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形なき凶器  作者: 無名
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助けるものと助けられるもの




 久遠寺は、巨大な怪物――――コトバケを前に身動きをとれずにいた。


 目の前には、跡形もなく崩れ去ったリビングの一部。ペチャンコになっている両親の死体。飛び散った血液。

 これら全てが、久遠寺に腰が抜けて動けなくなるほどの衝撃を与えていた。


 前足で久遠寺の家のリビングを半壊させたコトバケは、その体を久遠寺の方に向ける。

 コトバケに目はない。だから、目が合うことはない。

 それなのに、久遠寺はコトバケから殺意のこもった視線を向けられたような気がした。


 自分には、死が迫って来ている。

 久遠寺はそれを理解するものの、動くことができない。

 ただ、呆然とその時を待つことしかできなかった。

 死は、のしのしとしと足音を立てながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 もう一度、前足を上げて、久遠寺を潰そうとする。


(もうダメだ…………)

 久遠寺は、なすすべのない力の差に生きることを諦め、何もすることができなくなっていた。

 踏み潰される寸前、久遠寺の目には、コトバケによってペチャンコにされた両親の姿が写った。


 奴らがいなくなった今、俺の価値を査定してくる奴らはいない。今までより、だいぶ生きやすくなるはずだ。それなのに。

 ――――このまま、死んでしまうのは嫌だ。


 死を目の前に、彼はそう思った。

 目の前の景色は、もうすでにコトバケの足の裏が支配していた。

 久遠寺は抗うように腕を体の前に出して、防御の姿勢を作る。しかし、そんなものは無意味である。

 コトバケは、その腕ごと久遠寺を潰そうとする――――。



「――――BUAABUAA!?」

 突然、コトバケが驚いたような声を上げる。

 死を確信した久遠寺だったが、その瞬間は訪れることは無かった。


 久遠寺の体は無傷だった。逆に何故か、踏み潰しに来たコトバケの足が、大きく損傷していた。

 まるで、足だけが一気に凍結させられ、その足が氷としてパラパラと崩れ落ちたかのような、そんな損傷の仕方をしていた。


 久遠寺には、何が起こったのか理解ができない。

 何故、自分は生きているんだろうか?

 久遠寺はふと、攻撃を防ごうと前に出した自分の腕に視線を移す。

「――――っ!!」

 そして、それを見て久遠寺は驚愕した。


 ――――自分の腕が、絶対零度に近いくらい、冷たい空気を帯びていたのだ。

(まさか、これは…………『Word Wielder』の力)

 異変が起きている自分の腕を見て、久遠寺はそう考えた。


 『Word Wielder』の力は、自分の話した言葉などを別のエネルギーや物質に変えるもの。もし、ここに突然冷気が発生したのなら、それは『Word Wielder』の力で間違いないだろう。


 ついに、久遠寺は『Word Wielder』の力に目覚めたのだった。

 (僕も、遂に『Word Wielder』になったんだ)

 久遠寺は歓喜の表情を浮かべた。


 (この力は、僕の価値を証明してくれる)

 久遠寺は無能と言われ続けて、早四年。遂に、彼には自らの価値を証明してくれる力を手に入れたんだ。

 だんだんと、白く、冷たくなっていく腕を見て久遠寺はそう確信する。

 しかし、それとは裏腹に…………。


 ――――腕がだんだんと、白く、冷たくなっていく。

 冷たくなって、()()()()()


 久遠寺には制御できないほど、冷気が増していく。

 彼は、それを止めることができない。それを制御する術を、彼は知らなかったのだ。

 帯びていた冷気は、腕だけに留まらず、胴体にまでも侵食していく。


 体が冷たく恐ろしいものに、支配されていくような感覚に陥る。

 「うっ、うわああああ!!!」

 歓喜していたのも、つかの間。久遠寺は、その感覚に苦しめられ、悲痛に歪んだ叫び声を上げた。

 その叫び声は、その近辺に響き渡った――――。





 コトバケが、現れた住宅街に向かう夜桜。

 目的地に向かう彼女の耳に、誰かの悲痛な叫び声が聞こえてくる。

(叫び声!? まさか、誰かが?)


 もしかすれば、誰かがコトバケに襲われている可能性がある。

 まずいと思った彼女は、さらに走る速度を上げる。その速度は、およそ自家用車にも匹敵するほどの速度だった。


 (この辺りに、いるはず)

 先程の悲鳴を頼りに、コトバケとそれに襲われているであろう人を探す。

(どこだ…………?)

 人の命がかかっているからこそ、彼女は心中穏やかではなかった。

 近くにそびえ立っていた電柱に登り、住宅街を見回す。


(…………見つけた!)

 彼女の視線の先には、大方崩壊している民家とその中にいるコトバケの姿があった。

 夜桜は電柱から飛び跳ね、およそ百メートルほど先にあるその場所に一直線に向かう。


(まずい、まだ人がいる…………!)

 電柱から見たときにはみえなかったが、民家の中にはまだ人がいた。

 体の大きさ的に、高校生だろうか?

 部屋の隅にちょこんと座っていて、動いていない。おそらく、恐怖で動くことができないんだろう。

 幸い、コトバケは目の前にいる彼に攻撃する素振りは見せない。逆に、距離を通っているようにも見える。


(よし、今がチャンスだ)

 その隙を見逃さず、夜桜。

 電柱の頂上から跳んだかと思うと、とてつもないスピードでコトバケと少年の間に着地し、彼女は戦闘の体制に入る。

 ここに来て、司言者がすることはただひとつ。

 コトバケの討伐である。


 夜桜は、左手に持っていたボイスレコーダーのようなものに、声を放つ。

「リリース!」

 夜桜の声に反応して、ボイスレコーダーのようなものに変化が起きる。


 それは突如として、肥大化したかと思うと、形を変える。

 目が眩むほどのまぶしい閃光と共に、それは剣の形を形成していく。

 そして、夜桜の持っていたボイスレコードのようなものは、れっきとした武器――――片手剣へと姿を変える。


 その武器は、ベースが片手剣であるが、それに樹木が何本か巻きついたような見た目になっていて、剣の刃の腹の部分には3つの蕾がある。

 身長が百七十近くある夜桜と同じくらい、その剣は長く、それでいて重厚感がある。




 彼女は、司言者。コトバケと戦う使命を課せられた、兵士である。

 自らが放つ言霊エネルギーを、コトバケと戦うための力に変える。


 そして、先程、彼女が解放した武器は、司言者のみが扱える戦声機(せんせいき)という武器である。

 戦声機は、人の言葉に呼応するようにその姿形を変化させる、変幻可能な武器である。



 コトバケと対面し、じっくりとその姿を観察する夜桜。

 そこで夜桜は、あることに気がついた。


(もうすでに、体が損傷してる…………?)

 コトバケの片方の手が、なくなっていたのだ。そして、その傷口は氷で凍結されていて、血も出ていない。

 その傷跡を見る限り、勝手にできているというより、誰かに攻撃されてできたものであるように見えた。それも、自分と同じ司言者に。


(氷を操ることのできる司言者…………がいたんでしょうか?)

 しかし、辺りを見回してもそんな能力を持った司言者は見当たらない。今、その場にいるのは、夜桜と逃げ遅れた少年だけ。

(まあ、今はそんなこと気にしている場合ではないですね)


 夜桜は、いるかどうかもわからないその司言者に集中するよりも、目の前の敵を倒すことに専念する。

 自分の持つ戦声機を、もう一度強く握りしめる。

 そして、目の前にいるコトバケに対しても、一歩踏み込んだ。

 それが、戦闘開始の合図となった――――。


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