第四話 帝国での一日
小鳥の囀りが聞こえ目が覚めた。ぼーっとする頭を覚醒させる様に体を起き上がらせると睡眠は足りているが倦怠感は感じ取れた。しかし、どこか心地のよい物だった。
しばらくして立ち上がると痺れや固まった体を伸ばして窓に向かいカーテンを開ける。先程まで真っ暗だった瞳には強すぎる陽射しがグレイの視界を奪い取った。手で前を塞ぐが指の隙間からは日差しが差し込む、時期に目は慣れ辺りの景色が鮮明に映った。大通りの方からは準備する作業音が聞き取れてこの街の一日も始まった。
完全に目が覚めたグレイは階段を降りると前掛けを着けた昨日の受付の少女と目が合った。
「おはようございます。しっかり寝れましたか?」
少女は元気な挨拶をしてグレイに聞く。
「おはようございます。二度寝するか迷うぐらいに」
冗談混じりに答えれば奥からいい匂いがして。
「それは良かったです!朝食の準備もできていますので」
少女は優しく微笑みながら案内する様に手招きをしてロビー横の扉を開けた。そこは大きな食堂で中に入ると数人が朝食を取っていた。眠たげな表情で食べる人や談笑しながらコーヒーを飲む人が目に映った。
「準備しますので適当に座っていてください」
グレイは空いている窓側の席を選び腰を掛けた。窓の外は一階のため決して景色の良いものではないが、外の様子を見て考え事をしていた。
「お待たせしました!」
しばらくすると少女は朝食を乗せたおぼんを届けてくれた。朝食のメニューは麦パンが二つと少し焦げ目がついたベーコン、瑞々しいサラダ、そして馬鈴薯のスープだった。
朝食ということもあり量は多くはないがどれも質が良いのが見てとれた。
「ありがとうございます」
グレイは配膳してくれた少女に言うとニコっと笑みを返してくれた。
寝起きの胃を起こす様にスープから飲むことにした、出汁も効いていて優しくがして体の芯から温まった。
パンも柔らかく麦のいい匂いがした。ベーコンは脂身は少なく濃くないが薄くない寝起きには絶妙な味付けが施されていた。サラダも新鮮でこの国の物流の良さも感じ取れた。
朝食を食べ終わり今日の目標を考えていた。このままでは資金もいつか底をつくためギルドに行き収入源を探すことを考えていて。
「ありがとうございます、美味しかったです」
食べ終わった食器を厨房のカウンターに持って行ってテキパキ働く少女に話しかけて。
「よかったです!晩御飯を食べる時もここにきてくださいね!」
お皿を洗いながら少女はグレイに伝えた。グレイは軽く会釈をして宿屋を後にした。
ギルドに向かう間に多くの人とすれ違いこの街が動き始めたのを感じる。しばらく歩けばギルドに到着した。
扉を開ければ中はたくさんの人が受付待ちや掲示板の前で話し合っていた。割合としては圧倒的に男が多く身体は鍛えられ、少しむさ苦しく感じた。
「見ない顔ですね。ここのご利用は初めてですか?」
中に入れば受付の女性に話しかけられた。声のするほうを向けばギルドの制服を着た女性がグレイを見て話しかけているらしい。
「はい、利用するのに登録とか必要ですか?」
一人一人顔を覚えている事に驚きながらもグレイは初めて利用するため何か必要なものがあるか受付の女性に聞いた。
「通行証を渡してくださればこちらで済ませまよ」
グレイは昨日作った綺麗な通行証を受付の女性に渡した。慣れた手つきで情報を記録していく。
「先にお返ししますね」
確認が取れたのか通行証をグレイに返すと。女性は奥の扉を開けて中に入っていた。待っている間に辺りを見渡すと人は先ほどより増えている様に感じた。
「お待たせしました。こちらがギルドの情報が記入されたタグになります」
帰ってきた女性は紐がついたプレート状のタグをグレイに渡した。質の良いものではないが銅製の作りで名前が裏に彫られている。
