表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『サッカーの神さま』

作者: 八神 真哉

     一、


試合に負けた。


1―0で。

しかも、ぼくのオウンゴールで。


まっすぐ帰る気になれなかった。

サッカーボールをかかえて、神社によった。


――くやしかった。

――はずかしかった。

なみだがとまらなかった。


考えに考えて、サッカーをやめようと決心した。


気がつくと、あたりは暗くなっていた。

空をみると月がでている。

満月だった。

ずいぶん長い間、考えこんでいたらしい。


「そこの!」

こま犬の前を通りすぎようとしたぼくに、だれかが声をかけた。


へんなやつが立っていた。

うす暗くて、よく見えなかったけど、年寄りであることはまちがいない。

おとなにしては、ずいぶん小さかった。

長いひげをはやして、へんな服をきている。

神主のかっこうにそっくりだった。


「どうした? えらくつらそうではないか。もしや、ここがどこだかわかっておらんのではないか?」

だまって通りすぎようと思った。

だけど、足がとまった。

そいつのまわりがぼんやりと光っているように見えたからだ。

気のせいだろうか?


「――神社だけど」

「それならどうして、おまいりをしていかぬのじゃ。『こまったときの神だのみ』ということばを知らぬわけでもあるまい」


聞いたことはあるけど、そんなことをしてもむだに決まっている。

そいつは、ぼくの返事を待たずにつづけた。

「そのほうは運がよいぞ。願いは、かなえられたもどうぜんじゃ。なにしろ神さまであるわしが、じきじきに聞いてやろうといっておるのだからな」


神さまだって? 


なにいってんだこいつ、頭おかしいんじゃないか? 

と思ったとたん、そいつのまわりの光が強くなった。


まさか?

ほんとうに? 


そんなことがあるのだろうか?

ぼくの気持ちなどおかまいなしに、そいつはボールを指さした。

「それは、あれか? けるのか?」

ぼくは、思わずうなずいた。

「おお、けまりか! なにをかくそう、わしは、けまりがとくいでな」


けまりというのは、ボールをけってあそぶ、むかしのスポーツだ。

それにしても、そいつは本当にうれしそうな顔をした。

ぼくも、きのうまでは同じような顔をしていたのだろうか?


「じゃあ、あげるよ」

「ん?」

ぼくは、ボールを投げた。

下からゆっくりと。

そうでもしなければ受けとれないと思ったのだ。

ところが、そいつは後ろ向きになってヒールキックで返してきた。

おどろくほど正確に、ぼくのむねに。

返ってきたボールもぼんやりと光っている。


ほんとうに神さまなのだろうか?


