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「愛してる」って言わないので婚約破棄されました。

作者: 夏月 海桜

「大好き」だったライアネットーから婚約破棄を突きつけられたパールミルア。「愛してる」の一言が無かった。それだけで。


2020年1月6日。午後9時25分現在。閲覧・ポイント・ブックマークを大量にありがとうございます。ランキングにも入ったみたいで感情します。


また、大量の誤字報告をありがとうございます。ご指摘頂いた部分を変更出来たと思いますが、まだおかしい部分が有りましたら、見逃してしまったかもしれないので、再度のご指摘をお願いします。読み返す間もなく投稿した己の未熟さが恥ずかしいです。すみません。

「パールミルア。君との婚約を破棄したい」


私は、伯爵令嬢・パールミルア。その私に婚約破棄を申し出たのは、公爵子息・ライアネットー様。ここは、ライアネットー様のご生家である公爵家のサロン。私は態々呼び出された挙句に婚約破棄を言い渡された、という状況。理由を聞くも何も、まぁ、ライアネットー様の隣で彼の腕に身を寄せているご令嬢を見れば、馬鹿でも解る。


というか、この状況に、公爵家の執事や侍女達が表情を変えずに、顔色だけを変えている。まさか、婚約破棄まで言い出すとは思っていなかった、というところか。


「畏まりました」


「良いのか?」


「良いも悪いも、それがあなた様の願いならば、私が叶えないわけが無いでしょう?」


表面上は穏やかに私が言えば、ホッとした表情をあからさまに浮かべるライアネットー様と、嘲りの笑みを浮かべる子爵令嬢・ナルミネア様。彼女が、社交界でも指折りの麗しの公爵子息様を射止めようと、散々アプローチをして来たのは知っていた。


ライアネットー様がそのアプローチに満更でもない表情に変わっていくのを、ただ見て行くしかなかった。


「大好きです」


私は、ただそれだけを口にして来たのに。彼は、ナルミネア様の「愛してる」の方が愛情表現として大きく深い、と思うようになっていたらしい。私の「大好き」では、足りないのだ、と不満を表情で告げていた。


「そうだな。君はいつでも俺の願いは聞き入れてくれていた。じゃあ構わないな。まぁ君の愛情はその程度だったんだろう」


ライアネットー様。あなた様は、いつでも私を省みないのですね。「愛してる」と言わなければ、愛情表現が少ない、と思うあなた様。でも、そのあなた様から私は一言も無いのですわ。


「俺も」とか「大好きだ」とか。


自分は無いのにどうして私の気持ちを“その程度”と決め付けてしまわれるのでしょう。でももう、今更何を言っても意味が無い。だったら私は、彼の最後の願いを叶えるしか無い。


「お父様には私から話しますので、ライアネットー様も公爵様にお話をお願い致しますね?」


「当然だ」


「では、私はこれで失礼しますわ」


「いや、もう一つ。俺の願いがある。君が受けた上位貴族の教育を彼女に、ナルミネアに教えてやって欲しいんだ」


「それはお断り致しますわ。私はあなた様の最後の願いである婚約破棄を受け入れました。そこで、あなた様の願いは終わりです。これ以降、私は婚約者では有りませんから受け入れるつもりはありませんわ」


「何故! 君は、俺の願いを叶えてくれていただろう!」


「婚約者として、大好きなあなた様の願いだから受け入れて参りました。でももう、婚約者では無い私が、あなた様の願いを叶える必要はどこにも有りません。私達は全くの他人ですもの」


「君の俺への愛は、やはりその程度なのか! 俺を愛していない君では、そんなものなのだな!」


私はこれ以上、ここに居る意味を見出せず、黙って帰る事にした。馬車の中で私は涙を落としていく。貴族の令嬢として、あるまじき事で有るけれど。それでも今くらい、泣きたかった。


後日。私とライアネットー様との婚約破棄が書面上でも成立し、私は伯爵家の厄介者と化した。元々私は1人娘で、本来なら婿を取る立場だった。ところが、ライアネットー様が6歳。私が5歳で初めて出会った時、彼が私と結婚する、と宣言したのだ。彼が公爵家の次男や三男なら良かったが、長男であったために私は嫁に行く事になってしまった。


それ故に父は分家から養子を迎えた。私の3歳年下のベルノルーニである。ベルノルーニは伯爵家の跡取りとして育てられたわけで。それなのに、11年経って、私が婚約破棄されてしまった。邪魔な事この上無いわけで。