「ありがとうございます」
グレイはタグを受け取れば落ちないように首の後ろで硬く結び、邪魔にならない様に服の中にしまった。
「ギルドでの依頼を受ける際に必ず必要になりますので無くさない様にお願いします。再発行は少し手間が掛かりますので」
名前が書いてあり悪用等の問題があるのか念を押す様に女性は伝えた。
「あちらの掲示板に依頼がありますので自分に合った物を選んでくださいね?」
受付の女性が案内した先には大きな掲示板があった。掲示板にはたくさんの依頼書が貼ってありその前には多くの人が仕事を探していた。
「ありがとうございます。探してみますね」
受付の女性に一礼をすれば笑顔が返ってきて。新人のグレイは邪魔にならないように端から掲示板に貼られている依頼書に目を通す。
多種多様な依頼があり報酬にもばらつきがある。依頼書には色が付いていて受付の女性が先ほど言っていた自分に見合った依頼の意味も理解ができた。
次第に依頼は報酬が良いものや楽なものから無くなっていき少し焦っていると後ろからグレイを呼ぶ声が聞こえてくる。
「グレイ!やっぱり来てたのか」
振り返ればそこには昨日知り合ったばっかりのアドニスがこっちを向いて大きな声で呼んでいた。声に反応するようにアドニスに視線を向ける皆の表情や目線はどこか冷たく感じた。
「アドニスか…昨日はありがとう。宿屋も良くて助かったよ」
その視線にグレイは気づいていて慌ててアドニスに近寄り、大きな声を出さなくてもいい距離まで詰めた。
「気にしなくていいぞ!それより何か依頼でも受けるのか?」
アドニスは周りの視線に気づいていないのか、それとも無関心なのか気にする素振りはなくグレイに尋ねた。
「何かしないと金も無くなるからな」
話しながら辺りを見渡すが目立つ赤髪の彼女の姿はなく一人で来ているのを少し不思議に感じた。
「そうか。手伝いたいんだがこの後面倒な依頼をこなさいといけなくてな…」
アドニスは依頼書を握っていたがそれは掲示板には無い綺麗な白色の依頼書だった。特別な物なのか特殊な物なのかはわからないが訳があるらしい。
「気持ちだけでも嬉しいよ。当分は簡単な依頼をこなすつもだったからさ」
お節介なアドニスの気持ちだけ受け取るがその間にも掲示板の依頼書は忽ち無くなっていった。
「そうか。何かで伝える事とか聞きたい事があれば頼ってくれ!」
アドニスは周りの視線を気にせず、ずかずかと階段で上の階に上がって行った。残されたグレイは周りの視線が自分に向けられている事が分かり気まずく視線から逃げる様に掲示板に目を向けるがその時には報酬が少ない依頼しか残されていなかった。
「これにするか…」
残された依頼書の中からグレイは薬草の調達を目的とした依頼書を手に取った。報酬は多くはないが簡単な内容が決め手だった。条件の欄には薬草の知識が必要らしいがその辺も問題はない。
「この依頼を受けたいんですけど」
依頼書を持って受付に向かうと先程とは別の女性が対応してくれた。依頼書を受け取ると受付の女性は手際良く手続きを済ませていく。
「承りました。こちらの依頼は指定されたものは直接依頼主にお渡しください、依頼主から確認が取れましたら報酬をお渡しします」
説明を受ければ依頼主の住む場所の地図を渡された。場所はここから少し離れた所だが丁寧に目的地までの経路も記されていた。
「ありがとうございます」
受付の女性に伝えてギルドを後にし早速地図に書かれた目的地に向かって歩きだした。
相変わらず活気は良く今日も多くの露店や人で賑わっていた。大通りを抜けて細い路地を進めば先程までの賑わいはなくなり物静で少し暗い雰囲気の道に移る。
「この先か」
しばらく進めば緩やかな坂になっていて登り切ると大きめな建物がぽつんっと現れた。地図を見る限りこの建物が目的地らしい。外壁は少し崩れていてかなり年季が入っていた。
