夏休み6
めちゃくちゃ痛かった。
あり得んぐらい。
せやけど…なんでか耐えれた。理由は解る。総一郎の事で腹立ってアドレナリンがドバドバでとったから。
脳内麻薬の一種、アドレナリンの力や。
顔を上げたら、ヨッシーがパッ金の前に立っとった。背後から俺を蹴り飛ばしたパッ金の前に、敢然と立ちはだかったみたいな感じ。
俺にしたら有り難い話やが…
素直には感謝出来ん。
ほらぁ、総一郎に続いて、俺まで目の前で見殺しには出来んやろ。此処で出張らんと出る時無いわなぁ。
普段、無駄にえばってんねんから。
見せて貰わんと。
ヨッシーの本気もやぁ。
人気の無い田舎の公園。野外ステージみたいなアスファルトで整備されたこの場所。暗闇の中、街灯の光。
其処で対峙する、頭の悪い糞ヤンキーふたり。
漫画みたいな、最高のシチュエーションや。ふたりが同時に声を張り上げた。
「ごらぁぁ!!」
「シネやぁぁ!!」
勢いよく近付いたふたり。
即座に、ゴン、ゴン言う殴り合う音が聞こえて来る。ヤバい、ヤバい、ヤバい、けど、最高の見せもんや。
こんなん、10万払うても絶対見られへん。俺は、ふたりの喧嘩に完全に見惚れとった。
ヨッシーの拳がパッ金の顳顬にゴツい音立ててクリーンヒットする。そっから、明らかにヨッシーが優勢になった。
糞腹立つけど、やっぱり喧嘩は素手やなぁ。ほんで、ヨッシーは、ムカつくけど本物や。まぁ、それ以上にドクソのパッ金はシネ!!
「おらぁぁ!!」
顔面に物凄いんが入った。
渾身の右言う感じ。そんで勝負は終わりやった。
ふらっと揺れてから、槇下っちゅう頭、金髪に染めたガイジがその場に崩れ落ちよった。
「…はぁ、はぁ、よわっちは、お前が名乗れや、雑魚が」
なんかヨッシーが、かっこ付けとる。
ヘロヘロで、肩で息しとる癖に。
実際、お前が勝ったんは、俺のお陰やろ!
て言うてやりたかったんやけど、今は、我慢する。コイツと揉めたら、面倒臭そうやから。
俺は痛む脚を無視して、総一郎の元に走り寄った。此処までは、ええ感じやった。ほんま、此処で終わって欲しかった。
北野が心配そうに総一郎を見て、晃がそれを護るように立っとった。なんかあったら、コイツらふたりは助けてやらんとなぁ。
ほんま、そう思う。
「総一郎、どない?」
「解らん、完全に気ぃ失うとる」
「生きてんやんなぁ?」
「うん、息はしとる。せやけど、俺は医者やないから解れへん」
どうでも良かったんやけど、その言い回しにイラっとする。
そんなん、言わんでも解っとるな。
何よりも、もし、お前が医者やったとして、お前みたいなええ加減な奴のおる病院なんか、俺は絶対行かへんから。
と取り敢えず俺は、心の中で、突っ込みを入れた。それほど、この北野はおもろいけどええ加減な奴やから。
チームのリーダーがぶっ倒された。
喧嘩は終わったはずやった。
そう、喧嘩の時間は終わったねん。
こっからは違う時間。
誰にも説明出来ん…
俺の人生の中で、間違い無く、決定的に断トツで最悪の時間の始まりやった。悪夢の始まりの合図は…
叫び声。
…地獄の始まりや。
俺らが総一郎の元に集まって心配しとる間、ヨッシーは今日の喧嘩は終い、お互いお開きって事で、アイツらと話を付けようとしとった。
ほんまに頭の回転が速い奴やと思う。
総一郎の頭のこともある。
勝ち確定して、とっとと、こんな所、とんズラこいたら、実際、後はどうとでもなる。
なんでって、ヨッシーが、山根にこん話振ったら、ガチで刈り取り放題やとしか思われへんから。山根の号令やったら、頭の悪い糞が軽く30人は集まんねんから。
あのふたりがやられた今、正直、30人を引き連れた山根の凶悪な顔見たら、雑魚どもは震え上がるやろ。
実際、コイツら、数で勝っとる癖に、総一郎を殆ど騙し討ちにしよった。それも金属バットの一撃で潰しとるだけに相手が俺らに条件付けれる道理も無い。
「おい、このゴミ連れて、さっさと帰れや」
ヨッシーの言葉に、怪我して無い奴らが、怪我して倒れとる奴らに声をかけ始めた。俺らに、難癖付けられる前にさっさと引く気が見え見えや。
目が隠れるくらいの前髪で、背の高いヒョロガリ。俺でも瞬殺出来そうな奴が倒れたパッ金に近付いて、その身体を揺すっとった。
頭のネジが緩んどる奴だけに、ソイツは気失ったまま連れて帰れや! とヒョロガリに言うたろう思た。
日常が非日常に変わる…
ほんま、人の想像の右斜め上、突然やってくんねんなぁ…どないせい言うねん。
「ぶあぁぁぁ!!」
パッ金が叫んだ。
振り向いて、よう見たら、声かけた男の首にパッ金の手が伸びとった。
なんやねん、アイツ、仲間に八つ当たりって、ほんまにゴミやろ。そう思た。
「んーっ、たぅ、ぐっ、ぐぅぅ…」
パッ金のぶっとい腕を引き離そうと、ヒョロガリが必死やった。文字通り…必死。
ヒョロガリが、一瞬仰け反る。
「え?」
バギって嫌な音がして、何かが飛び散った。パッ金の髪の毛の一部が金色から、真っ黒に塗り替わっとった。街灯の光の当たり具合で、それが黒や無うて赤色やと解る。
痩せてて、ちょっと人より背が高いだけ。頭数揃える為だけに呼ばれとるような陰キャが、鼻血垂らしたんやと思た。
でも、ちゃうかった。
陰キャの首から赤黒い液体が噴き出しとんのが見えてもた…
「はぁ?」
パッ金の黒目が緑色に見える。
なんで緑?
正直、全く訳が解らんかった。やって、何が起きてるかさえ、全然、理解出来んかったから。
ただ、ヤバいって感じた。
背中をなんか電気が走ったようにビビッと来た。ほんまにやばい時は、長く考え込むな。動きながら考えろって糞親父の言葉が、なんでか頭に浮かぶ。
何が起きてるか解らん。
其処におったほぼ全員がパッ金の方を見とった気がする。パッ金が動き出す前に、俺は総一郎の上半身を抱き上げて、思いっきりビンタをかました。
「起きい!! 総一郎、起きろやぁ!!」
バン、バン、ビンタした。
兎に角、今すぐ逃げんとヤバい。