「ベルノ、ごめんね。私、姉失格だわ」


「ミルア義姉さん、何を言ってるの。ミルア義姉さんは何も悪くないでしょう?」


「でも。ベルノは本当の家族と離されて、我が伯爵家に養子として入った。本当の家族と離されたのは辛かったはずなのに、頑張ってくれて。2年後には伯爵家の跡取りとして社交界デビューをする事にもなっていたのに、婚約破棄をされた傷物の義姉が居るだけで、ベルノの社交界デビューも傷ついてしまった。良い方を見つけて婚約をしなくてはいけないのに。良いご令嬢との縁が無くなってしまうわ」


「馬鹿だなぁ義姉さん。そんなの気にしなくて良いよ。まだ2年も有るんだから。2年も経てば状況は変わるよ」


落ち込む私をベルノは慰めてくれる。なんて優しい出来た義弟なのだろう。頭を撫でてくれる義弟の手の暖かさに慰められた。父も母もライアネットー様の仕打ちを怒ってくれたけれど、公爵家の意向に逆らえるわけが無くて。私を腫れ物扱いする。……領地にでも引っ込もうかしら。


ちなみに、ライアネットー様とナルミネア様の話は、さすがに社交シーズンでは無い今は聞こえて来ない。でも、シーズンが始まれば、あっという間に私との婚約破棄が噂され、ナルミネア様とライアネットー様がご婚約された事は広がるだろう。


公爵様からは、謝罪の手紙を頂いたけれど、ライアネットー様は長男として公爵様の跡取り教育を受けている。だから許して欲しい、と。そのかわり慰謝料を支払うから、と。慰謝料なんて要らない、とお父様には話した。だって私の恋心がお金に変わるような気がしたのだもの。


彼が望んで婚約したのに。少しずつ少しずつ好きになっていった私の恋心を、彼は「愛してる」と一言、言われただけで壊した。


「ベルノ。ライア様は、私に言ったのよ。私がライア様の言う事を全部聞いてくれるから、私と結婚するって。だから私、ライア様の願いを全部叶えたいって思ったのに」


「うん。そうだね」


「だから婚約破棄も受け入れた。私の大好きって恋心を彼は壊したのに。それなのに、上位貴族の教育を教えてあげろ、なんて無理だわ。彼を私から奪ったのに、何故そんな願いを叶えてあげなくてはいけないの? それなのに彼は、ライア様は、私の気持ちをその程度だ、と。否定したのよ……」


ベルノは、静かに私の想いを聞いてくれた。ただ聞いてくれる。それだけがこんなにも救われる事だなんて。ポトポト落ちる涙を拭うだけの力はまだ湧かないけれど。早く立ち直って、この優しい義弟の障害である自分をなんとかしなくては……と私は決意を固めた。


***

時は直ぐに経過していく。あれから1ヶ月が経ち、国王陛下主催の夜会が開催される。社交界デビューを果たす子達が主役の夜会であり、シーズンの開始でもある。去年の私のデビューには、婚約者であるライアネットー様がダンスを踊ってくれた。でも今年は有り得ない。去年と同じくお父様にエスコートしてもらう。


婚約者が居るなら婚約者がエスコートするのが当たり前なのに、お父様にエスコートされる。つまりそれは……と皆様が理解してしまうのだ。でも仕方ない。例え嘲笑されようとも私は伯爵令嬢。国王陛下主催の夜会に不参加など許されない。私はあの華やかな雰囲気の裏で交わされる足の引っ張り合いで、真っ直ぐに立っていなくてはいけない。


お父様と再来年デビュー予定のベルノルーニの為にも、これ以上恥を掻くわけにはいかないのだから。


そうして私は陰口を叩かれ、嘲笑われる夜会に参加した。「麗しのライアネットー様から婚約を破棄されたらしくてよ」と聞こえる声で話される。「私なら恥ずかしくて出て来られませんわ」とも聞こえてくる。「まぁあの平凡な容姿では、ライアネットー様に飽きられても仕方有りませんわ」などなど。


お父様も聞こえているのだろう。私を痛ましげな表情で見てくる。でも私は微笑んで「気にしていませんわ」としか言えない。これ以上、お父様に心配させるわけにはいかないのだ。お母様も私の後ろから心配そうな視線を向けてくれる。だけど、ここからは、お父様とお母様は挨拶回り。私は1人にならなくてはいけない。きっと、お父様もお母様も私の事で色々言われるだろう。だからせめて、私は1人でも大丈夫だと見せなくてはいけないのだ。


