不良品と神童
むかーしむかし、あるところにひとりの神さまがおりました。それはそれは好奇心旺盛で発想力のある神さまで自分の世界を作ると色んな生物をあれよあれよと生み出していきました。
しかし、後先考えず生み出すもので世界は混沌とし、神さまが気づいたときには戦いや争いの絶えない世界となっていました。
どうしてこうなってしまったのかと考えた神さまは一つの結論に達しました。そっか、みんな意思の疎通ができないから争いあうことしかできないんだと。そう考えた神さまは問題解決のため新たな生物を生み出しました。それは種族間の架け橋となるような存在で他の種族と絆を結び意思の疎通ができる力を与えられた存在でした。
神さまが期待した通り新たな生物は架け橋の役割を果たし、みるみるうちに世界から争いが減っていったのでした。
その存在の子孫にあたるのが私たち人間です。私たちが持つ契約を結び力を借りることができるのは人類の有史以来から受け継がれてきた力なのです。
「架け橋だったはずの人間が今じゃ争いを生む側か。神もまさかそんなことになるなんて思ってなかっただろうな」
教師からの話を聞き終えたエリオットはそんな言葉を口にした。それを耳にした教師はエリオットをたしなめる。
「そういう言い方はいけませんよ、ファクマールくん。兵隊たちは民を守るために戦っているのです。別に争いを生むため戦っているわけではありません」
「……はい、はい」
エリオットは言い争うつもりはありませんというふうにそう返し、そっぽを向く。
エリオット=ファクマールという生徒はいうところの不良だった。授業をサボりはしないものの授業態度は最悪でこうして教師に悪意ある指摘をするのはよくあることだ。
そんな彼を周囲もどこか腫れ物を扱うかのような対応をしている。エリオット自身自分が陰で「不良品」と呼ばれていることを知っている。その呼び名の由来もよく知っている。
「エリオット=ファクマールくん、ちょっといいかな?」
昼休みにエリオットにそう声をかける者がいた。エリオットにとって見覚えのない顔であることを考えると別のクラスだろう。
「誰だお前?」
ツンケンとした物言いに気を悪くした様子もなく声をかけてきた男は要件を口にする。
「僕はユンケット=マドマイアスさ。君に大事な話があるんだ。ここではなんだし一緒に来てくれないかな?」
エリオットはそう言うユンケットの目を覗き込む。口元には笑みが張り付いているがその目は笑っていない。大体のことを理解したエリオットはすっと視線を外してこちらを心配そうに見つめる姿を捉えた後、すっと立ち上がった。
ユンケットはそれに笑みを深くすると何も言わず歩き出したのでエリオットはそのまま黙って後に続く。そしてそのまま校舎裏へと到着する。そこで待っていたのは5人の男たちだ。ユンケットの取り巻きか何かだろう。
「話って何だよ」
エリオットは男たちを一瞥しただけでユンケットに向き直る。ユンケットは友好的な笑みを収めて見下すようなヒゲタ笑みを浮かべる。
「スフィアさんと仲がいいそうじゃないか、不良品。僕に紹介してもらえないかな!?」
その言葉と共にエリオットを男たちが取り囲む。断るなら実力行使も辞さないと言いたげである。そんな男たちに一瞥もくれることなくエリオットは言葉を返す。
「誰がするかよ。話をしたいなら自分で声をかけろ」
エリオットの返答と同時に放たれた背後からの攻撃を身を低くしてかわし、次の攻撃が来る前にユンケットに飛びかかる。反射的に動いたユンケットにかわされてしまうがその代わり無事に包囲から抜け出す。
「ふむ、話に聞いた通り身体能力だけはあるみたいだね。それなら仕方ないね」
ユンケットはそう言って右手をかざした。するとその手の平に炎の渦が生じる。契約したものの力を契約回路を通じて引き出しているようだ。
「……授業以外での契約回路の利用は禁止されていたはずだが」
「ふっ。心配にはおよばないよ。ちゃんと使用許可はとってあるからね。さあ、観念しなよ、不良品」
