インスタントコンビネーション
夜桜と久遠寺は一斉に、コトバケに向かって走り始める。
一人が十匹ずつ討伐し、合計二十匹倒す。そんなやり方ではなく、二人で共に行動をすることで、安全に立ち回り、一匹ずつ確実に倒していくというのが、今回の作戦である。
まず二人が目標にしたのは、一番手前にいたコトバケだ。
こいつは他のコトバケから一番離れていて、たとえ攻撃をしたとしても、次のコトバケがすぐに近づいてくるという可能性は少ないはずだ。
夜桜が、目にもとまらぬ速度で目標に接近し、先の尖らせた戦声機で切りつける。
久遠寺には絶対に出すことのできない速度。それにコトバケは反応できず、ただ切られるだけだった。
しかし、それでも周りにいたコトバケは、どうしてこちらの存在に気づいてしまう。
口だけあるのっぺらぼうみたいな生き物のくせして、策敵スキルには長けているようだ。
倒したコトバケの近くにいた別のコトバケは、戦声機を切りつけて隙ができたように思われた夜桜に接近する。
そして、それに夜桜は反応しない。夜桜ほどの実力があれば、反応することは可能であるはずなのに、何故か反応しない。
「夜桜!」
危険だと感じた久遠寺は、思わず声を上げた。しかし、それは杞憂だったとすぐにわかった。
隙だらけだった夜桜に近づいてきたコトバケは、突如としてその頭部を大きく破損させた。
決して、夜桜が攻撃を繰り出したわけでない。だが、コトバケの頭部は砕け散った。
その理由は――――。
「ナイス援護ですね、清和さん」
清和が繰り出した、遠距離からの攻撃によるものだった。
清和のいる位置は、夜桜と久遠寺のいる場所から八百メートルほど離れている。そして、何より木という障害物が大量にある中、その隙間を縫ってコトバケに被弾させたのだ。並みの狙撃技術ではない。
しかし、夜桜は全く驚いたようすを見せない。つまり、彼女のとって清和永遠とは、この程度のことを簡単にやってのける人間であるということなのだろう。
(す、すごい…………!)
あまりの戦闘技術の高さに、思わず久遠寺は感心してしまう。
その瞬間――――。
「久遠寺さん!」
今度は、夜桜が久遠寺に向かって叫んだ。
久遠寺は清和の凄さに目を奪われていて、周囲への警戒を怠ってしまっていた。
その結果、別の方向から来たコトバケに気づかなかった。
(ヤバい――――)
久遠寺がコトバケに気づいたときには、コトバケは久遠寺の目と鼻の先だった。
久遠寺は咄嗟に、握っていた戦声機を振る。
無我夢中で戦声機を振ったせいで、戦声機はコトバケに当たらない。
万事休すか。そう思った久遠寺だったが、彼の持つ戦声機が発する冷気。それが、目の前にいたコトバケを一瞬にして凍結させた。
「ふぅ。あ、危なかった…………」
久遠寺はほっとして息を吐くが、まだ戦いは終わっていない。もう一度、戦闘を立て直した。
(――身体能力はからっきしですけど、戦声機のあの冷気の量、あれは結構異常ですね)
先程の、久遠寺の一連の動きを見て、夜桜はそう思った。しかし、それは同時に彼の家庭環境の歪みを表しているようで、見ている夜桜は複雑な気持ちだった。
ともあれ、あと十七匹。囲まれる前に倒してしまわないといけない。
しかし、夜桜は焦ることはなく、冷静に状況を判断する。
以前、夜桜が見せた、戦声機を地面に刺してからの幹の攻撃。あれは、目標が大型で行動が遅くないと命中されるのは難しい。
(一匹ずつ倒すしかないか…………いや、ここは…………)
コトバケをチマチマ一匹ずつ倒してしまうより、一斉にまとめて倒してしまいたい。
そう考えた夜桜は、ある作戦を立てた。
夜桜は、自分よりも少し後ろにいる久遠寺のことを全く気にせずに、単独で、コトバケが集まっているところに突っ込んでいく。
「え、ええ!? 夜桜!?」
戦いの前のミニ作戦会議で、あれだけ二人で戦おうと言っていた夜桜が、自分から勝手にコトバケの溜まり場へ走っていくものだから、久遠寺は驚きを隠せない。
しかし、夜桜はそんな久遠寺を気にもとめずに、全力でコトバケ突っ込んでいく。
当然のことながら、コトバケの視線というのは夜桜に一点で集まる。この時点で、夜桜はだいぶ危険な状態である。
そんな中、夜桜は何をしたかと言えば、コトバケの注意を惹き付けた状態を維持し、その状態のまま久遠寺の方に帰ってきたのだ。
「ちょっと、夜桜さん! 何してんの!?」
あまりにも衝撃的な行動に、久遠寺は驚きを隠せるわけがなかった。
「久遠寺さーん! 十匹くらい釣れましたよ」
「その台詞はブラックバスでも釣りにいったときに言ってくれよ!」
こんな状態で言われても、迷惑なだけである。
夜桜は止まることなく、みるみるこちらに近づいてくる。
「ちょっと待って、その状態で近づいてこられても、僕には――――」
「じゃあ、その戦声機は、飾りなんですか?」
夜桜を止めようとする久遠寺に、夜桜はそんなことを問いかけた。
「私のこと、さんざん苦しめたあの攻撃をしてみてください」
夜桜を苦しめた攻撃。そう言われて、久遠寺が思い付くもの、それはあのときの、大気すら凍らせてしまうほどの冷気。
それを放った瞬間は久遠寺に自我はなかったが、夜桜から軽く話は聞いている。しかし、それだけでその攻撃を出せるわけもない。
久遠寺が、どうしよう、そう迷っている間にも、コトバケを引き連れた夜桜が近づいてくる。
(ああ、もうどうにでもなれ!)
選択を迫られているような感覚と、コトバケが近づいてくる緊張感にしびれを切らし、久遠寺はやけくそになる。
「わかった! やってみるよ!」
大量のコトバケと夜桜を前に、久遠寺は戦声機を構える。
「私のことは気にせず、ひと思いにどうぞ」
「わかった。お言葉に甘えさせてもらう」
久遠寺は構えていた戦声機を、大量のコトバケに向かって横向きに振る。
それと同時に、例の冷気が地を這うように進む。
久遠寺とコトバケの間にいた夜桜は、冷気に当たる直前、真上に跳び上がり、それを回避する。
そして、後ろにいた十匹のコトバケは、その冷気もろに浴びた。
大気すら凍らせるような冷気。それに触れてしまったコトバケがどうなってしまうのか、それは言うまでもない。
十匹のコトバケが全てが凍結され、その場でバラバラに崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ…………あーあ、よかった」
その様子を見て、久遠寺はひとまず安堵する。
「いやー、危ない、危ない。あれに当たってたら簡単に死ねますね」
久遠寺が放った冷気を回避し、木の上で待機していた夜桜は軽い口調だったものの、本当に焦っていたようで、少し冷や汗をかいていた。
こうして、夜桜と久遠寺の即席の連携プレイで、何とかコトバケを半分以上討伐することができた。
コトバケは、あと七匹。
でこぼこのように見えて、どこか噛み合っている彼らの戦闘はまだ続くようだ。