初期設定
前回のあらすじ三行
コンビニフェアでVRマシン当てちゃった
兄「お前にはゲームなど無理だろう」
主「ムッキーッ!」
その後。
妹の助けも相まって、無事にゲームをセットアップする準備だけは整った。
ただ、一度燃え上がってしまった手前、それを引っ込めることもプライドが許さず、私は兄さんや奈緒のアドバイスは一切聞かずに自分の勘だけを頼りにゲームをスタートすることになった。
まぁ……半ば以上は私の意地なんだけどね。
それから日を改めて、本日は夏休み前日。
終業式を終えて、鍛錬も一通り済ませた後だ。
「えっと……確か、もうゲーム内で使うアバターのもとになる、おおもとの素体情報はすでに読み込ませてある、って奈緒は言ってたのよね……。だから、あとはゲームを起動させるだけ……」
私は、端末のアプリ一覧から、妹に手伝ってもらってインストールしてもらったゲームを選んで、起動させる。
どうやら、フルダイブ型のVRアプリの場合は端末でアプリの起動をしただけだと起動待機状態にしかならず、私の準備が整って始めて完全に起動するらしい。
私の準備……画面に表示されたマニュアルを見ると、セットでついてきたヘッドギアをかぶって、そのままベッドに横になって……あとは、ゲーム専用の起動ワードを言うだけ、ってなってるのよね。
本当にそれで成功するのか、不安になりつつも私はその指示に従って、ヘッドギアをかぶったうえでベッドに横たわる。
「これでよし、と……えっと、確か起動キーは……『いざ、フロンティアの始まりの地へ』!」
起動キーを暗唱すると、その直後、唐突な眠気が襲ってくる。
耐え難い眠りに戸惑いながらも、私はマニュアル通りにその眠気に身を任せた。
視界が閉ざされ、真っ暗な空間。
しばらくして、最初に聞こえてきたのは風の音。
その音に続いて、素肌に感じるのはその音の正体である風が、私の肌を撫でつつ通り過ぎる感触。
息を吸い込めば青臭い草の匂い、そして口から息を吸えば味気ない空気の感触。
最後に真っ暗だった視界が唐突に色付き、私は広大な草原に立たされていることが分かった。
その現実と遜色ない再現度。
まだ現実世界なのではないか、と錯覚させられるくらいには、五感に感じるこの質感は本物のようで、私は素直にVRの最新技術のすごさに圧倒される。
「すごい……」
あたりを見渡しては、そう呟かずにいられない。
本当に、素肌に感じる空気の質感そっくりの、全く別の世界に迷い込んだかのよう。
どれくらいの間、そうしていただろうか。やがて、背後に何かの気配を感じ、振り向くと。
そこには、人間離れした美貌を持つ、背中から白い翼を生やした女性がいつの間にか立っていた。
「ようこそ、アナザーフロンティアの世界へおいでくださいました」
「あ、はい。どうも……」
「……、そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ。落ち着いてください」
「は、はい……」
知らずのうちに緊張していたのか、女性にクスリと笑いかけられた私は、そこでようやっと強張っていた体が弛緩していくのがわかった。
「はい、その調子です。……ここは、アナザーフロンティアの世界の入り口。初めてこの世界へ訪れたあなたには、まずはここでアナザーフロンティアでの名前と、体を作っていただきます。ちなみに私はあなたを導くナビゲーションAIのNV01-3486と申します。お気軽に、お好きなようにお呼びください」
「あ~……えっと、それじゃあ、ナビさんと呼ばせていただきます」
「はい、かしこまりました。それでは今度は私から、あなたのお名前をお聞きいたしましょう。あなたのことを、この世界では何とお呼びいたしましょう」
言いながら、女性――ナビさんは、私にタブレット端末のようなものとペンを渡してくる。
端末の画面には、ゲーム内でのプレイヤーネームを記名してくださいと書かれていた。
つまり……聞かれているのは、本名ではなく希望するハンドルネームのようなもの、ということね。
ふむ……悩ましい。
