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形なき凶器  作者: 無名
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冷たい恐怖




 突然の氷に飲まれた久遠寺を見て、夜桜は反射的に距離をとる。

 夜桜の中で脳よりも先に脊髄が、目の前にいるものに対しても危険を察知したのだ。

 近くにいれば、自らも巻き込まれてしまうような気がしたのだ。


 案の定、氷はさらに辺りに広がり、先程まで夜桜のいた場所も氷に飲まれた。

 そして、最終的に久遠寺から産み出された氷は、久遠寺を中心に半径十メートルほど広がった。遠くからみれば、それは海に浮かぶ氷山のようだった。


 (これは、一体…………?)

 司言者として、経験を多く積んできたはずの夜桜。

 彼女は、氷を操ることのできる『Word Wielder』を何人か見てきた。

 しかし、どうだろう。このタイプは――――自らを氷で囲んでしまうほど氷を多く生成する『Word Wielder』は、見たことがない。

 一体、どんな言葉を使っていれば、これほどまで多くの言霊エネルギー溜め込み、変換できるのだろうか?


 ともあれ、先ほどの彼の言葉から察するに、この氷たちは彼の意思に関係なく生成されたものであるように思われる。

 助けて。彼は確かにそう言っていた。

 きっと、彼には自分の力を制御することができないんだろう。そのせいで、今は自らの力が生んだ氷に飲まれてしまっている。

 夜桜はそう予測する。


 (くっ…………これじゃ、近づけない)

 久遠寺が『Word Wielder』である以上、久遠寺を保護することも任務の内に入っていた夜桜だったが、その目標が氷のなかに隠れてしまってはそれも達成できそうもない。

 それだけでなく、その氷の塊から発せられる冷気はまるで、夜桜が近づくことを拒否しているかのように辺りに充満している。


 いくら夜桜が司言者と言えども、これだけの冷気を放っている氷の塊から、久遠寺を助け出すことは難しい。

「仕方ないですね」

 何か吹っ切れたようにそう呟く、夜桜。

 そして、ふぅっとため息をついて、自らの戦声機を構える。


 体の重心を下げ、樹木を模倣したような片手剣を両手で掴んで体より後ろに持っていく。

 そして、その状態でピタッと止まったかと思うと、抜刀をするかのように前へと振りだす。

 その瞬間、夜桜の戦声機が肥大化する。巻き付くように生えていた樹木が、剣から離れたかと思うと、その一本一本の幹が太く長く成長し、うねうねと動く。

 幹たちは、勢いを殺さず氷の塊に突っ込んでいくと、何度もそれにぶつかって見事に氷を剥がしていく。あれほどまでに大きかった氷の塊が、六分の一ほど大きさになる。


 小さくなった氷に太陽が照りつける。

 その光を受けて、氷の中身が透けて見える。

 そこには眠るように目を閉じ、氷の中に綺麗に収納されている久遠寺が見える。

(これ以上は、彼の体を傷つけてしまうかもしれないですね)

 久遠寺に対して傷を負わせたり、ましてや殺してしまうことは、保護にきた自分にとっては本末転倒である。

 夜桜は、そっと戦声機を下げる。


 (しかし、困ったものですね。これから、どうすれば…………)

 久遠寺の心配をする反面、氷を剥がす以外に助ける方法を考えられない夜桜に、打つ手がなかった。

 氷を溶かそうにも、この辺りに高温のものはないし、自分も炎を扱うこともできない。

 地道に削っていくのもありかと思ったが、それだと時間がかかりすぎる。

 自分の力を制御できず、氷に飲まれてしまっている彼に、冷気に耐えられる体があるとは思えない。すぐに助けてあげなければ、凍死してしまう可能性もあるだろう。


 夜桜がそんなふうに考えている間に、氷の中にいる久遠寺に変化があった。

 眠るように閉じていた目が、ゆっくりと開いたのだ。

 青白く光るその瞳からは、恐怖すら感じるほど冷たく突き刺さるような視線が放たれていた。


 「――――っ!!」

 そんな強烈な視線に、夜桜は怯んだ。

 今まで十数年生きてきた彼女だが、視線に怯んだのはこれが初めてだった。

 夜桜は今いる場所から、さらに後退する。


 夜桜の危機察知能力は非常に長けている。だからこそ、この先に何が起こるのかなんとなくわかった。

 目を開けた久遠寺は、メキメキという音を立てながら自分の周りにある氷を自ら破り、おもむろに外に出てきたのだ。


 外に出てきた久遠寺からは、先程までの弱々しさは感じられない。感じるのは、底知れない冷たさ。何もかもの価値を否定するかのような、そんなおぞましさだった。

 そんな彼が危険であることは、夜桜にはすぐにわかった。


 氷から出てきた久遠寺は、すでに臨戦態勢のようだった。

 久遠寺は、自分の左腕を上に持ち上げる。そして、それをただ下に振り下げる。たった、その動きをしただけだ。

 しかし、そんな普通の人間でもやりそうな動作でも、被害は普通ではなかった。

 腕を振り下げると、そこから空間を分断するように冷気が放たれ、腕の先に広がった世界が一瞬にして凍結する。

 その冷気は、大気すら凍らせてしまうほど冷たい。


 「嘘…………!」

 久遠寺の腕の先にいた夜桜は、常軌を逸したその攻撃に反応が一瞬遅れる。

 それでも、右半身を剃らすようにして攻撃を回避する。

 冷たい空気が、夜桜の頬をかすめる。


 「ぐっ…………!」

 攻撃を回避したように思われた夜桜だったが、思いの外広範囲に及んだその攻撃が、右腕に当たってしまう。

 冷気の触れた右腕は白く変色していて、ヅキヅキと痛む。


 (これは、結構不味いですね…………)

 夜桜は冷静さを保とうとするも、焦りを隠すことができない。

(このままでは、彼を保護するどころか、私まで死んでしまう)

 早くしないと。夜桜はそう思った。

 その束の間。久遠寺はもう一度、左腕を持ち上げていた――――。



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