さがしもの
それはこの日本が、いや、世界中がウイルスでパニックになっている頃のお話です。
世の中の人々が感染症に怯え、人と人が顔を合わせると挨拶代わりにウイルスの話をし始める、そんな状況でした。
感染が広がっていき、次第に街中から人々が消えていきました。外出の自粛要請が政府からだされたのです。
一体この世はどうなってしまうのか。
世界が、不安と緊張に包み込まれているようでした。
そんな中、彼は部屋で鼻をほじっておりました。
ゴミや脱ぎ捨てた洋服、美少女フィギュアが散乱する部屋で。埃が舞う中。朝七時から。だらだらと。
外出の自粛など彼には全く関係ありません。
外に出る用事がそもそも無いのです。
仕事もしていないし、学校にも行っていない。
世間は彼の事を、『負け組』だの、『底辺』だの、そんな風に呼んでいるみたいですが、そんなことは彼にとってどうでもよい事でした。
とにかく今は、鼻をほじることに集中しておりました。
彼にとってはそれが、仕事よりも、勉強をすることよりも、"やりがい″を感じる事でした。
何故かって?
頭を使わなくて良いから、ストレスがたまらないから、気分が良いから、そんな理由で良いでしょうか。
朝一番の"鼻ほじり"は、いつも大きい"もの"が取れます。
ただ、本日はいつもと一風違いました。
おお!これはでかい!
彼の右手の小指は穴の奥で大物にヒットしました。
今までにないくらい大物です。感覚でわかります。
小指の爪では掴みきれないのです。
今まで味わったことのないこの手応えに、彼は少なからず興奮していました。
これはルール違反かもしれませんが、耳かきを使うしかありません。
耳かきはもともと耳垢を取る為に使うものです。
それを鼻に入れるのはご法度とされております。
しかし、小指よりも細い棒状のものを使わなければ、この大物は捕まえる事が出来ないと、彼はそう判断しました。
確かこの辺りに…、あったはず…
彼は耳かきを探し始めました。
部屋の片隅に盛られた洋服をかき分け、ペットボトルの山を掘り返し、絨毯の裏側をくまなく調べ…
しかし耳かきは見つかりません。
あれー、先月この辺で見たんだけどなぁ…
その時です。
足元でボキッと何かが折れる音がしました。
恐る恐る見てみると、そこには膝のあたりが無残にも折れてしまっている美少女フィギュアが横たわっておりました。
やってしまった…
これ結構高かったんだよなぁ…
こうなってしまったら、接着剤で直すしかありません。
こういうこともあろうかと、前にコンビニで接着剤を購入していた事を思い出しました。
確かこの辺りに…、あったはず…
彼は接着剤を探し始めました。
部屋の片隅に盛られた洋服をかき分け、ペットボトルの山を掘り返し、絨毯の裏側をくまなく調べ…
しかし接着剤は見つかりません。
あれー、この辺で見たんだけどなぁ…
もう探すのも面倒になってきました。
怠いけど、コンビニまで買いに行くかぁ
財布、財布…、あれ、財布がない
いつも置いているデスクの上に財布がありません。
えらいこっちゃ…、財布は本気で大事だぞ…
財布には彼の全財産とキャッシュカードが入っています。
それがないともう生きてはいけません。
彼は慌てて財布を探し始めました。
部屋の片隅に盛られた洋服をかき分け、ペットボトルの山を掘り返し、絨毯の裏側をくまなく調べ…
しかし財布は見つかりません。
何だか泣きたくなってきました。
金もカードもなくて明日からどうしよう
何をやっているんだ…僕は…
大の漢がめそめそと涙を流すのも気持ちが悪いので、気持ちを落ち着けようとショートホープを吸うことにしました。
しかし、ライターが見つかりません。
ならばと、コーヒーを飲もうと思いました。
しかし、コーヒーフィルターが見つかりません。
日光浴をしようとしました。
しかし、陽射しが見つかりません。
…
…
はぁ…
もう、いいか
そのうち見つかるだろう
彼は一回、さがしものを探すのを止めることにし、床の上に寝転がりました。
なんとなく、いつもの癖で鼻の穴に小指を突っ込みました。
そう言えばあの大物、取り出せるかな
鼻の大物の事を思い出し、小指を奥まで入れました。
今度は小指の爪でしっかりとキャッチする事が出来ました。
何だ、意外に大したことないじゃんか