ユンケットに倣うようにほかの男たちも契約回路を通して力を解放する。エリオットはこいつらに付き合うだけ無駄だと理解し、さっさと終わらせることにする。
「は?」
エリオットはユンケットの視線を誘導すると同時に全力で地面を蹴って距離を詰める。ユンケットからすればエリオットが急に目の前に現れたように感じたはずだ。
エリオットは火を放つ前にその手首を掴み、バランスを崩させてユンケットを地面に押さえつけた。武術を学んできたエリオットにすればユンケットのそれは素人と変わらず制圧するのは簡単なことだった。ユンケットが契約しているのが身体強化系のものだったら少しは結末が変わっていたかもしれないが。
「クソっ! 離せよ!」
抜けようと暴れるユンケットをしっかりと抑えつける。
「……そろそろ昼休みも終わりの時間じゃないか? 教室に戻った方がいいんじゃないか?」
エリオットは取り巻き5人にそう声をかける。男たちは迷う素振りを見せるが人質の効果は絶大で渋々といった様子で一人二人と離れていき、ユンケットを残して皆いなくなった。
エリオットはしばらく様子を見た後ユンケットを離してやる。
「炎よ、焼き払――」
自由になるなり炎を放とうとしたのでエリオットは鳩尾に一撃を加えてユンケットを黙らせた。そのまま放置して教室に戻ってもよかったのだがユンケットとエリオットが一緒に教室を出ていったのは多くの者が目撃しているので保健室まで運んでおくことにした。幸い保険医は留守だったので詮索されることなく、ユンケットをベッドに寝かせることができた。
その代わり授業に遅刻することになったが咎められることはなく完全にスルーだった。エリオットが授業に遅れて来るのは珍しい方なのだか悪評のせいか教師陣のいち部からも恐れられているのかもしれない。
エリオットは視線を感じたがそれを無視して席について無言で授業の方に向き合った。授業だけは真面目に受けるエリオットである。その後も度々こちらを気にする視線をエリオットは感じたが無視し続けた。
そして放課後、帰宅の為に立ち上がろうとしたエリオットの前に1人の少女が立ちはだかった。
「エルくん、一緒に帰ろっか」
彼女はにこりと微笑んでそう言った。
スフィア=ミミアリア。成績優秀、品行方正、さらには複数の精霊と契約を結んでおり、将来を期待されている精霊使いである。学校の殆どの者が知っていることだがエリオットとスフィアは幼馴染と呼べる関係だ。
そしてこれは学校の殆どの者が知らないことだがエリオットとスフィアは同じ家で暮らしている。同棲と呼ぶような甘々なものではなくエリオットがスフィアの家にお世話になっている、居候していると言った方がいいだろう。
エリオットの両親が失踪してからなのでかれこれ10年以上前になるだろうか。だから2人の関係は幼馴染というより家族と言った方がしっくりくるかもしれない。
だから帰る場所が一緒なのでスフィアはエリオットを帰りに誘うのはよくあることだがエリオットはそれをあれやこれやと逃れて来たのだが今日はそううまく行きそうになかった。
がっしりと手首を掴まれ、エリオットを諦めた様子でスフィアの後に続く。スフィアがこうして強引な手段に出ることはそう多くはない。それだけ気になっていることがあるということだ。
「もしかしてマドマイアスくんに呼び出されたのはもしかして私のこと?」
「……違う。ただ俺のことが気に食わないってだけだよ」
エリオットは目を合わせずにそう返したがスフィアにはその返答がお気に召さなかったようだった。
「むぅー。それ、嘘だよね? 答えるのに少し間があったし」
「嘘じゃねーよ。本当だ」
「それ、私の目を見て言える?」
「ああ、嘘じゃない」
エリオットはあえて目を合わせてそう答えた。スフィアは満足したようにうなずいた。
「……やっぱり嘘だ」