朱音……朱……あか。スカーレット、かな。いや、どちらかといえばバーミリオンかしらね。でも、それだとちょっと響きが私的にあまりピンとこないな……。
なら……風柳流の風からとって、エアル……うん、エアルとしよう。
……あ。エアルはすでに使用中、と。
なら、エアル・ウィロア……うん、ウィローだと安直な感じが否めないけど、これなら一字変えただけなのになんかいい感じだ。そして、この二つなら……よし。通った。
「エアル・ウィロアさんですね」
「はい。それでよろしくおねがいします」
かしこまりました、とナビさんは一つ頷いて、次に進んだ。
「それでは、次にこの世界での外見を決めましょう。自動でサンプルを作りましたので、これをもとにあなたなりのアレンジを加えてみてください。わからない場合は、私に言っていただければ、大まかにですがリクエスト通りの変更を加えさせていただきます」
この世界での外見か。まぁ、確かにゲームの世界で、身バレしてしまうような現実の私の姿が反映されてしまっては、元も子もない。
ナビさんのすぐ近くに、おそらくは私の元の立ち姿をもとにしたであろう、けれどもそこはかとなく私とは違うようなナビさんが出現する。
これが、このゲームの世界での私の体……の、サンプルか。
……なんというか、髪は金髪だし、目はコバルトブルーだし。それに、顔立ちも少し違うから、それほど変更は加える必要がなさそうね。
これはこのまま素通りしてしまっても大丈夫でしょう。
「特に変更は加えなくても大丈夫そうです」
「後で変更が利くのは目の色と髪の色、髪の長さのみとなりますがよろしいですか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。では、次に行きましょう」
続いて現れたのは……というか、目の前にいる私のアバターが、何人かに分身したわ!
いきなりだったからめっちゃくちゃ驚いたわね。
でも、どうやら細部で少しずつ違うようね。
分身後は四人になってて、元のゲーム用アバターと同じなのは、真ん中の右側にいる私だけ。あとは、耳が横に長かったりとか、ちょっとちっこくて筋肉質で、ずんぐりむっくりだったりとか。 あとは犬の耳と尻尾を生やしていたりもしてる。
「左から、エルフ、ビースト、ヒューマン、ドワーフ。主だった種族はこの四体となりますが、アナザーフロンティアではこれ以外にも、様々な種族をご用意しています。お好きな種族で、ゲームをプレイしていただけます」
「種族……つまり、人とは違った性能のアバターになるってことよね?」
「そうなりますね。例えば、こちらのエルフは、魔法に長けていますが、肉体労働は苦手。逆にドワーフは肉体労働が得意ですが、魔法は苦手。ヒューマンとビーストはその中間で、最もニュートラルなヒューマンに対して、ビーストはエルフやドワーフの違いよりも細かくではありますが、選択した種類に応じて魔法よりや物理よりなどの違いがあります」
ふむ。
翻訳すると、エルフは剣を振るのが苦手で、ドワーフは剣を振るのが得意。ヒューマンとビーストはその中間だけど、ビーストの場合はヒューマンを基準にして、エルフよりかドワーフよりに偏る、と。つまり、完全に真ん中を取っているのはヒューマンのみ、ということになるのかもね。
「これ以外の種族に関しましても様々ありますが、あまり奇をてらった種族でなければおおよそ快適にプレイしていただけるでしょう」
「奇をてらった、ですか……」
「はい。極端な例ですと、例えば犬や猫などといった四足歩行の動物や、スライムをはじめとする手足の無い魔物などが挙げられます。かなり特殊なプレイスタイルとなり、相応のテクニカルが求められるでしょう」
「な、なるほど……」
人の姿を保たない、動物や敵のような種族も用意されているのね……。
ま、まぁ……剣を振れないと困るから、そう言ったのは選ばないけど。
「では、お好きな種族をお選びください。種族を選択するとその種族の簡単な説明がその横に表示されます。それでよければ、決定を押してください」
「あ、はい……」
端末に、再び光がともる。今度は種族設定用のメニューだ。
