元悪役令嬢、狸との化かし合いに疲れ果てる。
君たちは知っているか? 悪夢というものは突然やってくるんだ。
「ルード、緊張しないで……楽しんでくれ」
「はあ」
「綺麗です。ルードさん!」
私はドレスを着せられることを断固拒否した。だから今は男のものを着ている。
なのに綺麗って微妙なセリフだ。
侍女がドレスを着せようと躍起になり、絶対に嫌だと私は魔法を使うことも考えた、するとギブアップされて男のものを着せられた。
そういえば私は賞の授与もそうだった。
そりゃ男と間違えられるってわけだ。
「もうすぐ公爵も……」
「あの、陛下、私はルード・エルとしてカイン所長の養子になっています。だからもう父上とも関係はありません」
一応カインは男爵の血筋だ。だからこそ所長になった。
そのカインの養子になることで、副所長の地位と身分を手に入れたということもある。
コネだといわれるのを打ち消すのは割と簡単だったが、さすがに身分証なしで活動はできんからな。
「アデリシアが見つかったと聞いて喜んでおられたが」
「は?」
「受賞の時に気が付かれたそうだ」
「はあ?」
どうしたってわかるまいと思っていた。
背も伸びた、それに眼鏡なんてかけてなかった。
かなり印象が変わっている。しかし父も陛下もレイモンドも気が付いたらしい。
くそ、しまった。
受賞式になんて出るんじゃなかった!
私はフォークを落としかけた。この肉固いぞ、しかし目の前にいる人物を見て黙り込むしかない。
レイはにこにこ笑って私の隣にいる。
誰か嘘だと言ってくれ。
アインが気の毒そうにこちらを見ていたが、ああ、助けてくれよと目線を送った途端、あいつ逃げやがった。
一応宮廷魔法使いだが、あいつ根性悪すぎる。
「しかし素晴らしい、人造人間研究はどうだい?」
「いえまだ生成すらうまく……」
「ほお」
しかし父上、お願いですから来ないでください。
私が神様に祈った途端、扉があき、私と同じ色彩をもった中年男性が現れた。
中年というより壮年か? もう50歳だからな。
頭もかなり薄くなってきている。
「ルード・エル。いやアデリシア……久しぶりだな」
「お久しぶりです父上」
「私はお前に会いにいけなかった、すまない。アデリシア、アディ、私の……」
「悪いが父上、私はもうカイン所長の養子でルード・エルという身分にある。あなたの娘ではない」
涙を流して歩いてくる父上、悪いが絶対に信用できん。この方は身内ですら簡単に切り捨てられる方だ。私がルードとわかったら絶対に利用を考える。
いや、考えていた割には行動が遅いのはどうしてだ?
「公爵令嬢としての身分を陛下が戻してくださるそうだ。ルード・エルという名前は捨てて、アデリシアに戻ることも……」
「断る。私はルードだ。それにもうあんたたちに関わり合いになりたくない。母上も相変わらず愛人と遊んでるんだろ?」
「アディ、陛下の前で!」
「私はもうあんたに関わりたくないんだ」
どうも私の言葉がいやみたいで、すごく顔をゆがめる父上。言葉遣いはこんなもんだ。あんたの娘のアディはもういないんだよ。
「私はルード・エルだ。それに私は王太子妃になぞならん。私は私だ」
「おいおいレイ、説得すると」
「父上、僕はシアさんが納得してくださるまで王太子妃を置くつもりはなりません。それを」
「ああわかった。うんうん、可愛いレイモンド。わかった」
私はふうとため息をついて、強い目で父上をにらみつける。
眼鏡をあげて、絶対あんたのところになんて戻らんからなと指を突き付けた。
いや、私が甘かった。
絶対こんなやつ、王太子妃になぞせんだろうと思っていたが『ルード・エル』としての魔法研究家とはかりにかけたら、陛下はルードをとられたんだ。
私は今はだれもが夢だと言っている賢者の石を研究している。
これさえあれば魔力がなしでも魔法が使える。
金の生成も可能だ。
人造人間から作り上げられるんだ。
フロンティアからの誘いはエリスの恋人であるヴェルからあった。
ヴェルは隣国の王子だ。妾腹ではあったが。
それを知っていろいろ仕掛けてきたんだろう。
だがレイは知らないようで、絶対説得するまで待ってくださいと力説している。
単純だから利用されたのかもな……気の毒になってきた。
「私は王太子妃にはなりません」
「アディ、戻ってきてくれ」
「いやです」
父上をにらみつける私、この人はあっさり私を放逐した。なのに今更か? ばかばかしい茶番だ。
私がもう帰りたいのですがというと、泊まっていけと陛下に言われてしまった。
というか簡単にお会いすることができたり、簡単に王子が抜け出せる王城って……。
世相に疎い私のためか、レイモンドが説明してくれたが、しかしな。
私は引き止められ、聖なる夜を因縁の王城で過ごすことになってしまったのであった。