子犬王太子、元悪役令嬢に謝罪する。
「お前さ、王太子妃になるわけ? 僕は……」
「カインが反対するだろう」
「しかし、陛下じきじきだと難しいぞ」
「ああ」
ルード・エルとしての身分証タグを鎖で通し、私は服を着替え、アインの部屋にいた。
しかしアイン、お前逃げやがってというと、ルードが王太子妃になるなんて思ってなかったんだよと言われてしまった。アインの部屋に泊めてくれといったら拒否された。
誤解はされたくないらしい。あーあ、客室か、あそこあまり好きじゃないんだよな。
「一応お前、男か女かわからないし」
「一応女だ」
「お前、庶民だろ?」
「一応男爵の血筋のカインの養子だが、一般人にしかすぎんな」
「今いくつだ?」
「27歳」
私は腕組みをして、ソファに座っている。しかしこうしてみてもアインは私と同い年くらいに見える。アリシアが執着するはずだ。顔だけみればかなりランクが上なんだよな。
「15歳だぞレイモンド王子は!」
「そうだな」
「12歳もお前が上だ! 僕はさすがに」
「ああ」
私もアインも割と考えが甘いらしい。
エリス曰く、二人とも単純よねっていうことらしいが、エリスは同僚で名前はエリスレア、私の女子力が低いとよく文句を言う同僚だ。
「落ち着いたら、跡取りの問題も出てくるからさ、たぶん」
「ああ」
自分に利用価値があるなんて思っていなかった。
魔法は確かに利用価値がある。私は魔法の研究家としては諸国に名が売れてきていた。
魔法薬、アイテム、新しい魔法の開発。
カインもフロンティアからの引き抜きを受けている。
しかし予算がかなり削れてはいる。少し隣国からの引き抜きはぐらっときたのは確かだ。
さすがに生まれた国を出るのは惜しかったので、断ったがな。
「なんだろう、私は利用価値がある人間なのか?」
「王太子妃としてや、女としてはないが、魔法使いとしてはあるな」
「はあ」
「魔法構築、センスは抜群だ。だからこそ副所長になれたんだろう? 僕だって君以上のアイテムは作り出せない」
魔法は万能と思われているが違う。
私は魔法は素晴らしい可能性を秘めていると考える。だからルードとしての名誉はうれしかった。
しかしルード・エルとしての利用価値として、王太子妃になどと考えるバカがいるとは思わなかった。
甘いな相変わらず。
『アデリシア! アリスをいじめ、階段から落として殺そうとした罪によりここに王太子ディーンとして宣言する。お前を断罪する!』
というかディーンの断罪宣言をあんぐりと口を開けて聞いていたバカなアデリシア。
牢屋に入れられ、ただ泣くばかりの私をバカにしにきたアリス。
というかアリスだ。女としてのあなたは最低、人に嫌われ傲慢で我儘なお嬢様、何も自分じゃできないくせにその地位だけで偉そうにしているとみんな言っていると嘲笑った。
くそ、あれはいまだに悪夢だ。
「くそ野郎、絶対にあいつだけは私は許さない」
「ああ、王太子妃、元だな。アリスなら国外追放が決まっている」
「国外追放?」
「確か罪状は浪費と不義だな。一応王子としての地位にあるディーンは田舎、いや辺境に幽閉らしい。領地があったろ確か、えっと」
「リンデンベルク」
「そうそう」
確かディーンの母上の実家がある。
幼いころ遊びに行った記憶があった。
政略ではあったが、まあまあ仲良くはしていたんだ。小さいころはな。
「あのルードさん……」
アインの部屋の扉が開いて、レイが入ってきた。ごめんなさいと開口一番謝ってきた。
「どうした?」
「僕、どうしても好きな人と結婚したくて、あの無理をいって押しかけて、父上の言葉にうなずいたりしてごめんなさい。僕、僕!」
「ああもう気にするな。とりあえず保留にはなったしな。あのな、レイ、私ではなく違う令嬢を選ぶのが一番いい。ルードとしての私の利用価値と王太子妃をはかりにかけたら、お前の将来的にはお似合いの令嬢と一緒になるのが一番いいぞ」
泣きながらこちらを見るレイ。絶対に嫌ですとまたいいやがった。
そういえばアリシアも頑固だった。
初恋こじらせた人間は最強だとカインも言っていたが……。
「あのな、私はルードとしての魔法研究がしたい」
「僕応援します!」
「私はお前を愛してはいないんだ」
「好きになってもらうよう努力します!」
だめだ、アリシア二号だ、私がいくらいっても納得しやがらない。
くそ、彼氏とやらの一つでもいると言っておけばよかった。
レイは待ちますだからと泣きながら縋り付いてくる。
ああ、なんだ私が悪いような気がしてきたぞ。
「僕、待ちます。ずっとずっと待ちます!」
「私は絶対に王太子妃にはならん。あきらめろ!」
「いやです!」
どうも王子としての地位を捨てて私に会いに行こうとまで初恋をこじらせて思い込んでいたらしい。
ぼそぼそと話すレイ。
暖かいお茶を入れてやったら喜んでいるが、アインが恐れるように身を引いていた。
変なものはいれとりゃせん。
「私は研究所に戻りたい」
「僕、好きになってもらうよう頑張りますから!」
「あのな、だから」
「時間をください!」
「あのな」
アリシアを十年説得できないアイン、そして絶対に諦めないと緑の目に決意を新たにするレイ。
私がいくら言っても聞きゃしない。
まだ15歳だ、気が変わるだろうと思うが。
しかしルードとしての自分が利用されるかもしれないのなら別だ。
「私はこの国においてアデリシアに戻る気はない」
「ええ大丈夫です!」
「だから私は貴族としてに地位がない、なので王太子妃にはなれん」
「儀姉上という前例がありますよ」
「うっ」
「だから、大丈夫です!」
どうしたってこいつ諦めんつもりだ。絶対に好きになってもらいますとガッツポーズのレイ。
私はアインに助けを求めるとあきらめろというように両手をあげていた。
ここから私とこいつの攻防がはじまったのだった。