ダンスのお相手は居ないし、まだデビュタント達も居ない。壁の花になっても、背筋を伸ばして、私は立ち続ける必要がある。やがて陛下がお出ましになられて、夜会は始まった。デビュタント達は子息も令嬢も初々しい。見守っていた私の視界の隅に、ライアネットー様とナルミネア様が2人睦まじく寄り添っている。


未だ、私の傷は癒えていない。


それでも。気にしてはいけない。ナルミネア様が目敏く私に気付いて、ライアネットー様を連れて歩いて来た。毅然とした態度で私は挨拶をしなくてはいけない。周囲も気づき始めた。私達を窺っている。そして私は、ゆっくりとライアネットー様とナルミネア様にご挨拶をさせて頂いた。


ライアネットー様は鷹揚に頷かれたけれど、ナルミネア様は居丈高に挨拶も無しに言葉を放ってくる。


「私なら恥ずかしくて出て来られないのに、良く出て来られますねー。さすが、ライアネットー様の事を愛しておられないだけ有りますわ」


わりと大きな声なのは、多分周りに聞かせたいのだろうけど、そのせいで空気が変わった事に、ナルミネア様は気付かれただろうか。大体の貴族は政略結婚が多い。恋愛で婚約する事の方が稀。だから、何を言っているのか、と皆様は思われているだろう。


私達の婚約も政略結婚なら恋愛感情など無くてもおかしくないし、結婚してから互いを愛していく夫婦もいる。だから、ナルミネア様の嘲笑の意図が全く分からない方達が多いはず。


「そうだな。ナルミネアに上位貴族教育を教えてやってくれ、と願った俺の言葉が聞けないんだから、パールミルアは俺の事を愛していなかったんだよな」


わざとらしいナルミネア様の言い方。だけどライアネットー様は、私がずっと願いを聞き入れて来たから、そのお願いを聞き入れない私が本気で自分を愛してくれていない、と思って言ってる。それでも私は表面上は穏やかに2人と話さなくてはいけない。


「私に、ライアネットー様に対する愛情が足りず、申し訳なく思っております。お二方は深い愛情で絆を結ばれたのでございましたね。お幸せになって下さいませ」


私が2人に頭を下げれば、それで胸がすいたのか、ナルミネア様がライアネットー様を促して去って行った。私は再び壁の花に戻るが、先程とは空気が変わっている事に気づいた。やがて、去年一緒にデビューを果たした友人達や子息達が私に近寄って来た。


「パールミルア様、婚約破棄の事情って、今の話、ですの?」


「ええ」


友人に尋ねられ、私は少し困ったような表情を浮かべつつ控えめに肯定する。


「は? ライアネットー様って、公爵家長男だよな? 次期公爵様だよな?」


「ええ」


とある子息が尋ねて来るのでこれも肯定する。


「随分素敵な方ですのね。婚約破棄を告げた元婚約者に、自分の新しい婚約者の教育をお願いするだなんて」


友人がクスリと笑いつつチクリと刺す。要するに、ライアネットー様って頭の中がお花畑なんですのね、と言っている。


「公爵家の跡取りとして申し分無いお方ですから、きっと愛する婚約者様の事を考えておいでなのですわ」


私はやんわりと窘めた。それ以上、友人達は何も言わなかったけれど、今夜の事は、私の失態では無い事が理解されただろう。


少しは、これからのシーズンが楽になるかしら。


ちょっとだけ打算的な事を私は考えてしまった。こういうところが貴族令嬢なのかもしれない。でもこれ以降、私はあからさまな視線を浴びずに済んだので安心しました。


***

それからまた時が経って、婚約破棄をされてから3ヶ月。ある日私はライアネットー様からお手紙を頂きました。


「お父様……」


「余りにも我が伯爵家を、パールミルアを馬鹿にした手紙だよね」


開封されていたので、お父様は読まれたのだろうとは思ってましたが、温厚なお父様がさすがに怒っていらっしゃいます。内容は。


ーー仲直りしよう。パールを正妻でミネアを愛妾にしようと思うんだ。それなら君も戻って来やすいだろう? 5日後の夜会では、パールをエスコートしてあげるよ。


というものでございました。……私が大好きだったライア様は、こんな頭の中がお花畑の方でしたでしょうか? もし、前からそうだったのなら、私は見る目が無かったのかもしれません。……公爵家の跡取りとしては、かなり優秀なお方だったはずなのですけれど。おかしいですわね。それとも、ナルミネア様が恋人になってから、なのでございましょうか。そうだとしたら、公爵家としてもかなり由々しき事態では?


