神官からの頼み事
前回のあらすじ三行
神殿に到着
お祈りをした
サンドイッチおいしい
「ふぅー、美味しかった……」
「自分で作るサンドイッチもいいけど、このチープな味もまたオツなものだよね」
「なーはやっぱり早くお店開くべきだと思う……」
普通にコンビニのお弁当や総菜をディスるようなことは避けてほしいものだ。
あれは偉大なものだ。料理ができない人でもおいしいご飯にありつけるのだから。
さて、サンドイッチも食べ終わって、やることもなくなったのでそろそろお暇しようかな……などとなーと一緒に考えながら神殿の一般向けに解放された中庭を歩いていると、不意に何か言い争うような声が聞こえてきた。
「なにかな。もしかして、プレイヤー同士の諍い?」
「よくあることなの?」
「こういうMMOのゲームだと、たまにね。ゲーム内といっても、NPCでもない限り自分も相手もリアルでキャラクターを操作してるプレイヤーだからね。意見が食い違うことなんてしょっちゅうだよ。それに、お互いが譲り合わない状態でその場に仲介者がいないと、激しくなることもあるよ。VRだとことさら……」
なーは辟易とした感じで経験談を語ってくれた。
なるほど、ね。
場所は電子空間でも、そこにいる人たちの中身はリアルに実在する人達。
それなら、喧嘩も起きれば取っ組み合いにもなる、か。
やれやれ、と思いながら野次馬根性でそちらの方向へ行ってみると――ありゃ。なーの言っていることと少しだけ、話が違う?
確かに言い争いの現場には遭遇したけど、争っているのは二人ともNPCだったよ。
しかもその場にいるほかの野次馬の人たちや、二人を収めようとおろおろしている神官さんもいるけど、その全員がNPC。
プレイヤーはいないことはないけど、そんな光景がまるで見えていないかのように、素通りしたりくつろいだりしている。
これは、少し異様だ。
もしくは、何かのイベントなのかな。
「なんか、さっきはああいうこと言っちゃったし、こういうこと言うのは不謹慎なんだけど。NPCのこういう場面は、見てるとちょっとだけワクワクしてきちゃうんだ」
なーが、ひそひそと囁き程度の音量で、私にそう言ってくる。
確かに、ちょっと不謹慎だ。
でも、なにか理由がありそう。
「これ、見るからに怪しい状況だけど、何か意味があるの?」
「うん……あ、ほら。あの人のカーソル見て。追加のアイコンが出て来たでしょ?」
「ほんとだ……」
言い争っている神官さんでもなければ、仲裁をしようとしている神官さんでもなく、野次馬のNPCの一人ではあるんだけど、確かにカーソルのさらに上にもう一つ、アイコンのようなものが表示されていた。
そのアイコンは、お城の櫓でも探索しているときに何回か見た、赤いSPのアイコンと同じもの。
一つ違うのは、それの右上にかぶさるような感じで、『Q』のアルファベットが付されているところだ。
「戦闘系のクエストマークだね。クエストの受注条件が整った状態で、開始のタイミングがフリーだと、ああいうふうにNPCの頭上とか、受注できる場所とかにマーカーが表示されるの」
ちなみに会話の流れで突発的かつ自動的に受注となってしまうタイプのクエストもあり、その場合は断ることも可能だが、マーカーの表示もされないらしい。
「ちなみに宝探し系だと宝箱のマーク。お使い系だとお買い物袋のマーク。あと、このゲームにはプレイヤー全員の最終目標みたいな、グランドクエストみたいなのはないって話だけど、その代わりに何らかの大規模なストーリーが連鎖的に続いてくクエストもあるらしくって、その場合には本のマークが付くらしいよ。まぁ、基本的にはその四つさえ覚えておけば、あとは話の流れで大体どんな感じのクエストなのかは推測できるはず……」
なるほど……。
今回で言うと、あの人たちはどこかに見回りに行こうか行くまいかを言い争っているみたい。
その場所には危険があるようで、おそらくクエストの種類が戦闘ということは、主旨はその危険の除去になるのかもしれない。
「受けてみる?」
「うーん……内容を確認できるなら、確認してからの方がいいかも?」
さすがに始まって早々危険性の高いクエストは来ないだろうけど、それでも万が一ということもある。
クエストの内容は、よく吟味したほうがよさそうだとなーは言った。
「じゃあ、どっちにしろまずはあの人に話しかけてみよっか。それから決めよう」
「うん、それもそうだね……」
私達は、困惑した表情を浮かべる野次馬のNPCにさりげなく話しかけた。
「すみません、あの人たち、なんであんなに言い争ってるんでしょう?」
「うん? 君はゴースト……いや、それにしては雰囲気が穏やかだ。どうやら、誰かの守護霊のようだね」
「あ、わかりますか」
「ああ。今言ったように、雰囲気が違うからね。……それで、なぜ彼らが争っているのかだが、実はここ最近、この神殿が管理している共同墓地が何者かに荒らされる被害が増加していてね」
「墓荒らしですか……」
「あぁ、いや。厳密には違うかもしれない。確かに、墓標なんかには被害が出たものの、掘り返された形跡などはいずれもないらしいからね」
うん? 墓標とかに被害が出てるなら、それはもうれっきとした墓荒らしだと思うんだけど。
「犯人、と言っていいのかはわからないが、その狙いはおそらく、鎮魂樹の実だろう。その実は栄養価が高く、死んだ者の魂が最後の審判が下される、死後の裁判所にたどり着くまでの食糧として、宗教的にとても重要な役割があるんだ」
「というと、その犯人? はその鎮魂樹の実を?」
「あぁ、そうだろうね。犯行があった翌朝には、鎮魂樹の幹に大きい鳥の足跡があるから、おそらくは幹を蹴って樹を揺らして、落ちてきた木の実を持って行っているんだろう」
「なるほど……」
犯人は、鳥か!
