三輪目の花
「目標はあと七匹。どうやって、倒しますかねー」
「お願いだから、安全に倒せるやり方をしてほしいんだけど…………」
「え? そうですか? 折角なら、いろいろ試したいところですけどねー」
「ここ、戦場ってことを忘れないでね…………」
二人の間には、何故か戦闘経験の多い夜桜が好奇心満々で、それを戦闘経験のない久遠寺が止めるという、よくわからない構図が完成していた。
現在二人は、残りのコトバケから距離を取った状態で、どういう戦術を取るか相談している。
安全をとりたい、久遠寺。探求心をとりたい、夜桜。
二人の意見は、均衡していた。
「そうですね。このままでは、いつまでたっても戦術が定まらないということで、ここは清和さんに決めてもらいましょう」
そういいながら、夜桜は通信機を取り出した。
この通信機はチームで連絡を取り合えるように作られたもので、まだチームに入っていない久遠寺は持っていないが、同じチームの夜桜と清和は持っているため、連絡を取ることができる。
こんなことで連絡を取られる清和が、なんだかかわいそうに思えてくるものである。
「はい。はい。そうですか」
夜桜と清和が、通信機越しで会話をしている。
「わかりました。任せてください」
その言葉を最後に、二人は通信をやめる。
「清和さん、何て言ってた?」
「もう少し活躍の場がほしいので、お膳立てをお願いします。だそうです」
「清和さんもそんな感じなの…………?」
思わず呆れたような声を出してしまう久遠寺。
清和まで緊張感がないと、まるで久遠寺がおかしいかのような状態になっているが、もちろん、そんなことはない。
「ともかく、清和が狙撃しやすいように、コトバケの足を止めましょう。そうすれば、安全にコトバケを倒せて、WinWinの関係ができますよ。やりましたね」
戦場だというのに、一切変わらない夜桜の明るさに久遠寺は少し不安になる。
「わかった。それじゃあ、とりあえず足を止める方法を考えよう」
そんな夜桜のことは放っておいて、久遠寺は場を制御するために会話の主導権を握ろうとする。しかし――――。
「ああ、それなら私、いい考えがあります」
どうやら久遠寺は、いつまで経っても夜桜に振り回されてしまうようだ――――。
「――――ということで、こんな感じの作戦でどうでしょう?」
「え、うん。すごくいいと思う」
夜桜に会話の主導権を握られた結果、一体どんなとんでも作戦をさせられるのかと思ったが、案外普通の作戦だった。
夜桜は戦場において、こう見えてもふざけているのではなく、常に自分の思う最善の手を尽くすのが流儀だった。
ふざけているように見える戦術も突き詰めてみれば最適解であった、何てことは夜桜にはよくあることなのだ。
今回は久遠寺のデビュー戦だ。色々な戦術を試そうとするのは当たり前だし、久遠寺には清和との連携もできるようになってもらう必要がある。そのための策略である。
仮に、これがふざけているように見えていたのなら、それはきっと、彼女の取り繕った明るさが原因なのだろう。
「では、久遠寺さんの了承も得たので、早速作戦開始といきましょう」
その言葉を合図に、夜桜たちは作戦を開始する。
夜桜と久遠寺は、ゆっくりと七匹のコトバケに近づいていく。
七匹の位置関係は、それなりに近い。
この作戦を遂行させるには、七匹全てを攻撃できる位置にいる必要があるから、二人はその位置を探す。
「この辺りにしましょうか」
夜桜が定めたポイントからは、ちょうど七匹のコトバケを攻撃が届き、木の影に身を隠すことができる。作戦には、ぴったりのポイントだ。
ここで、あいつらにトラップを仕掛けよう――――。
――――時間は数分前に遡る。
夜桜が始めにこの作戦を思いついたのは、先ほど、久遠寺が放った冷気が地を這うように進み、その際、地面を凍結させていたのを見たときだ。
その地面はカチカチに凍っていて、上にたったものの脚ですら凍結させてしまうことだろう。
「それなら、その性質を使おうじゃありませんか」
夜桜は無邪気な子供のように笑った――――。
――――作戦はこうだ。
まず、久遠寺と夜桜がコトバケに近づく。これはもう、クリアした。
そのあとだ。そのあと、七匹のコトバケに対して、夜桜が攻撃を仕掛ける。
攻撃方法は、コトバケの足元を狙うように幹を伸ばして、それをぶつけにいく――――。
「喰らえ!」
夜桜がいつもより体の重心をしたに下げ、横に広く攻撃を繰り出す。
その攻撃は、コトバケには当たらない。コトバケは上に跳ぶことで、攻撃を回避した。
そして、これは外れてもいい。七匹全てに当たらなくとも、そのあとの久遠寺の攻撃で完璧に動きを止めにいく。
おそらく、夜桜が攻撃したとき、逃げ場上にしかなくなる。そうなれば、コトバケは上に跳ぶしかなくなる。その跳んだコトバケが着地するよりも前に、久遠寺が足元を凍らせる――――。
「いっけぇ!」
先ほどのような地を這う冷気を、コトバケの足元に打つ。
コトバケの足元は、完璧に凍り、着地したコトバケの脚を簡単に凍結されられる。
そして、コトバケが着地すれば、冷気で脚が凍り、動けなくなる。そこを清和が――――。
――――ドカンッ!!