とりあえず、私は5日後の夜会の招待を受けていないため、お断りする旨を手紙に認めました。あのお家の夜会は、私がライアネットー様の婚約者だから、招待されていた事くらい、私でも解る事ですのに。何故、ライアネットー様がそれにお気づきになられないのかしら。


そして、お父様は余りのライアネットー様の酷さに、恐れながら……と思いつつも、公爵様宛に抗議のお手紙を差し出していました。そのお返事は、公爵家の従僕ではなく、執事が直々に手紙を持参して来る程でした。どうやらライアネットー様に甘い公爵様でも、寝耳に水の事態だったようで。


「旦那様が、この件に関しては、さすがに怒っていらっしゃいまして。愚息が申し訳ない、と伝えて欲しい、と」


執事の口添え付きでした。


「では、パールミルアを正妻に、あの女を愛妾に、という話は無しで構いませんね?」


お父様が言質を取りたい、と、執事に確認します。執事も「有り得ません」と否定しましたし、公爵様からお父様に宛てたお返事の手紙でも「さすがに有り得ない」と否定したもののようです。私もお父様もホッとしました。これでまたもや公爵様がライアネットー様を甘やかすようなら、と危機を抱いてました。だって所詮こちらは伯爵家。向こうは公爵家ですもの。逆らえません。


だから、もしもライアネットー様の仰る通りに公爵様が仰って来られたなら、家の恥であっても、宰相様経由で国王陛下に直訴する心算である、とお父様が仰ってました。……そうならなくて良かったですわ。そんな大事にするのは、恥ずかしくて仕方ないですもの。


とにかく、ライアネットー様の申し出は、無くなりましたので、私は安堵しました。それと同時に、私の恋心も綺麗に消えました。何故かは分かりませんが、私を正妻に、ナルミネア様を愛妾に、と、考えられたライアネットー様。とてもじゃないですが、私、引きましたわ。


ハッキリ言って「無いですわ。有り得ませんわー」と。これでも仄かな恋心を……なんて有り得ません。綺麗さっぱり消えました。未練も有りません。お父様に新しい婚約者を探してもらう事にしましょう。とはいえ、公爵家に不要と言われた私です。貰ってくれる方が居るとは思えませんのが、ちょっと辛いですわ。年の離れた方の後妻にでもなるしか有りませんわねー。


「お父様。新しい婚約者の方を探して頂いても構いませんか?」


「さすがにライアネットー様への思いは、もう無いかい?」


「有りませんわ、さすがに」


「そうだろうね。解った。考えておこう」


「ありがとうございます。年の離れた方の後添えでも文句は言いませんわ」


「いくらなんでも、可愛い娘をそんな男に嫁がせないよ!」


私が後妻でも構わない、と言った瞬間、お父様が顔色を真っ青に変えて否定されました。お父様のその愛情だけで充分ですわ。愛されていてパールミルアは幸せです。取り敢えず、お父様に新しい婚約者の件をお願いして、後は穏やかに日々を過ごすつもりでした。


ええ。この時までは。


ですが、それから国王陛下主催とは言わなくても、かなり大きな夜会で、お父様とお母様と共に出席した先で、ライアネットー様にお会いして、終わったはずの話を大勢の前で蒸し返される事になるなんて、思ってもみませんでした。招待客が伯爵家以上だったせいで、いくらライアネットー様の婚約者と言えども、子爵令嬢のナルミネア様が出席していないからと言って。


「パール」


親しげに愛称を呼ばれてライアネットー様がこちらを見ています。ライア様、と私も親しく呼びかけそうになりましたが……。ライアネットー様にされた仕打ちを思い出せば、伯爵令嬢として公爵子息のライアネットー様に対するだけです。


「ライアネットー様、お久しぶりにございます」


「ああ。久しぶり。パール、この前の件、考えてくれた?」


「この前の、とは」


まさか、私を正妻にしてナルミネア様を愛妾にするとかって話でしょうか。あれは、公爵様からきちんと無しで構わない、と言われましたが?