裏をかいてもスフィアには通じなかった。こうなっては黙秘を貫くことにエリオットは決めて口を閉ざす。エリオットのそんな様子にスフィアは肩を竦める。
「……私のことはいいんだよ。紹介してくれって言われたら紹介すればいいよ。私が自分でどうにかするからいいんだよ」
「俺がよくない。あいつらは免罪符代わりに俺を利用しようとしてるだけだ。それが許せないんだ」
あくまでも全て自分のためであると語るエリオットだがスフィアにはやはり通じない。どうしたって言葉の裏を見ようとしてくる。
「そもそもお前が学校で声をかけて来なければこんなことには……」
「だめだよ、それは。私がエルくんを避ける何てことはないよ。話かるなってお願いされても私は聞かないよ。だって約束したから。ずっとエルくんの隣にいるって約束したから」
その約束は10年ほど前、エリオットの両親が失踪した直後に結ばれた約束だ。いや、約束というよりは宣言に近かったかもしれない。スフィアが一方的に結んだ約束。でもその約束にエリオットが助けれたのもたしかだ。それに今も……。
「わかったよ。さっさと帰ろう」
エリオットはスフィアの思いを尊重することにして今日のところは引き下がることにした。実のところ今日のようなことはスフィアが気づいていないだけで以前にも何度かあった。さすがに公然の面々で呼び出すような輩は初めてだったがスフィアを狙う奴らを返り討ちにしてきたのは間違いない。
今日のでそういう奴らがいなくなってくれればいいのだけれど。エリオットはそう思うが報復に動かれるということのほうが多そうだ。
「ただいまー」
エリオットとスフィアは学校での話は終わりにして他愛もない話をしながら我が家へと帰ってきた。二人が住む家は街から少し離れた丘の上にある。スフィアの父のウガルドが家の裏にある森を仕事場としているためだ。
「おかえり、二人とも」
そんな父が二人を出迎えた。いつもなら仕事で留守にしているはずなのだが今日はやけに早い。
「父さん、どうしているの? 仕事は!?」
「ああ。午後から街に出る用事があってな。少し前に帰ってきたところだ」
スフィアとウガルドが会話している間、エリオットは見慣れぬものが置いてあるのを発見していた。
「おじさん、これは?」
「ん、ああそれか。催事用の刀らしい。処理に困ってたらしくて押し付けられたんだ」
催事用というだけあって柄から鞘まで綺羅びやかな装飾で彩られていた。催事用とはいってもエリオットにそれが祭で使われているのを見たことがないのでエリオットが生まれるより前に廃れてしまったものなのだろう。
「どうだろう。剣の練習に使えないか?」
「………」
エリオットはその催事用の刀を手にとってみる。催事用と言っていたが手に感じる重みは戦闘用のものと変わらなそうだし、当時は使われていたはずなので振り回すにも持った感じは問題なさそうだ。
試しに少しだけ鞘から刀を抜いてみたが豆腐も切れるかどうかというくらいのなまくらだった。残念ながら素振りにしか使えそうになさそうだ。
エリオットが刀を見ていると横からスフィアが顔をのぞかせて刀を見た。
「父さん、これ鍛冶屋に持ってったら打ち直してくれたりしないの? そしたらエルくんも訓練でも使えるんじゃないかな」
「いや、そう思って帰る前に見せに行ったんだが恐れ多いだの何だのって断られたよ。催事用だからか普通の鉄じゃないらしい」
エリオットはウガルドに言われて改めて見てみたが鉄と何が違うのかさっぱりわからなかった。しいて言えば長年ホコリを被っていたにしては錆などは一切なく、刀身は輝いている。
「まあ、一応もらっておく」
この家には短剣くらいしかないので実戦で使う剣と同等の重さの物があっても悪くはないだろう。場所は取るだろうが華美な装飾のおかげで置物としては文句はない。
「エリオット、剣はここに置いておこう。綺羅びやかで花になるしな」
ウガルドはその剣が案外気に入っていたらしくそう提案してきた。というわけで剣は今に保管、使う際に持ち出すという形になった。




