴君のオーラともそれほど混ざらずに済むだろう」
「…………はず、なのかぁ……」
できればそこは断言してほしかったなぁ。まぁ、仕方ないことだけど。
AIとはいえ、リアルの人たちとそう変わらない心を持っているみたいだし。
それから、女性聖騎士は器用に立位のまますらすらと書類を作成すると、それをなーへと差し出した。
「この件について、関係ありそうな人に対して例の霊核や、この書状やを見せて質問すれば、街の者も協力してくれるだろう。事態は、思いのほか深刻かもしれないから、早いうちの解決が望ましい。貴君たちにも頼めるなら、引き続き、協力を頼みたい」
「わかりました。とりあえず、もらっておきます」
おずおず、となーは丸められた書類を受け取ると、そのまま腰に吊り下げた革袋に収めていった。
「さて――では、早速だが。私達に対して、その書類を見せてもらおうかな。情報の共有は、捜査の基本だからな」
おぉ、一種の捜査パートのチュートリアルか。
若干面倒くさそうにしながらも、なーはしまったばかりの霊核と書類を、リーダー格の女性聖騎士につきつけた。
「こんな感じでいいですか?」
「ああ。おおむねこんな感じで、情報提供を求めれば問題ないだろう。……そうだな。私からは、この街にある他の墓地の位置を教えておくとしようか。相手が生きた者ではないとすると、他の場所で同じことをするにしても、同じ墓場である可能性は高いからな」
「鎮魂樹が狙い、だからですか……」
「ああ。この手の悪霊は、一意のものに異様な執着心を持つからな。今回は、それが鎮魂樹だったというわけだ。大抵、鎮魂樹は墓場であればどこでも植わっているからな、調べておいて損はないだろう」
「わかりました。あとで行ってみます」
続いて、なーの後ろに立っていた女性聖騎士に話を聞いてみた。
すると、彼女は鎮魂樹は墓場だけに植わっているわけではなく、果樹園でも栽培されていると該当する果樹園の位置情報付きで答えてくれた。
また悪霊のうち、特定の物事に捕らわれている霊は、大抵禍根となった場所に本体が現れやすいとも言っていた。
さらにもう一人の女性聖騎士は、栄養価が高いことから病人食としても扱われることが多いため、市場でも取り扱っているが、今はこの件があるから、どこも一時取り扱いを中止しているとのこと。
また鎮魂樹に残っていた鳥の足跡からしても、霊的な力が強くなりがちな墓場が最も怪しいとも教えてくれて、調査して問題がなかった墓地と、特に怪しいと目されている墓地の場所も教えてもらえた。
あと、墓場の中には、鎮魂樹とは別の植物が(これも鎮魂目的で)植わっている場合があり、その植物と鎮魂樹のどちらかしか基本、墓地には植えないらしい。両方植えると、それはそれで死んだ人を無意味に引き留めかねない、という考え方があるようだ。
「と、まぁこのような感じだな。あとは、街で事情を知っていそうな人を探しながら、街の中にある墓地を回っていけば元凶にはたどり着くだろう。では、よろしく頼んだ」
そう言って、女性聖騎士たちは私達を置いて、去って行ってしまった。
残された私達は、
「……とりあえず、街中でいろいろ聞きまわってみよっか」
「そうだね。……はぁ、恐かったぁ……」
「いきなりだったもんね……。まったく、もう…………」
しばらく、その場で放心気味に、女性聖騎士たちが去っていた方向をぼんやりと見続け、そして神殿の正面入り口から、街中へと戻ったのであった。