「だからパールが俺の正妻で、ミネアを愛妾にする話だよ。ミネアは俺を愛してくれているし、可愛いんだけど、上位貴族のマナーとか分かってなくてね。だから、社交や公爵夫人としてのアレコレは君に務めてもらえばいいや。って思ったんだ。

どうせ、新しい婚約者なんて居ないだろ? 君、俺の事が好きなんだし。大丈夫。ミネアは説得するから。

で、子どもはミネアに産んでもらって、君が育てれば良いよ。俺は社交や公爵当主として以外はミネアと過ごすから、君も好きに過ごしてくれて構わないし。良い案だろ? 

君が俺のお願いを聞いてくれていれば、ミネアは上位貴族のマナーとか、覚えられたのに、君が俺のお願いを聞いてくれないからさ。これくらい、妥協してくれても良いよね」


余りにも自分勝手で酷い。本当にこの方は私が大好きだったライアネットー様だろうか。私をなんだと思っているんだろう。ここまで頭の中がお花畑だとは思ってもみなかった。


周りもライアネットー様のこの自分勝手さに、眉を顰めている。そして、随分と私に同情してくれているらしい。痛ましげな視線が私に向けられている。


「あの。ライアネットー様、お言葉ですが。私はもうライアネットー様の事を何とも思っておりませんし、ライアネットー様の正妻の件は、公爵様直々に無し、というお言葉を頂いております。確かに未だ新しい婚約者はおりませんが、だからといって、ライアネットー様と結婚は有り得ませんわ。そもそも、ライアネットー様が婚約破棄を申し出て来られましたのに、再び婚約、ましてや結婚なんて無理ですわ」


私が一気に否定すると、ライアネットー様が眉間に皺を寄せた。


「君は俺のお願いを聞いて来たのに、また聞いてくれないのか」


「私は大好きだったから聞いて来ました。それに婚約者でしたから。でも、大好きで婚約者だからといって、なんでもかんでも聞き入れるのは間違いだった、と今は思っています。でも、もう婚約破棄をされた私が、ライアネットー様のお願いを聞く必要なんて、どこにも有りませんわ」


「だから、また婚約してやるって言ってるんだ! 結婚してやるんだから、俺の願いを叶えろよ!」


こんなにも聞く耳を持たない方にしてしまったのは、私にも責任が有るのかもしれません。ですが、もう私はライアネットー様のお願いは聞く気は無いのです。さて、困りました。どうしましょう? と思っていた私の所に、お父様がやって来ました。


「ライアネットー様。失礼ながら、パールミルアには、新しい婚約者の選定をしていますので、近付かないで頂けますか。パールミルアを正妻にして、ナルミネア嬢を愛妾にする話は、正式に手紙で有り得ない、と公爵様から否定して頂いています。もう決定した事ですので、二度と娘には構わないで下さい」


お父様……! ありがとうございます!


「な、父上が否定している、だと? いや、だが俺は公爵家長男。跡取りだ。父上がそんな否定をするわけがない!」


私は、呆れ果てました。この方は、本当に何を言ってらっしゃるのか。こんなに残念な方だとは思いませんでした。悉く私の恋心は砕け散って正解だったかもしれません。婚約破棄をされて、こんなに嬉しいと思ったのは、初めての事です。


「何故、あなた様はご自分が特別だと思えますの?」


私は心底不思議で尋ねました。


「何故って俺は公爵家長男で跡取りで、俺を愛してくれている女がいて」


要するにライアネットー様は、甘やかされて育ってしまったわけです。まぁ公爵家跡取りの教育は優秀だった事はまだマシだったかもしれませんが……。


「確かにライアネットー様は公爵家長男で跡取りでございますが、だからといって、なんでもかんでも思い通りにはいきませんわ。特に人の心は」


私の指摘に、ライアネットー様が不服そうな顔をされます。更に言い募ろうとしたライアネットー様。ですが、そこへ重々しい声が聞こえて来ました。


「これ以上、恥ずかしい真似は止めたまえ。ライアネットー、君は、私の夜会に泥を塗った上に、未だ喚いて、私の顔を潰す気かね? 国王陛下に申し上げて、君を廃嫡にしても良いんだよ」


そう。国王陛下主催では無いけれど、かなり大きな夜会というのはつまり、大物の方が主催という事で。……主催者は、宰相様。ライアネットー様、よりによって宰相様主催の夜会で、この騒ぎなのです。こんな騒ぎを起こしては、宰相様がお怒りになるのも当然なわけです。


