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形なき凶器  作者: 無名
10/18

普通




 「――――おめでとう! これで君も立派な司言者だよ」

 手を叩きながら、嬉しそうにそう言ったのは川縁だった。



 ―――――検査は無事、成功だった。

 戦声機の基となる物質に久遠寺が手を触れると、その物質が放っていた光は消えた。

 そして、改めてもう一度、ケースの中を見てみると、そこにはに剣の柄となる部分が現れた。

 それが久遠寺の、戦声機だった。刃がなく、剣として認識できるか怪しいその武器が、彼の戦声機だった。


 『その柄、握ってごらん』

 天井のスピーカーから、川縁の声が聞こえきた。

 その声に従って、久遠寺はケースの中にある柄を取り出し、握って見せた。

 そして、その瞬間だった。柄だったはずの剣から、白い刃が出てきたのだ。

 そして、さらに――――。

 「つ、冷たい…………!」

 出てきた刃が思わぬ冷気を帯びていたので、久遠寺は驚いた。


 この冷気は、昨日自分のことを蝕んでいた冷気であることが、久遠寺にはすぐわかった。

 でも、戦声機から放たれているものだからなのか、飲み込まれてしまいそうな気もしないし、恐ろしさも感じなかった。

 それを受けて、夜桜が言っていたことはこういうことなのかと、久遠寺は一人で納得した。

 戦声機に自分が持つ言霊エネルギーを移動させたお陰で、自分は戦声機を持っていればそれを制御できなることがない。確かに、比較的安全ではある。



 「なんだか、思っていたより地味ですね」

 ガラス張りの部屋から出てから少し経って、久遠寺が発したのはその一言だった。

 剣の柄を握れば、真っ白い刃が出てくる。確かに、そういう武器は結構かっこいいだろう。

 でもその見た目は、夜桜の戦声機を見た後だと、どうしても見劣りしてしまう。

 久遠寺の戦声機は、刃も柄も、型にはめられたような形をしていた。

 なんというか、剣と言われて最初に思いつくような形をしていた。オーソドックスというか、普通と言うか。これといってもあげられる特徴がなかった。


 「それ仕方ないよ。言っただろう、戦声機はその人が扱う言葉によって形を変える。つまり、君の戦声機が普通の形をしているのは、君が今まで普通の言葉を使ってきたと言うことだよ」

 「うーん…………そうですか」

 川縁の言葉を聞いても、なんとも納得がいっていないような久遠寺だった。


 彼からすれば、普通と言うのはあまり好ましいものではないのだ。

 今まで散々、自分が普通の人間、つまり『Word Wielder』ではないことを自分も含め、家族に罵られてきた。

 そんな自分がようやく『Word Wielder』になれたと言うのに、今まで通り()()なのでは、示しがつかないような気がしていた。


 「どうかね、君は本当に普通なんだろうか」

 不服そうな表情の久遠時に、川縁はそんなことを言った。

 「だってさ、もし君の言う通り、君が普通というなら、個性や異常が蔓延るこの世界で、普通と言うのはそれだけで異常だと思わない?」

 「え?」

 川縁は唐突に、不思議な話をし始めた。


 「君さ、面白くない数のパラドックスって知っているかい?」

 「いえ、わかりません」

 「このパラドックスはね、自然数の中に面白くない自然数があると仮定するんだ。そして、そのつまらない自然数の中の最小の数は『面白くない自然数の中で最小である』と言う面白い性質を持つから、最初の仮定と矛盾する。だから、全て自然数は面白いことになる、って言うものなんだけどさ」

 「それと、僕が普通でないかもしれないことと、何か関係あるんですか?」


 確かにそのパラドックスは、聞いていて面白いものではある気もしたが、この話の重要なところは、面白いか面白くないかではなく、いかにして久遠寺自身が普通でないのかか、ということである。

 「ああ、もちろん。世界中の人間の中で、普通なやつがいるとする。でもそいつは、今のこの世界で、個性と異常が蔓延るこの世界で、他の人にない『普通である』と言う個性を持つ。それはつまり、普通であることの異常性を表している。だからこそ、普通な奴なんてこの世には存在していないのさ」


 川縁はそんな持論を得意気に話した。

 『面白くない自然数』の定義がない以上、面白い数のパラドックスは半分ジョーク的な話である。そして、そこから派生した彼女の持論にも大きな穴があるように思えてしまうが、それはそれでも納得はできる話だった。

 特徴がないことが特徴、みたいなそんな話だった。


 「ともあれ、これで検査は終了。――――おめでとう! これで君も立派な司言者だよ」

 川縁はパチパチと、手を叩きながらそう言った。

 「それじゃあ、早速だけど、戦声機を体に馴染ませるための軽い訓練をしてもらう」

 「え、今からですか?」

 「うん、君は期待の新人だからね」

 「ええ…………」

 久遠寺はこのとき、川縁はスイッチが入ったら切り替えが早い、と言うことを理解した。そして、同時に期待の新人と言われ、もうあとには引けないと言うことも完全に理解した。


