急な進化、そして合流へ
前回のあらすじ三行(※前話の後半に改稿した部分があります)
第1スキルを習得したよ
そろそろ合流するかな、どうしよっか
あれ~、ボスが不在だよ~?
出会うはずのボスに出会わず、そのまま古戦場らしき場所へと出てしまった私。
ステータスから現在のフィールドを確認してみても、確かにここは『ハイト古戦場』と表示されていた。
これはどういうこと、と戸惑いながらも、とりあえずは『ハイト古戦場』の詳細情報を見てみることにした。
その結果、わかったのは、まず事前に集めていた情報の通り、このエリアでは昼は獣系、夜はそれに加えて落ち武者系の敵がわんさか出てくるようになるということ(敵の詳細までは書かれていなかった)。
それから、ボスはハイトが滅んでなお、そこを守らんとする、地縛霊と化した『怨霊大将ハーミット』というゴースト系の敵。ただし、ハーミットにあうためには二つの条件を満たさないといけない、ということも読み解くことができた。
原文はこうだ。
『ボスの怨霊大将ハーミットも他の落ち武者たちと同じく、夜にのみ現れる。彼は自らの領域に踏み入った、肉体を持つ者すべてを敵として出迎える。ハイト遺構を覆う結界を抜けるには、彼の霊核か同族意識を得ることが不可欠だろう』
これはおそらく、肉体があるならたとえアンデッドでも容赦なく襲われるということだ。逆にそうでなければ――つまり仲間として認められれば、敵として遭遇することはないということ。
つまり――私はボスと戦わなくても済むということ?
判断はこれだけではつかないんだけど、それ以外にも不自然なことが一つある。
それは、私のすぐ後ろにある領域。
目視で見る限りでは、きちんと続いているはずのその領域は、フィールドマップ赤枠に囲まれた上で赤紫色に塗りつぶされ、『BOSS』の表記があった。
それは、まぎれもなくボスエリア……の、はずなんだろうけど。
そしてボスエリアで、ボスを倒さなければ先に進めない、となれば本来はそこに踏み入ることができて当然、のはずだと思うんだけど……私はハイトから出た際、『ハイト遺構』と表記されたエリアから少し離れた場所に出てきてしまったのだ。
本来なら歩かなければならないはずの領域――それを、通過することなく跳んでしまった。
試しに、今度は古戦場側から『ハイト遺構』へと向かって歩いてみる。
「あれ……霧が…………え、ハイトの街に入っちゃった……?」
私は古戦場に出た後、その場から動いていない。
つまり、振り返ればすぐそこにボスエリアとの境界があると同時に、すぐに『追憶の幻影都市ハイト』との境界線があるわけで――しかし、BOSSエリアへ踏み込んだはずが、『追憶の幻影都市ハイト』との境界を越えてしまったことになる。
ボスエリアは、通過してもいないのに跳んでしまっている。
「…………本当に、スルー出来るって言うことなの……?」
なぜだか釈然としないまま、私はこの日のプレイを終えることにした。
そして翌日、私は早朝鍛錬と朝食を終えた後、少しだけ試したいことがあったのでゲームにログインした。
今日の朝は、ゲーム内では未明から夜明けとなっていたはず。
であれば、そして、ボスと戦う条件を満たせるはず。
私は、胸に抱えたもやもやを取り除きたい一心でボスに会いに行った。
昨日と同じように、街を東門から出る。
そして、少し進んだところで――
「旅の者ヨ、出立すルのカ?」
どす黒いオーラを纏った、落ち武者のようなNPCが唐突に現れ、話しかけられた。
――怨霊将軍ハーミット LV20 敵対不可
訂正、NPCじゃなくて敵だった。いや、というよりボスだった!
というか、なんで私、ボスに話しかけられてるの!?
えぇ、本当に、……ちょっと、さすがにキャパシティ不足だわ。
もしかしなくても、これまでの情報からして種族のことが絡んでいるのは確かなんだろうけど、……ええぇ?
