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形なき凶器  作者: 無名
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助けてみせる



 「はぁ…………はぁ…………」

 片腕の機能をほとんどに失い、その腕を庇いながら戦闘に臨んでいた夜桜の体力は、もうすでに限界を迎えようとしていた。

 身体中傷だらけで、着てきた制服もボロボロだ。

 久遠寺を傷つけまいと、回避に専念し、近づける機会を狙っているが、そのときは一向に現れない。


 久遠寺に押され続けている夜桜からすれば、早めにこの戦闘を終わらせてしまいたい。

(くっそ…………! 近づくことさえできれば…………)

 防戦一方であるように思えた夜桜であったが、彼女にも一つだけ策があった。

 しかし、それを実行するにはかなり条件が厳しい。


 夜桜は絶対零度の冷気を放つ久遠寺に、限りなく近づく必要があるし、久遠寺の動きも止める必要がある。

 それにそもそも、この()を久遠寺の口にフラットな状態で入れる必要がある。

 しかし、もし、それかあの冷気に当たってしまったら、きっと効力を失ってしまう。それなれば、彼を助けることはもうできないだろう。


 夜桜は少しの間考える。

 久遠寺に対しての警戒も怠らず、攻撃に常に反応できるように構えながら、考える。

 どうすれば、この薬を彼の口に安全な状態で運べるだろうか?


 何度か思考を繰り返したところで、夜桜は一つの作戦を思いつく。

 (結構なリスクですね…………。でも――――)

 やるしかない。夜桜はそう覚悟を決めた。


 チャンスは一度、失敗すれば夜桜の命はない。

 それでも彼女は怖気づかない。

 なぜなら、彼女の耳にはまだ、久遠寺の言葉が残っているから。

 助けて。そうお願いされた。

 だから、目の前の少年を守るため、一切の妥協を許すつもりは無い。


 「今、助けます」

 夜桜はそう言って、勢いよく走り出した――――。




 ――――何も感じない。

 何も見えない、何も聞こえない。

 水の中でただゆらゆらと浮かんでいるだけのような――――いや、もっとひどい。言うなれば五感が全て奪われたような、そんな感覚が久遠寺を支配していた。


 先程まで、久遠寺の体を支配していた冷たく恐ろしいものは、まるで端からなかったかのように、どこかに消えた。

 今はただ、何もない。何にもない。

 光の届かない暗闇で、呆然と立ち尽くしているような、そんな感じ。

 感覚のない感覚が、久遠寺を支配していた。


 それでも、何かを掴もうと久遠寺は手を伸ばす。

 何も見えない暗闇で、闇雲に手を伸ばす。

 その時。

 ――――久遠寺の手は確かに、誰かの腕に触れた。




 「やっと…………近づけた!」

 久遠寺に向かって走り出した夜桜は、もうすでに腕を掴まれるくらいまでの至近距離まで近づいていた。

 久遠寺に握られている手には、もう感覚がない。


 夜桜が一体どんな行動をとったのかと言うと、それは自殺行為に等しいものだった。


 彼女はまず、戦声機を地面に指して、久遠寺まで樹木の幹を伸ばす。そして、その幹で久遠寺の動きを止めた。

 と言っても、それは一時的なものに過ぎず、久遠寺の冷気ですぐに壊されてしまう。

 しかし、それでも夜桜はその短い隙を有効に活用する。


 一瞬だけ生まれたその隙を使って、夜桜は戦声機を指したまま久遠寺に近づく。

 案の定、久遠寺に近づいた頃には幹は破壊されている。

 それでも、夜桜と久遠寺の距離は限りなく縮まっている。これくらいの距離なら、薬を飲ませることもできる。

 そのくらいの距離まで、夜桜は近づいていた。


 そしてその後、久遠寺に腕を掴まれてしまう訳だが、冷気をまとっている久遠寺に腕を掴まれる、それは冷気そのものに触れるよりも、辛く痛い。

 それでも夜桜は――――久遠寺から離れない。

(痛い…………けど――――!)

 きっと、彼の方が痛い。


 夜桜は久遠寺に薬を飲ませるべく、ある行動を取る。

 両手が塞がっていて、薬を飲ませることができそうなところは一つしかない。

 それは――――口だった。


 彼女は、両手が動かせない状態になっても動かすことができて、かつ、薬を冷気に触れることがないように運べる口の中に薬を仕込んでいたのだ。


 夜桜は自分の唇を、久遠寺の唇に重ね合わせる。いわゆる、()()をするときの体制になる。

 久遠寺の口の中に、口移しで薬が入る。

 久遠寺にとって初めてとなるキスの体験。しかも、相手はこんなにも可憐な女性。もし、久遠寺の意識があれば悶絶ものだっただろう。

 しかし、生憎久遠寺の自我は氷の中に閉じ込められている。

 夜桜の口の中で、少しだけ溶かされた薬が、久遠寺の食道を通って体内に運ばれる。


 夜桜が久遠寺に投薬したその薬は、夜桜が学院から持ってきた『Word Wielder』用に作られた薬品であり、飲ませた人物の言霊エネルギーを無力化できるというものだ。

 これさえ、飲ませてしまえば彼の安全は薬が効いている間は保証されることだろう。


 投薬に成功した夜桜は、久遠寺のそばを離れる。

 それから少し経つと、あれほどまで強い冷気を放っていた久遠寺の体から、冷気がなくなり、冷たさを感じなくなる。

 そして、久遠寺は紐が切れた操り人形のように、その場に倒れ込んだ。


 「ほんと、即効性が凄いですね、この薬は…………」

 地べたに寝そべっている久遠寺を見て、夜桜はそう呟いた。



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