クエストウインドウが表示されたね。
【クエストを受注しました】
タイトル:鎮魂樹を守れ!
推奨実力LV:7~ タイプ:調査、戦闘
エマニノの神殿が管理する共同墓地で、鎮魂のための大切な果樹に甚大な被害が生じている!
犯人(?)らしき鳥を見つけて、退治しよう!
クリア条件 討伐対象の撃破
クリア報酬 祈りのペンダント(参加人数分)
クエストナビ 0/3
討伐対象の手掛かりを探せ! 0/5
討伐対象の痕跡を辿れ! 0/100%
討伐対象を倒せ! 0/1
「おぉ……私、昨日の古戦場の探索で、ちょうどレベル7に達したところだったんだ。お姉ちゃんは?」
「私はレベル8になったよ。古戦場の探索の時点で、もうレベル7目前だったみたい」
「おおぅ、いつの間にかお姉ちゃんに先を越されてたなんて……」
「お城の敵は、リターンがよかったからね……」
レベル的にも問題なさそうだと判断できたので、私達は二つ返事でこれを引き受けることにした。
「さて、お姉ちゃん。多分だけど、戦闘系のクエストは初めてだよね?」
「うん」
「それなら、まずは準備するところから確認していこっか」
「そうだね」
なーに続いて、私は歩き出す。
この方角は、さっき通った生産市場の方かな。
「それじゃまず、装備品の確認。整備はできてる? 耐久値は万全? あと、攻撃の威力に不足は感じてたりしない? ちょうど私達のレベルが適性のクエストだから、不足を感じてたらちょっと考えたほうがいいかもしれないよ?」
なるほど、武器のことについては確かにその通りだ。
むしろ身近過ぎて、指摘されるまでわからなかった。あれだね、考えるより先に体が動いちゃうことだったから。
「んで、実際のところどうなの、お姉ちゃんのほうは……」
「ん~、正直言うと、修正値を増やしたいかな、とは思ってる」
「そう? あてはあるの?」
「骨を加工して、こん棒でも作ろうかなと」
「なるほどねぇ。いい考えだと思う」
さっそく私達は中央公園に行き、作業台を取り出して骨を加工した。
どちらかと言うと、鍛冶セットよりもこちらの方がいいだろうと考えたからだ。
骨に、なーがくれたイノシシの毛皮を裁断したものを巻き付けて、作業台に備え付けられていた裁縫セットで縫い留めてみた。
判定は、『武骨な骨こん棒』。基礎攻撃値は些末な武器なだけあって素手とほぼ変わらないくらいしかなったが、イノシシの怨念か何か宿っているのか、魔法攻撃値はそこそこ高かった。
肝心の修正値は、いくつか作ってみたが総じて修正値ナシは発生せず、+1~+3までしか出てこなかった。
が、塵も積もれば山となる。数を稼げばこの際は問題ないだろう。
そう考えれば、なかなかに上策じゃないかな。
合成印は〈もろい〉がついたものの、こ印が付いても最終的にベースとする亡霊小太刀は壊れない特性があるので耐久が∞。考えなくてもいい分、やっつけ仕事でも十分な出来になるのは確約されている(ちなみに〈もろい〉はマイナス効果ではあるけどデバフ印ではないらしく、【死霊】スキルでもなかったことにはできなかった)。
作成したこん棒をすべて、両方の亡霊小太刀に合成したら、最終的に亡霊小太刀はそれぞれ+5と+6にまで育った。
具体的な武器性能としては、亡霊小太刀の基礎魔法攻撃値が5なので、それぞれ10と11に上がったということになる。
システムの仕様上、攻撃力は右と左で別に計算されるけど、魔法攻撃の場合は合算されて魔法攻撃に加算される仕組みになっているようなので、これだけで魔法攻撃力が10近く強化されたことになる。
「防具は、いいの?」
「私にまともな裁縫ができるとは思えないよ……」
「あ……うん…………ごめん」
なーの励ましが心に沁みる。
とりあえず、私はできた小太刀を鞘にしまって、なーに次は何をすべきなのかを聞いてみた。
「あとは、消耗品の補充だね。なにか、確保しておきたいものとかある?」
「その、服はどうにもならないけど、やっぱり防御力は心許ないなって……道具でどうにかできる?」
「うーん……それなら、そこは料理のバフ効果で補おっか。ちょうどいいところに……うん、あった。はいこれ」
なーが取り出したのは、筒状の容器の様なものが二つ。上下に分かれるようで、上の部分が蓋になっているようだ。
