止められない力
「はぁ! やぁ!」
夜桜は、軽い身のこなしでコトバケに近づくと、戦声機で何回か斬擊を当てる。
巻き付くように生えていた樹木は、その時だけは鋭い刃のように変形していた。
(このコトバケ、意外に硬い…………)
頭部、腹、背中、それらにいれた斬擊はどれも致命的な傷にはなっておらず、少し跡が残っただけだった。
思っていたよりも外皮が硬いようで、普通の斬撃では致命打にはならない。
そして、その斬擊を受けて、先程まで距離をとるようにしていたコトバケは、臨戦態勢になった。
目がなくとも、しっかりと夜桜を感じ取っているようで、体をこちら側に見せる。
「BUABUABUABUABUA!!」
自らを奮い立たせるように、大きな声でコトバケは鳴いた。
(来る…………!)
それが、攻撃の合図だと判断した夜桜は、自らの剣を地面に突き刺した。
これは、夜桜にとっての防御の構えだった。
目の前にいる夜桜に対して、コトバケは突進を開始する。
単純で、動き読みやすい攻撃ではあるが、巨大なコトバケがやれば、その破壊力は凄まじく、防御するのも困難である。できることなら、回避するのが得策だ。
しかし、夜桜は回避するという選択肢をとらない。
当然だ。彼女の後ろには、逃げ遅れた少年が今も立ち上がれずに座り込んでいるのだから。
コトバケが、夜桜に限りなく接近していく。
その距離、わずかか五メートル。
それでも、夜桜は動じない。
彼女には、絶対的な自信があるからだ。このコトバケの突進を難なく止めてしまえる、そんな自信が。
「止まれ」
夜桜がそう言った瞬間、地面にさした戦声機が動き始める。
戦声機から何本かの樹木の幹が地を這うように伸びたかと思うと、それは一瞬にして夜桜とコトバケの間に壁を作った。
勢いよく突進していたコトバケは、その勢いで壁に激突し、鈍い音を立てた。そして、そのまま後ろにひっくり返った。
あの巨体が、後ろにひっくり返ってしまうほど威力の高い突進。それを夜桜は、いとも簡単には止めてしまったのだ。
夜桜緑が、司言者として得ている力は言霊エネルギーを樹木という物体に変化させるものだった。
その能力は、戦声機を持つことによってさらに強靭となり、先程のように面積の大きい壁を瞬時に造り出すことも可能だった。
夜桜が地面から戦声機を引き抜くと、それに応じて目の前にある樹木の壁も消えた。
そして、その先で倒れているコトバケが見える。
コトバケが怯んだ一瞬の隙、それを夜桜は逃さない。
夜桜は戦声機を構えると、もう一度地面に突き刺した。
戦声機が伸ばした樹木は先ほどとは違い、壁を作るのではなく、コトバケの周りに円を描くように展開された。
そして、完全にコトバケを囲んだところで、攻撃が開始された。
数多の樹木がまるで槍のような形に変形し、コトバケに向かって伸びていくと、それはコトバケの体に突き刺さる。
「BUABUAABABA!!」
コトバケが、悲鳴のような鳴き声を発する。
樹木の幹が刺さったところからは、真っ赤な血がボダボタと垂れてきていた。
コトバケは、かなり瀕死の状態まで陥っている。
そして、そこに止めを指すべく、夜桜は跳んだ。
距離にして三十メートルほどの離れていたが、そんなこと関係ないと言わんばかりに、夜桜は一回の跳躍でコトバケの頭部に着地する。
「さようなら」
夜桜はコトバケの頭部に、戦声機を突き立てると、勢いよくそこに差し込んだ。
そして、それだけでは終わらない。
戦声機は、コトバケの頭の中で樹木を展開し、内側からコトバケの頭部を破壊した。
コトバケは、悲鳴をあげることもできずに、呆気なくその場に倒れこんだ。
先程まで暴れていたのが嘘かのように、ピクリとも動かない。
――――コトバケの討伐は、成功したのだ。
夜桜はホッと息を吐く。
これで、夜桜の任務は完了。
残っている仕事は、逃げ遅れたあの少年を保護すること。
それも学院から手配しておいた車を、ただ待つだけである。
万事解決、と言ってしまってもいいだろう。夜桜は、そう安堵した。
しかし、その少年の安否を確認しようとした夜桜の目に、思いもよらない光景が映った。
それは、少年の体から広がるように、周りにあったもの全てが綺麗に凍ってしまっている様子だった。
それは紛れもなく、『Word Wielder』の力であるように思えた。
何もないところから、冷気を発生させることなんて、『Word Wielder』である者でなければできないはずだ。
(まさか、さっきのコトバケの傷も彼が…………!?)
夜桜は話を聞くべく、その少年に近づいた。
そして、夜桜がすぐ近くまで駆け寄ったところで、久遠寺はこう言った。
「…………助けて」
その言葉を発した直後――――久遠寺の体は氷に飲まれた。