騒いでいるのはライアネットー様ですが、そもそも騒いでいる者が居る事自体、主催者の面子を潰しているわけです。そして主催者がそういった痴れ者を放置していればいる程、主催者の手腕も疑われてしまいます。この程度の事態も捌けないのか、と。だから、何かあれば即刻対応しなくてはいけませんが、普通は招待されている方の最低限の礼儀で、騒ぎを起こす事なんて有り得ません。例えお酒を飲み過ぎても、騒ぐ事は許されない。


貴族として当たり前なのです。


ましてや、私とライアネットー様は、既に社交界で噂が浸透している状況ですので、恥の上塗りをしないためにも、私達は節度を持った態度と礼儀を尽くす必要が有りました。それにも関わらず、ライアネットー様の今宵の騒ぎ。それはもう、宰相様がお怒りになってもおかしくないのです。


という事で。ライアネットー様、お顔の色が真っ青になってしまいました。ようやく、ご自分の状況をお分かり頂いたようでございます。ホントもう、宰相様。夜会を台無しにしてしまいまして申し訳なく思いますわ。お父様とお母様と頭を下げてお詫び致しましたところ、我が家はお咎め無しにして頂けました。


***

それから1ヶ月後。我が家に公爵家から内々でお詫びの品が山程と、ご丁寧なお詫び状が届きました。その中には、ライアネットー様がこんなにも残念な息子だとは思わなかったので、一から鍛え直すと同時に、廃嫡にする。更にはナルミネア様との婚約を破棄し、子爵家へ公爵家から抗議したので、ナルミネア様は子爵家から勘当され、平民になってしまったとありました。……まぁ随分厳しい決断をされましたわね。まぁ宰相様に睨まれてしまったなら、公爵家と言えどもタダじゃ済みませんし、子爵家は尚のことでございますわね……。


「ふぅ」


私は詫び状を読み終えて、溜め息をつきました。かなり長かったのですわ。


「ミルア、どうかした?」


「え、ええと、公爵家からのお詫び状が長くて少々疲れましたの」


「じゃあお茶にしようか」


ニコニコと私の隣に密着して、と言いますか、私の腰を引き寄せて抱きしめて来るのは、義弟のはずのベルノルーニ。ベルノ。ベルノは侍女にお茶を淹れるように言って、私の髪を手で梳くのですが……。


「あの、ベルノ?」


「何? ミルア」


「距離……近く有りませんこと?」


3歳下のベルノは現在13歳なのですが……。この色気といい、距離感のおかしさといい、ええと。一体どういう事なのでしょう……。いえ、分かってはいます。分かってはいるのですが……。


「おかしくないでしょう。僕とミルアは婚約したんだから」


「そ、それはそうなのですが」


「問題ある?」


「だって、今まで弟、でしたのに……」


「そうだね。でも、僕はミルアの事、女性として好きだったよ。僕がこの伯爵家に来た時にはもうミルアは婚約していた。最初はきちんと姉として接していたけれど、段々その優しさと明るさに惹かれて。淑女としても素晴らしい女性だと思ったら、好きになってた。

だから、ずっと悔しかったんだ。ライアネットー様に嫉妬していた。

でも、ライアネットー様がミルアに婚約破棄を言い渡したから。ミルアの何が不服なんだってムカついたけれど、でもチャンスだと思ったんだ。僕とミルアが結婚しても良いでしょう? そう思って。義父上と義母上に即刻お願いしたんだ。

そして許可をもらったから、婚約者。って事で、これから僕は全力でミルアを口説くからね。元々ミルアは伯爵家のために婿を迎えるわけだったんだし、僕も伯爵家の跡取りとして育ててもらっているわけだし。そんな2人が結婚するなら、伯爵家は安泰だよ」


言っている事は多分正しいのかもしれないのですが。み、耳元で、耳元で話す事ですのー⁉︎ どういうわけか、私の背中がゾワゾワしますー!


というわけで。私、5年後、義弟として引き取られたベルノルーニに男性として意識させられまして、しっかり好きになりまして……。口説き落とされてしまいました。


「ミルア、大好きだよ」


「私もベルノが大好きです」


愛してる、なんて言わなくても、きちんと私を大切にしてくれて女性として好きになってくれて優しい旦那様が出来ました。

ふと思い付いた話を書き上げました。楽しんで頂けたら幸いです。


ライアネットーとナルミネアにちょっとだけざまぁ入りますが、ガッツリ入れた方が良かったのか、悩みました。万が一ご意見で、ガッツリざまぁ養分が必要でしたら、連載作品に直してざまぁ成分を多くします。

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