名前は、『特製コンソメ風味のレジストスープ+4』。中身を見てみれば、蓮根を含む、いろいろな野菜が一つずつ入ったスープだった。何気にランクが特製になっているのは、突っ込まない。なーだから。
ちなみに消費FPは10で、効果の方はHPを微量回復。さらに5分の間魔法防御力が50%上昇という、まさに今の私が抱えている問題を解決してくれる料理だった。ちなみにFP10というのは、おおよそゲーム内時間で1時間分の上昇量に相当する。
「さすがに、序盤の敵だし、クエストの敵といっても10分もかかる敵は出てこないと思うんだけど……」
と言うか思いたい、というなーの言葉は、私は聞かなかったことにした。
「なーは、自分の分は大丈夫なの? ポーションとか」
「私? うん。午前中の配信が終わった後、午後にどう動いてもいいようにあらかじめ補充しといたからね。……もしよければ、いくらか分けよっか?」
「ううん。なーの分はなーがとっておいて。私は私の方で、どうにかするから」
まぁ、守護霊になったおかげなのか、今はHPが3になってるから、いくらか余裕ができてはいるんだけどね。
多分、ここらの敵なら、今の私ならそれなりの回数は食い止められるかもしれない。試していないからわからないけど。
「まぁ、今のところはこんなものかな」
「欲を言えば、マナポーションはもう少し欲しかったけどね……」
手元にあるのは、昨日なーに自慢したマナポーションだったが、量としてはやはりしか確保できてない。
だから、不安を払しょくするならもうちょっとほしいところだった。
けど、あいにくともう材料がないので作りようがなかった。
「そっかぁ……なら、今からもう一度、ルナティカさんのお店に行ってみる?」
「うん。……お金は多分、大丈夫だと思うんだけど……」
濃縮マナポーション+4や+6のシステム上の予測査定額(売却額)は、それぞれ70Gと80Gだった。
このことから、あくまでも推測でしかないけど、+8のマナポーションは、買値だと180GがNPCの標準ということになる。
ただ、それはあくまでNPCの話。
実際には、相手もPCなのだから、どうなるかはわからないのが実情だ。
「ルナティカさ~ん」
「あれ、なーちゃん。それにエアルさんも。先ほど振りだね。どうしたの?」
「いや、実は神殿でクエストが発生しちゃいまして……」
「神殿……聞いたことがないね。どんなクエストなの?」
なーが聞かれて、私にふっと振り向いてきた。
話してもいいかどうかの確認だろう。
私は、別に隠すようなことでもないと思うので、クエストの内容とどうやったら受けられたのかをルナティカさんに説明した。
ルナティカさんは、私の話を聞き終わるともう一度首を傾げて、
「なるほどね……掲示板でも聞いた覚えはないし、多分初出のクエストだよ、それ。でも夜に神殿へ行く人ならこれまでにも何人もいただろうし……条件がちょっとわからないね」
「今のところ、他の人と私達とで違う点といえば……」
ルナティカさんに顔の向きを戻していたなーが、再び私に振り向いた。
「お姉ちゃん、というかゴースト系のプレイヤーと一緒っていうのは、意味あるかも」
「ああ、確かに。問題になっているのが墓場だし、もろに関係ありそうだね。とりあえず、また何かわかったらフレンドメールで連絡するから」
まぁ、一回こっきりの限定クエストって場合もあるかもだけどね、と苦笑しながら、ルナティカさんはご自慢の+8のマナポーションをいくつか売ってくれた。
私のご要望に応えて、ご丁寧にも濃縮タイプにもしてくれた。サービスがいいなぁ。
これなら、足りない分は、ここで買った方がよさそう。
代金もNPCの標準額と同じにしてくれたし。
「んじゃ、クエスト頑張っといで~。あと結果報告よろしく」
「は~い。さて。それじゃ、準備はもう完了でいいかな?」
「うん」
「じゃ、クエストスタートだね!」
私達は、それまでの考えを全部放棄して、初めての戦闘クエストへと意識を切り替えた。
印効果
〈もろい〉耐久度が2~4倍の速さで減る。耐久度の減少による修正値の低下が2~4倍になる。倍率は各判定が行われる際、1回ごとに変化する。