いくつかのタブに分かれており、基本タイプは先程ナビさんの言っていたエルフやドワーフといった四種族。
もっともオーソドックスと説明されたヒューマンにも特性があるらしく、パーティ人数が多いほど各種行動の結果にボーナス、と出ているから、どのような種族にも会っておかしくないのだろう。もちろん、ない種族もあるんだろうけど。
亜人タイプには、基本となる種族から派生しているであろう、様々な人の姿を保っているらしい種族。ここから右のタブの種族は、種族固有スキルがついてくることがあり、右に行くほど癖が強くなるという。
ハイエルフや巨人、小人など。意外にも、ゾンビもここに含まれた。試しに選んでみてみると、うん、確かに簡単な説明が出てきた。
なんでも、このアナザーフロンティアでは、ゾンビは過去の文明の遺産ともいえる特異なウイルスにより、異常な食欲と魔力器官の弱化を代償として、強靭な肉体と再生能力とを持つようになったという。
そして人型。人の姿を保って入るけど、明らかに普通ではない種族がここに分類されている。
ゴブリンやコボルト、オーガ。日本っぽい者なら鬼とか天狗とか。性別限定だとドリアードに雪女なんてものもある。
そしてラストに、その他。
もはや人型を保っていない生物や非生物がここに分類されている。
まぁ、こっちは選ばないからあえて無視したけど。
ふむ……大体の人達は、基本タイプか、よくて亜人タイプを選ぶんだろうね。
扱いやすさで言えば、これらに勝るものはないだろうし。
空を飛びたいという人向けに、いかにも空を飛べそうな種族もある。
例えば天使。
人型に分類されるこの種族は、特徴としては空が飛べるようになるうえ、物理、魔法ともに優れる。ただ、翼という弱点部位が有翼種と同様に存在しており、飛行するのも訓練が必要。聖なる存在であることが絶対条件なので邪気には弱く、悪魔やアンデッドといった敵から受けるダメージが増加するうえ、そういった敵が多く出現しがちな場所では徐々に体力が減っていくというデメリットもあるらしい。
名前からして強そうな種族だと思っても、このように癖が強いというケースがあり、名前だけでは一概に言えない作りになっているらしい。
あと、選んだ種族によって物理、魔法の得手不得手が変化するようだ。
参考程度だが、右側の詳細欄の下の方に、能力値倍率というものまであった。
さて……私はどうするかな。
まぁ、普通の種族でも構わないとは思うんだけど、せっかくだから普通では選ばなさそうな種族で頂点を目指してみることにした。
つまり、人型として分類される種族から選ぼうとしているということ。
さっき言った天使もいいんだろうけど、もうちょっと奇をてらったものが……と、そう思いながらリストを下へ下へとスクロールさせていると……ふと、目についた種族があった。
それは――ゴースト、である。
ゴースト。つまり、幽霊。
人型ではあるけど人ではないものの中では、割とポピュラーな存在だ。
でも、他の種族と比べても、例えばさっきの天使とか、それから悪魔とか吸血鬼とかと違って、これは別段強そうでもない。
むしろ、人型のナニカの中ではもっとも平凡な域にはいる種族だろう。
ゴーストの特徴は、物理面が壊滅的だが、物理攻撃が魔法攻撃として扱われる、という特殊な能力があるらしい。
そして、肉体を持たない影響で物理的な干渉も全て魔法的なエネルギーで補っているという設定のせいか、様々な行動にMPという、魔法を使うのに必要なポイントを消費し、またMPがそのまま生命力に直結しているというなかなかに奇をてらった種族のようである。
つまり、何をするにも計画性が必要な、かなりのテクニックが求められる上級者向けの種族といえる。
間違っても、ゲーム初心者どころか入門者な私が、これを選ぶのは間違っていると言えるだろう。
だけど……だからこそ、私にとってはこれが最適だと思う。
これなら……これで頂点をとれたなら、きっと、兄さんにも一泡吹かせてやれるだろう。
私は、兄さんが面白そうな顔で私を見てくれるのを幻視しつつ、ゴーストが選択されているのを確認してから、決定ボタンを押した。