「あげるとは、どういうことじゃ?」

「もう、やめるからいいんだ」

ぼくは正直にこたえた。

「ほほーっ。なるほど。そうか、けまりの試合に負けたのじゃな」


あたっている。


ひょっとしたら本物かもしれない。


神さまは、なんだかうれしそうにつづけた。

「けまりがうまくなりたいのであろう? かんたんなことじゃ」

「ほんとに?」

おもわず、口にしてしまった。

「ほんとに? とはなんじゃ! 神さまをうたがうのか? しつれいなやつじゃ。バチをあててくれようか」

「……ごめん……なさい」


とりあえずあやまった。

神さまのまわりの光が強くなったからだ。

どうやら、感情の変化が光にでるらしい。

さわらぬ神にたたりなし、ということわざもある。


「――まあ、しかし、こわっぱのいうことじゃ。今回ばかりは、おおめにみてつかわそう」

きげんがなおったのか、光が弱くなった。

ほっとする。

「ところでそのほう。古来よりこの国では、神さまに力をかりようとするときは、ささげものをする習慣があるのだが、知っておるか?」


ぼくは、めいよばんかい、とばかりに、じしんまんまんでこたえた。

「知ってる! ごはんとか、まんじゅうとか。うちのばあちゃん、線香たいて毎日おがんでるんだ」

「それはちがう宗教じゃ!」


光が強くなった。


やばい! おこらせてしまった。


「わかりやすくいってやろう。金だ! 古来はちがったのだが、今は、まあ、そういうことだ」

「ああ、おふせのことだね」

「それはちがう宗教だといっておるではないか! さい銭! もしくは玉ぐし料じゃ!」


光がますます強くなった。


ほんとうに、やばい。


ぼくは、あわててサッカーシューズを買ったのこりのお金をポケットからとりだした。

千円だった。


「……ふん。まあ、こわっぱじゃからな。とくべつにサービスしておこう」

神さまは、ちょっとふまんそうだった。

ぼくはおもわず、聞きかえした。

ぼくにとって千円は大金だ。

「さい銭が少ないとだめなの?」


神さまは、むっとした顔でこたえた。

「あたりまえじゃ! 有名大学に合格させろとか。かっこよくて、やさしくて、親と別居してくれる、お金持ちの男の人と結婚させろとかを、千円ぽっちでかなえられるものか」


日本一サッカーがうまくなりたい、と願いごとをするつもりだったぼくはいいかえした。

十万円とか百万円とかいわれても、ぼくに出せるわけがない。

「神さまって、お金なんかに、こだわらないもんだと思ってたんだけど……」

「ばかもの! ただで、すべての望みをかなえていたら、しあわせな者ばかりになってしまうではないか。たよってくる人間がいてこその神さまじゃ。……なにより、拝殿も古くなっておる。建て直すには金もかかる。たくさん出した者の願いを優先させるのが、すじというものであろう」


なんだか、うさんくさい。


神さまというよりは商売人のようなことばだ。


ぼくのいんしょうはまちがっていなかった。

あとで、おとうさんに聞いたら、ここの神さまは『商売の神さま』だといった。


「やくそくは、やくそくじゃ。願いはかなえてつかわそう。ただし、制限つきじゃぞ。そのほうの場合、今はいているくつに神通力をあたえるとしよう」

神さまは、そういって、ふところからおふだを二まいだした。

「これを、そのくつに入れておくがよい。練習をつめばつんだだけうまくなることうけあいじゃ」

おふだを受けとろうとすると、神さまはいった。

「境内のそうじをすればさらにうまくなるぞ」


     二、


うさんくさいとは思ったけど、神社の下の広場で、その日から練習をはじめた。

うたがっていてもはじまらない。

ぼくは、うまくなりたかったのだから。

雨の日も、かんかんでりの日も休まなかった。

神社の境内のそうじもした。

おまいりもかかさなかった。

それにしても、おまいりにくる人が少なかった。

ケチなことをいわずに願いをかなえてあげれば、もっとふえるのにと思った。


あれいらい神さまはすがたをあらわさなかった。

それでも、ぼくは練習をつづけた。

雨の日も、雪の日も。


さいしょは、よくわからなかったけど、半年もすると、自分でもうまくなったと思えるようになった。


    三、


0―0のまま、後半にとつにゅうした。

雨がふってきた。

かんとくは、練習ではつかってくれるけど、試合ではつかってくれなかった。

オウンゴールは、それほど大きかった。

きょうの試合もだめだろうと思っていたら、声がかかった。


よし、やってやる。

じしんがあった。

じゅんび運動にも力がはいる。

だけど、足もとのシューズは、ぼろぼろだった。

つま先にあながあき、そこがはがれかけていた。

とても、試合終了まで持ちそうにない。

スパイクの先もすりへっている。

この天気ではすべってしまうだろう。

横においた新しいシューズが目にはいった。

このシューズに神通力はない。


空を見あげた。

雨はやみそうにない。


――ぼくは、かくごを決めて、新しいシューズを手にとった。


    四、


力いっぱいかしわ手をうつ。

さい銭をふんぱつした。


1―0で勝った。

しかも、ぼくのアシストで。


雨はすっかりあがっていた。

石だんをおりようとしたとき、うしろから声が聞こえた。


「どうじゃ、けまりはおもしろかろう」


ふりむいたが、だれもいなかった。

そこにあるのは、石のこま犬と、満開のさくらの木だけだった。

じっと見つめていると、こま犬がわらった。


神さまと会えるかもしれない。

そう思って一歩をふみだしたとたんに、つむじ風がおそってきた。

足をとめ、そっと目をあけると、空いちめんにさくらの花びらがまっていた。


あたたかい春の日の昼下がりのことだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 神様と少年のやり取りが面白かったです。 いい作品だとおもいます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