扉を開けようと近くと壁が薄いのか中から二人の女性の会話が聞こえてきた。
「わざわざギルドに通さなくても私一人で行ってくる」
「貴女に薬草の知識なんかないでしょ?」
言い争うとまではいかないが少し揉めているようだった。
「こんな安い報酬で依頼を受ける奴なんて誰もいないよ」
そのセリフを聞いて少し入りづらくなった。しかし、このまま盗み聞きを続けると余計に入りづらくなると感じてグレイは意を決して扉をノックして。
「は、はい。今開けますよ」
慌てたように扉を開けると若い女性が出迎えてくれた。綺麗な女性だが着ている服はあまり良いものではなかった。
「依頼を受けにきたのですが…」
先程の会話を盗み聞きしていたためぎこちなく依頼書を渡した。
「ありがとうございます!」
女性は嬉しそうに受け取れば後ろを向いて先程の会話をしていたもう一人に向かって見せつけていた。横顔からでも分かるほど見事なしたり顔だった。
女性の視線の先に立っていたのは一度見たら忘れないような綺麗な赤色の髪の少女で。
「あ…」
先に反応したのは赤色の髪の少女…名前はテン。反応を見る限りどうやら覚えていてくれたらしい。
「昨日はどうも…」
思わぬ再会にグレイは驚きながらも頭を下げてお礼を伝えた。
「あら、知り合いなの?」
二人の会話を聞いていたもう一人の女性はお互いの顔を見て質問した。
「知り合いって訳じゃない」
知り合いではないのは間違いないがはっきりと言われてしまうとアドニスとは違い距離を感じた。
「迷ってたところを助けてもらって…」
グレイは女性に誤解されても後々面倒なので端的に答えた。
「そうだったんですね。立ち話もなんですから中へどうぞ」
女性が案内すればテンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべで階段を上がり二階に消えていった。思い当たる節はないがグレンの事が気に入らないらしい。
「ありがとうございます。お邪魔します」
その表情は女性からは見えずグレイにだけ見えていて申し訳なさそうに中に入った。
中は建物の大きさの割に家具が少なく感じた。階段の上から何やら気配が感じられる。居間に通されると木で作られた使い古された大きなテーブルや多くの椅子があるだけ特筆すべき点は見当たらなかった。
「取ってきて欲しいものは何でしょうか?」
椅子に座るがどこか落ち着きはなくグレイは早速女性に尋ねた。
「これなんですけど分かりますか?」
女性は紙に取ってきて欲しい薬草を書いて渡たす。難しい内容の品はなく簡単に依頼をこなせると感じた。
「大丈夫です。じゃあ行きますね」
あまり長いするのも申し訳なく早めに薬草の調達に向かうことにした。家から出て森に歩き出そうとすると背後に人の気配を感じて振り返るとテンが一定の距離を保って着いてきていた。
「一人で大丈夫ですよ?」
着いてくるテンに一度立ち止まり話しかけた。不安なのかそれとも信頼がないのか離れることはなく監視するように見ている。
「暇だから」
グレイが止まれば距離が近づかないようにテンも立ち止り無愛想に答えた。再びに歩き出すが居心地の悪い視線が常に後ろから注がれていてとても気まずい。
「とりあえず早く片付けましょう…」
返答はなく独り言のようになってしまった。空気は澄んでいて天気も良く自然に包まれて開放的な空間だが二人の間の空気は悪かった。しばらく無言で歩いていて街を出て舗装された道を進めばテンやアドニスと出会った森へと到着した。
グレイは目的地に到着したばっかりで依頼は進んでいないが少し疲れた感覚に襲われていった…
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