とりあえず、返事は、しておかないとだよね。
「――っ、は、いえ、少し、街の外の空気を吸いたかったもので」
「そウか。街ノ外は敵兵がうろツイテいて危なイ。実力に覚えガなイノなラ、街ニに引キ返スがよイ。命ヲ無駄にスるデナイぞ。でハな」
具足の音を立てながら、私に背を向けて去っていく怨霊将軍ハーミット。
私は、しばらくの間そこで呆然としてしまった。
――試したかったことを試してみた結果。私は古戦場のボスとは、システム上遭遇することすらできないことが分かってしまった。
とりあえず、この日の分の達成課題を済ませた後、私は昼食の席で開口一番、奈緒に古戦場のボスのことについて軽く聞いてみた。
「そういえば奈緒。古戦場のボスについて聞きたいんだけど、そこのボスって夜限定なの?」
「うん、βの時はそうだったね。ハイト遺構までが攻略可能だったから、そのあたりの情報まではまぁ、β準拠だけど知ってるよ?」
「もしそこのボスを倒さないまま、昼間のうちに抜けようとしたら、β版ではどうなったの?」
「えぇ? それは……まぁ、数メートル先もわからないような濃い霧の演出の後、古戦場のエマニノ側の入り口まで転送されちゃうけど。どうして?」
「えっと、ちょっと返答に困ると言いうか……」
「?」
奈緒は私の意図が読めなかったためか、疑問顔で首をかしげた。
なので私が体験した不思議な現象をそのまま伝えてみたのだが――奈緒にとっては既知の情報だったようで、『なんだ、そんなことか』と言われてしまった。
「ゲームやりながらいろいろと情報集めてるんだけど、他の種族でも似たような情報は上がってるからね。別段、特別なことじゃないと思うよ。気にしなくても大丈夫だと思う」
「そう、なんだ……わかった。それなら、気にしないで、手間が省けたと喜ぶことにしこうかな」
「うん、それでいいとおもう」
ちなみに、ここに兄さんがいれば、今日もあれこれと私達の話に兄さんも入って来るけど、今日は昼食の場に兄さんはいない。
なぜなら、道場があるからだ。
私自身は、毎日家で鍛錬しているのもあるし、道場にはたまに父さんや兄さんを手伝う程度にしか行ってなかったりする。
これくらいの緩さでもいい、と言われてるからね。毎朝鍛錬しているし。
そして、兄さんが道場にいるとなると、私には午後以降これといってやることがなくなる。
なので、私はゲームにログインすることにした。
「お姉ちゃん、今日は古戦場の奥から出てくるの?」
「うん。そのつもりだけど。さすがに、そろそろ兄さんに『錆びた小太刀』を届けないとかわいそうだしね」
「あ……そっか。それじゃあ、午後はボスエリア前で集合して、一緒に古戦場探索しない?」
奈緒は、少し興奮気味に私にそう聞いてきた。どうやら、私とゲーム内で会いたい一心で、【退魔の心得】という第0スキルまで取得したらしい。
そのスキルの中に、パッシブで霊視効果を得るものがあるとのことだった。
「けど――」
私は、種族固有スキルのことを理由に断ろうとして、不意に昨日遭遇した二人組のプレイヤーを思い出した。
そういえば、パーティを組まなければ、種族固有スキルのマイナス効果は発動しないって言ってたわね。
「……奈緒がそれでいいのなら、午後は二人で古戦場を探索しよっか」
「いいの!?」
「種族固有スキルのことがあるから、パーティは組めないけどね」
「いいよそんなこと。モンスターなら交互に倒せばほぼ平等でしょ?」
「そだね。……それじゃ、私はそろそろログインしに部屋に戻ろっかな。ゲーム内でも、よろしくね」
「うん!」
こうして、私は本日の午後、奈緒とゲーム内で合流することになった。
さて。奈緒が言うには、彼女は午前中にゲーム内で夜明けが訪れたので、古戦場に来ているとのこと。
日の出から昼食までゲーム内では3時間以上あったので、すでに古戦場のかなり奥の方まで来ているらしく、もう少ししたらボスエリア付近まで来れるとのことだったので、ボスエリア付近の安全地帯で待ち合わせをすることにした。
安全地帯とはなんだろう、と思ったものの、首を傾げていた私にフィールドだけどモンスターに襲われない安全な場所で、今回待ち合わせに使用するのは道祖神があるあたりだと説明された。
うん、そのあたりなら覚えている。
ちょうど、ハイトから出てすぐのところで、目についたから。
なら、ハイトから出てすぐのところで待っていればよさそうだね。
とりあえず、待ち合わせ場所に移動して待っている間、私は所有しているアイテムの確認をすることにした。
モンスターと戦うなら、MP回復アイテムの管理は必須だ。
『霊核・屑』と『マナポーション』の数は……うん、大丈夫そうだ。それなりに多くキープできている。これなら、何体とでもやり合えるだろう。
待っている間何もしないのもあれなので、私はずいぶんと苔むした道祖神の像を掃除してあげることにした。
掃除道具は櫓にあった奴を売却用に頂戴してきたものがあったので、それを使った。
………………うん、少しはキレイになった、のかな。
――EPが一定値以上に到達。種族:ゴーストのレベル、【霊体】レベルが一定値以上に到達。【生への執着】の成長を一定値以下に抑制。全条件の達成につき、新しい種族:守護霊への進化が可能。
「ふわっ!?」
な、なんか急にとんでもないお知らせが来たんだけど!?
と、いうか守護霊……? 確かに、ゴースト系のモンスターから、発展しそうではあるけど……えぇ、ちょっと、拍子抜けしたというか……。
確かに、道祖神とか、お地蔵さんとかの掃除をするのはいいことだ、うん。
でもそれくらいでEPが10も稼げて、そのちょっとしたおまけみたいなもので進化条件を満たすって、ちょろ過ぎない!?
……うーん?