「え?」
清和による精密な射撃を予想していた久遠寺の耳に、予想だにしない音が木霊する。
その音は、銃声とは全く違う。どちらかと言えば、何かが爆発したような、そんな爆音だった。
そして、そんな音がしてしまうのは、残念ながら当たり前のことで、動けずにいた七匹のコトバケを仕留めたのは、ライフルの弾丸ではなく、ピンポイントにコトバケを狙った爆撃であったからだ。
激しい音とともに、すさまじい衝撃が起こる。
おそらく、清和の方から飛んできたであろう五百円くらいの弾が、地面に被弾したかと思うと、その瞬間に爆発を起こした。
爆発の規模はそこまで大きくはないが、ちょうど七匹のコトバケが巻き込まれるように計算されていたのか、全てのコトバケに綺麗に爆発が当たっていた。
近くにいた夜桜と久遠寺には、ギリギリ当たっていなかったが、もうひとつ前の木の隣にいたら被爆は免れなかっただろう。
爆発で巻き起こった風が、久遠寺と夜桜にもろに当たり、服や髪が激しくたなびいた。
「爆撃弾、ですか…………!」
吹き荒れる風を受け止めながら、夜桜はそう呟いた。
爆撃弾とは、清和が使うことができる特殊な弾丸の一つであり、その名の通り、被弾した箇所に爆撃をすることができる。
距離が離れていればいるほどその威力は増すため、清和がもう少し後ろの位置をとっていたら、夜桜と久遠寺にも当たっていただろう。
爆発が起こったのは一瞬のことで、気づけば、爆発で起こった砂煙が当たりに充満していた。
「ケホケホ…………流石にこれは私も予想外でした」
どうやら、夜桜も清和が普通の射撃で迎撃すると思っていたようで、驚きを隠せていなかった。
爆発にクリーンヒットしたコトバケの姿は、跡形もなく消えていた。
爆発に巻き込まれた箇所を見てみると、大きな穴が空いていて、軽く炎上している。
「こんな感じで戦闘してたら、いくつ命があっても足りないよ…………」
爆発跡地を見て、久遠寺はそんな言葉をこぼした――――。
「――――ともかく、これで作戦成功ですね」
制服についた砂ぼこりをほろいながら、夜桜はそう言った。
そして、そのあと夜桜はおもむろに本部と連絡用の通信機を取り出した。
「こちら夜桜緑。見えている限り、全てのコトバケの討伐が完了しました」
『了解。今のところ、周囲にコトバケの反応はない。任務は終了だ。気をつけて帰ってくるように』
「了解」
ピッという音ともに、本部との連絡が途切れる。
「さあ、任務も終わったので、帰るとしますか。もうすぐ、川縁さんの車も――――」
プ、プー。
森の中に、ポツンと残された二人に向かって、一台の車がクラクションを鳴らす。どうやら、川縁がちょうどいいタイミングで迎えに来たらしい。
「噂をすれば、ですね。行きますか、久遠寺さん」
「うん、帰ろう」
二人は、車へと向かった。
こう見えても、一応はお互いの命を抱えながらの戦闘。一歩間違えていたら、死んでいてもおかしくない。そんな戦闘だった。
それを乗り越えた二人には、少しではあるが、絆が生まれていた。
こうして、三人は戦場を後にする。
久遠寺は、森の奥地でひっそりと、初勝利を上げたのだった。
――――その帰り道。
「僕、夜桜のチームに入るよ」
行きと比べて、だいぶ余裕のできた車内で、久遠寺はそう言った。
「ほ、本当ですか!?」
「うん、もう決めた」
先の戦いを経て、久遠寺にはある思いが芽生えていた。
「夜桜と清和さんと一緒に戦ってみて、楽しかったって言い方は少し違うけど、何て言うか、すごく落ち着いた。背中がしっかり守られてるような、そんな安心感があったんだ。だから、どうせ戦場に立つのなら、僕はそういうところで戦いたい」
歪んだ家庭内で、暴力や暴言に苦しんだ久遠寺にとって、その安心感というものは、長年肌で感じたことがなかった。
だから、そんな感触を、命を懸けているはずの戦場で感じられたことが、嬉しくて仕方なかった。
それは、夜桜のチームに入りたいと、久遠寺にそう思わせるには十分過ぎる理由だった。
「そうですか。それなら、歓迎しますよ、久遠寺さん。今日からあなたも、チームの一員――――ブーケの一輪です」
美しく、咲き誇ってください。夜桜はそう言って笑ったのだった。