 「あなたの使っている部屋に、訓練用の服があるので着替えておいてください」

 今まで、久遠寺と川縁のやり取りを黙ってみていた夜桜が、久しぶりに声を出したかと思うとそんなことを言った。

 「一応、今回の訓練は私が指導する予定です。ですので、覚悟しておいてください」

 「え、夜桜さんが指導者なんですか?」

 「はい。人手が足りないので、我慢してください」

 人手が足りないというのは、数年前まで過疎地域だった秋田にはお似合いの言葉であるかもしれないが、今ではその重みが違った。

 ランワード学院に人手がないというのは、結構深刻な問題だ。



 JSAの中で、最高峰の教育技術と発明力があるはずのランワード学院に、人手が足りないのには理由があった。

 学院に所属している司言者が、何十人か遠征に行っているからという理由もあるが、大きな要因となっているのは、司言者になる人間がごく少数だけ、という理由だった。


 普段生活している人間のなかで、『Word Wielder』に覚醒するのはおよそ一パーセントほどいる。これは人口が増加の傾向にある秋田には決して少ない数字ではない。しかし、その中で命がけでコトバケと戦う司言者になるのは、それほど多くないのはいうまでもないだろう。

 だから、ランワード学院は少しでも司言者を育て上げようとしている。それがたとえ、道徳的にかけていたとしても。



 「別に不満って訳ではないですけど…………」

 夜桜の言葉に対して、久遠寺はそう相槌を売った。

 確かに不満はないが、「覚悟しておいてください」という言葉に不安は残った。

 「準備ができ次第、久遠寺さんを呼びにいくので、部屋で待っていてください」

 「は、はい。わかりました」

 久遠寺は一礼をしてから、研究室を後にした。


 そしてそのまま、夜桜に言われた通り自分の部屋に戻り、クローゼットに入っていた訓練用の服を着た。

 この学院に来てから、たった一日。いや、まだそんなに経っていない。

 そんな短い期間で、自分が司言者になったという事実に驚きが隠せない久遠寺。

 昨日のこの時間は、学校にも行かず親に怒鳴られていたはずだ。

 (それなのに、今は、今は、こんなふうに…………)

 司言者になったばかりで、こんなことを思ってしまうのは傲慢かもしれないけど、自分にようやくそれらしい価値ができたような気がした。

 昼頃の日光が差す部屋で、一人そう感嘆した久遠寺だった。



 「丁寧な方ですよね、彼」

 「ああ、彼の戦声機からは想像もできないよ」

 久遠寺がいなくなった研究室で、二人は彼について話始めた。


 「それは当たり前でしょう。彼は()()ではないようですし」

 「ああ、やっぱり君も気づいていたのか」

 「そりゃあ、あの戦声機の形状と彼の言葉遣いから何となくは予想できましたよ」

 その会話の内容は、こそこそ話や噂話のように二人っきりで行われていた。

 その理由は、彼にこの話を聞かせたくないという川縁と夜桜の思いがあったからだ。


 「――――彼は言導型(げんどうがた)、みたいだね」

 「ええ、そのようですね。川縁さんは、それを分かってて彼を司言者にしたいと言ったんですか?」

 夜桜は昨日のことを思い出す。

 久遠寺を助けた後、夜桜は電話で川縁に久遠寺について話した。その時、川縁はすぐ彼を司言者にするべきだと言った。その理由は、今もわからないままだ。

 「いや、それは違うよ。ただ、何となく予想はしていた」

 「――――だから、彼を実験台にするために司言者に勧誘したということですか」

 夜桜がそう言った瞬間、研究室には険悪な雰囲気が流れた。


 「言導型の『Word Wielder』は、ランワードには数人しかいませんからね。実験台にするには貴重すぎる。でも、よそから来た人間なら――――」

 「夜桜ちゃん。それ以上は、怒るよ」

 川縁は夜桜の言葉をかき消すように、震えた声でそう言った。

 「…………すみません、冗談が過ぎましたね」

 夜桜は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


 「とりあえず、私は訓練の準備があるので、この辺りで。戦声機の検査、ありがとうございました」

 夜桜は机の上に上がっていた自分の戦声機を持ち、そのまま部屋を出ようとする。その間際に――――。

 「信じていますよ、川縁さん」

 と、それだけ言い残して、研究室を後にした。


 研究室に一人残された川縁は、ふぅっと肩から息を吐いた。

 「これでも私は、研究室のリーダーだからね…………」

 自分に言い聞かせるように、川縁はそう呟いた。

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