「お姉ちゃん、お待たせ~……どうしたの?」
私が首をひねっていると、後ろ奈緒の声が。
ちなみに私のゲーム内での姿は、事前に口頭で伝えてあった。……のだけど、たまたま私であってたから良かったものの、似たアバターを持つ別人だったらどうするつもりだったんだろう。
そのあたり、あとで注意しておかないといけないかもね。
「守護霊への進化条件を満たしたみたいなの。ちょっと、今からやってみようかなって……」
「おー、それはいいや! 守護霊なんてβ版では聞いたことない種族だったしね!」
いったいどんな感じになるのかな、などと合流して早々目を輝かせる奈緒を目端に、私はメニューを開き、『昇格・進化/転職・変異』を選択。
ゴーストを起点とした、上から下に向かっていく3Dツリーの中から、たった今追加されたであろう守護霊を選択した。
――種族:ゴーストから種族:守護霊に進化しました。
――種族固有スキルの一部が通常スキルへ移行しました→【生への執着】
――新たに種族固有スキル【守護霊】が追加されました。
――初めて第2スキルを取得。称号:半人前冒険者を獲得。
――称号を付け替えるにはステータスから『称号』を選択してください。 ※二つまでセット可能。称号はコレクトアイテムの一種であり、取得しても効果はありません。
うん、終わったね。
「おー、見た目はあまり変わんないね。ステータスはどうなった?」
「うーん、ちょっと待って。確認してみるから……あ、すごい」
「どうすごいの!?」
詰め寄る妹をなだめすかして、私は確認しながら妹にその内容を伝えていく。
まず、ステータス面について。
今進化したことでHPの倍率が増加。
その結果、もともと、昨日レベルアップでHPが2に増えていたのだが、たった今3にまでなった。
つまり体力3倍だ。
それにMPも倍率が50%増、MPの自然回復量も同じく50%増。あとは魔法攻撃と魔法防御も少し上昇した。どちらかといえば、魔法防御の方が伸びはよかったが。
「いいなぁ、実質HP三倍なんて……」
「だけど、直接的な攻撃は相も変わらず、おおよそ2%消費だよ。あまりうかうかはできないかな」
敵の攻撃も、昨日進出した北の丸の敵は1段階エリアが進んだことで、相応に強くなっていた。
うっかりしていると、あっという間にやられてしまいかねない。
「スキルはどうなった?」
「スキルは、【生への執着】が種族固有スキルから通常スキルになったね。――あ、やった! スキルの【守護霊】にはEPの減少デメリットがなくなってる! 【生への執着】を外せばEP減少のデメリットが完全になくなる!」
「そうなんだ。おめでとう、ついに街に入れるね!」
「うん、ありがとう。あと、パーティを組んでいれば、他の人のHPやMPを回復できるようにもなったみたい」
「んん? 回復系のアビリティ? 私とキャラ被るね。どんな性能なの?」
【守護霊】の初期アビリティは、自身のHPをある程度消費して、味方のHPとMPを一定率回復したり、倒れてしまった見方をその場で瀕死の状態で復活させたりできるというものだ。
つまり、これを十全に扱いこなすには、必然的にそれなりのHPを必要とする。
ちなみに単純に一定率回復する際には2ポイント。蘇生するには4ポイントも必要で、現状では事実上蘇生はできないことになる。
回復率は、私の最大MP基準でHPが50%、MPが15%。蘇生の方は先程も触れたように瀕死の状態、かろうじてゲージの赤い表示から脱する程度だ。MPの回復もなし。
まぁ、蘇生の方は使えないから置いておくとして、普通の回復の方は私の馬鹿高い最大MPのことを考えれば、危機を脱することは十分に可能だろう。
「なるほどね~、自己犠牲型の回復アビリティかぁ。……確かに、ある意味では他人を守ることに特化したアビリティではあるけど……HP、まだ3しかないんでしょ? 代償が大きすぎるよ、それは。使うのは素直にやめておいた方がいいかも」
うん、素直にそうする。
「そういえば、【霊体】のスキルはどうなったの? 外れるようになった?」
「それはないんじゃないかな。【守護霊】はあくまでも【生への執着】の代わりで入ってきたスキルなんだし」
ゴースト系をゴースト系たらしめている、【霊体】と【死霊】の二つは健在だ。
それに、そもそもそのスキルはゴースト系の生命線でもあるんだし、通常スキルにしても誰も外さないと思うし。
そのことを奈緒に伝えたら、なぜか微妙な顔をされた。
「あー、それだと、ゴースト系の種族がどう転んでも、少なくても最初の進化では未だ残念性能なのは、変わらないっぽいね」
「どういうこと?」
「知りたい? じゃあ、お姉ちゃん。いい機会だから、今日ゲームからログアウトしたら、一緒に掲示板の味方と使い方、覚えよっか」
奈緒は、私の質問には答えずにそう言うと、鼻歌を歌いながら早速私にパーティの申請を送ってきたのであった。




