『サッカーの神さま』
一、
試合に負けた。
1―0で。
しかも、ぼくのオウンゴールで。
まっすぐ帰る気になれなかった。
サッカーボールをかかえて、神社によった。
――くやしかった。
――はずかしかった。
なみだがとまらなかった。
考えに考えて、サッカーをやめようと決心した。
気がつくと、あたりは暗くなっていた。
空をみると月がでている。
満月だった。
ずいぶん長い間、考えこんでいたらしい。
「そこの!」
こま犬の前を通りすぎようとしたぼくに、だれかが声をかけた。
へんなやつが立っていた。
うす暗くて、よく見えなかったけど、年寄りであることはまちがいない。
おとなにしては、ずいぶん小さかった。
長いひげをはやして、へんな服をきている。
神主のかっこうにそっくりだった。
「どうした? えらくつらそうではないか。もしや、ここがどこだかわかっておらんのではないか?」
だまって通りすぎようと思った。
だけど、足がとまった。
そいつのまわりがぼんやりと光っているように見えたからだ。
気のせいだろうか?
「――神社だけど」
「それならどうして、おまいりをしていかぬのじゃ。『こまったときの神だのみ』ということばを知らぬわけでもあるまい」
聞いたことはあるけど、そんなことをしてもむだに決まっている。
そいつは、ぼくの返事を待たずにつづけた。
「そのほうは運がよいぞ。願いは、かなえられたもどうぜんじゃ。なにしろ神さまであるわしが、じきじきに聞いてやろうといっておるのだからな」
神さまだって?
なにいってんだこいつ、頭おかしいんじゃないか?
と思ったとたん、そいつのまわりの光が強くなった。
まさか?
ほんとうに?
そんなことがあるのだろうか?
ぼくの気持ちなどおかまいなしに、そいつはボールを指さした。
「それは、あれか? けるのか?」
ぼくは、思わずうなずいた。
「おお、けまりか! なにをかくそう、わしは、けまりがとくいでな」
けまりというのは、ボールをけってあそぶ、むかしのスポーツだ。
それにしても、そいつは本当にうれしそうな顔をした。
ぼくも、きのうまでは同じような顔をしていたのだろうか?
「じゃあ、あげるよ」
「ん?」
ぼくは、ボールを投げた。
下からゆっくりと。
そうでもしなければ受けとれないと思ったのだ。
ところが、そいつは後ろ向きになってヒールキックで返してきた。
おどろくほど正確に、ぼくのむねに。
返ってきたボールもぼんやりと光っている。
ほんとうに神さまなのだろうか?
「あげるとは、どういうことじゃ?」
「もう、やめるからいいんだ」
ぼくは正直にこたえた。
「ほほーっ。なるほど。そうか、けまりの試合に負けたのじゃな」
あたっている。
ひょっとしたら本物かもしれない。
神さまは、なんだかうれしそうにつづけた。
「けまりがうまくなりたいのであろう? かんたんなことじゃ」
「ほんとに?」
おもわず、口にしてしまった。
「ほんとに? とはなんじゃ! 神さまをうたがうのか? しつれいなやつじゃ。バチをあててくれようか」
「……ごめん……なさい」
とりあえずあやまった。
神さまのまわりの光が強くなったからだ。
どうやら、感情の変化が光にでるらしい。
さわらぬ神にたたりなし、ということわざもある。
「――まあ、しかし、こわっぱのいうことじゃ。今回ばかりは、おおめにみてつかわそう」
きげんがなおったのか、光が弱くなった。
ほっとする。
「ところでそのほう。古来よりこの国では、神さまに力をかりようとするときは、ささげものをする習慣があるのだが、知っておるか?」
ぼくは、めいよばんかい、とばかりに、じしんまんまんでこたえた。
「知ってる! ごはんとか、まんじゅうとか。うちのばあちゃん、線香たいて毎日おがんでるんだ」
「それはちがう宗教じゃ!」
光が強くなった。
やばい! おこらせてしまった。
「わかりやすくいってやろう。金だ! 古来はちがったのだが、今は、まあ、そういうことだ」
「ああ、おふせのことだね」
「それはちがう宗教だといっておるではないか! さい銭! もしくは玉ぐし料じゃ!」
