プロローグ
その日、この雪山の山荘が、これから始まる惨劇の舞台になるであろうことを、誰も知らなかった。
な~~~んちゃって~!!!
楽しい休日を送っていたのは数分前までだった。
いま俺は、穴場中の穴場であるスキー場の、もうずいぶん誰も立ち寄っていないだろう山荘にいる。
大学受験を無事終了し、あとは入学式を待つだけの暇すぎる春休み。
ふと思い立ってスキーしに行こうと思ったのが運のつき。
突如起こった嵐によってスキー場は死の山と化した!
ここで嵐が起こるだなんて聞いたことがなかったので現場はもうパニック。
ボロボロの山荘に逃げ込んだのは、俺以外に大柄の男と、高校生ぐらいの男女。
あと少女が一人と、大学生の男が二人の計6人。
大学生二人は他の部屋を見てくると言って、早々に2階へと上がっていった。
他の、俺を含む全員は、一階のキッチン、ダイニング、リビングが一緒になった大部屋にいる。
明かりは頼りなさげなロウソクが一本。ゆらゆらと揺れる炎はここにいる全員を不安にさせた。
意外にも中はそんなに汚れていなかった。
定期的に掃除を行ってたんだなぁ。
外観がもういかにも崩れそうなため、もっと、廃墟みたいなとんでもない内装を予想していたのだが、これはラッキーだったな。
蜘蛛の巣もほこりも目立たない。
電気と水道が止まってるのは困ったものだが。
「くそっ、ちっとも嵐が収まる気配がねえな…」
大柄の男はそう言うと、くもった窓ガラスに息を吐いた。
結露の溶けた僅かな隙間から外を覗き込む。
外は雪で真っ白で、外のようすが全く見えない。
チッ、と軽く舌打ちをすると、それにしても寒いぜ、と体を震わせた。
伸びっぱなしの髭から、パラパラと小さな氷粒が落ちる。
ガタガタと音を立てる窓ガラスが、外の風の強さを物語っていた。
「やーん!びっしょびしょ!たっくん、ここは大丈夫だって言ってたじゃん!こんなんばかり!!いっつも!!!」
「みみちゃん、ごめんよ~~…」
一方、テーブルでは、高校生ぐらいの男女が口論をしていた。
カップルだろうか、明るい金髪の女の子の貧乏ゆすりが部屋中に響き渡る。
ミシミシ、ミシミシ…
…床抜けないよな…?
俺はリビングの、大きなチェストを、かたったぱしから開け放っていた。
ロープ、何かの説明書、ハサミ、テープ、ティッシュにエトセトラ...
疑心暗鬼になった今、全てが凶器に見えてしかたがない。
ガタガタと震える手で、おもむろにティッシュを一枚引き抜くと、鼻をかんだ。
「おーい、だれもいないっすよー!」
「マッチがあったぞ。暖炉つけようぜ、暖炉ぉ」
ドタバタと、他の部屋を詮索していた二人が戻ってきた。大学生の一卵性の双子だ。
クセのない黒髪にメガネとよく似ているが、一人は髪を短く切っており、もう一人は男にしては長い髪を後ろでひとつに括っている。
ちなみに、「っす」と語尾に付けたのが短髪の方だ。
俺は手綱川 和人。只今人生最大のピンチ、ビンビンの死亡フラグに襲われている。
原因は他の誰でもない。ここに来たときからずっと部屋のなかを歩き回ってる少女だ。
「何事もなければいいなぁ、お嬢」
長髪の男にお嬢と呼ばれたその少女が、動きを止めた。
薄い茶髪の髪の毛を耳の下で二つ括りにし、くるりと巻いた毛先を前に垂らしており。
パッチリとした赤色の目と、同じ色のブローチを胸元にあしらい。
探偵のように茶色とチェックの柄のポンチョを羽織って、同じ柄の帽子を被っている。
あぁ、と頭を抱える。
彼女を見た瞬間に、唐突に思い出した。
夢だと思いたいがしかし、とんでもない寒さに震えるたび、ここが現実であることを思い知らされる。
現実逃避するように、先ほど開けた引き出しをもう一度開けたり閉めたり繰り返す。
いや、完全にヤバイ人である。
どうか他人の空似であってほしい。そう、声が全然違うとかね!!!
心臓はドコドコ。交感神経が高まり、ついに引き出し開け閉め5週目に突入。
しかし、現実は無情である。
「ええ!しかし…嵐が去っても不用意には外には出られませんし。しばらくは閉じ込められましたね。」
ぎゃーーーー!!!CV:高鍋 しほりッッッーーー!!!
"探偵アンリの事件録"の主人公加賀宮アンリ本人ッッッーーー!!!!
この事態に完全に脳ミソはキャパオーバー。
白目を向いてそのまま仰向けにぶっ倒れた。
「きゃーーーー!!!!」と、誰かの悲鳴が聞こえる。一番叫びたいのは俺だよ!!!!
前世の推しを目の前にして、喜びを遥かに上回る絶望に、俺は素直に意識を手放した。