光がますます強くなった。
ほんとうに、やばい。
ぼくは、あわててサッカーシューズを買ったのこりのお金をポケットからとりだした。
千円だった。
「……ふん。まあ、こわっぱじゃからな。とくべつにサービスしておこう」
神さまは、ちょっとふまんそうだった。
ぼくはおもわず、聞きかえした。
ぼくにとって千円は大金だ。
「さい銭が少ないとだめなの?」
神さまは、むっとした顔でこたえた。
「あたりまえじゃ! 有名大学に合格させろとか。かっこよくて、やさしくて、親と別居してくれる、お金持ちの男の人と結婚させろとかを、千円ぽっちでかなえられるものか」
日本一サッカーがうまくなりたい、と願いごとをするつもりだったぼくはいいかえした。
十万円とか百万円とかいわれても、ぼくに出せるわけがない。
「神さまって、お金なんかに、こだわらないもんだと思ってたんだけど……」
「ばかもの! ただで、すべての望みをかなえていたら、しあわせな者ばかりになってしまうではないか。たよってくる人間がいてこその神さまじゃ。……なにより、拝殿も古くなっておる。建て直すには金もかかる。たくさん出した者の願いを優先させるのが、すじというものであろう」
なんだか、うさんくさい。
神さまというよりは商売人のようなことばだ。
ぼくのいんしょうはまちがっていなかった。
あとで、おとうさんに聞いたら、ここの神さまは『商売の神さま』だといった。
「やくそくは、やくそくじゃ。願いはかなえてつかわそう。ただし、制限つきじゃぞ。そのほうの場合、今はいているくつに神通力をあたえるとしよう」
神さまは、そういって、ふところからおふだを二まいだした。
「これを、そのくつに入れておくがよい。練習をつめばつんだだけうまくなることうけあいじゃ」
おふだを受けとろうとすると、神さまはいった。
「境内のそうじをすればさらにうまくなるぞ」
二、
うさんくさいとは思ったけど、神社の下の広場で、その日から練習をはじめた。
うたがっていてもはじまらない。
ぼくは、うまくなりたかったのだから。
雨の日も、かんかんでりの日も休まなかった。
神社の境内のそうじもした。
おまいりもかかさなかった。
それにしても、おまいりにくる人が少なかった。
ケチなことをいわずに願いをかなえてあげれば、もっとふえるのにと思った。
あれいらい神さまはすがたをあらわさなかった。
それでも、ぼくは練習をつづけた。
雨の日も、雪の日も。
さいしょは、よくわからなかったけど、半年もすると、自分でもうまくなったと思えるようになった。
三、
0―0のまま、後半にとつにゅうした。
雨がふってきた。
かんとくは、練習ではつかってくれるけど、試合ではつかってくれなかった。
オウンゴールは、それほど大きかった。
きょうの試合もだめだろうと思っていたら、声がかかった。
よし、やってやる。
じしんがあった。
じゅんび運動にも力がはいる。
だけど、足もとのシューズは、ぼろぼろだった。
つま先にあながあき、そこがはがれかけていた。
とても、試合終了まで持ちそうにない。
スパイクの先もすりへっている。
この天気ではすべってしまうだろう。
横においた新しいシューズが目にはいった。
このシューズに神通力はない。
空を見あげた。
雨はやみそうにない。
――ぼくは、かくごを決めて、新しいシューズを手にとった。
四、
力いっぱいかしわ手をうつ。
さい銭をふんぱつした。
1―0で勝った。
しかも、ぼくのアシストで。
雨はすっかりあがっていた。
石だんをおりようとしたとき、うしろから声が聞こえた。
「どうじゃ、けまりはおもしろかろう」
ふりむいたが、だれもいなかった。
そこにあるのは、石のこま犬と、満開のさくらの木だけだった。
じっと見つめていると、こま犬がわらった。
神さまと会えるかもしれない。
そう思って一歩をふみだしたとたんに、つむじ風がおそってきた。
足をとめ、そっと目をあけると、空いちめんにさくらの花びらがまっていた。
あたたかい春の日の昼下がりのことだった。