これが恋かあああアアア゛ア゛
旧校舎から辛うじて脱出すると、ハヤトと別れ、俺とビオラで副校長に向かっていた。
昼休みが何時までかは不明だったが、この世界の歴史や文学を聞いても仕方がない。
急いでも待ってるのは副校長だけなので、お散歩がてらゆっくりと廊下を歩いていた。
窓から差し込む太陽の光がゆっくりと俺の体を温める。
「気持ちいいなあ……」
「そうですね」
右後ろを歩くビオラの応答を聞きながらボーッと歩いていた。
「失礼する。 オオバヨツバさんとお見受けしてよろしいか?」
微睡みながらお散歩していると、背後から声をかけられた。
誰だかしらないが、心地よい昼下がりの一時を邪魔しようとはいい度胸だ。
ここで、「なんだぁ?」とガン飛ばしても良いのだが、慣れないことをすると声が裏返ってしまう可能性が高い。
こういう場合は静かに舌打ちをするのが礼儀正しいマナーである。
こういう時のために毎日、連続10回舌打ち5セットをしてきたのだ。ぬかりはない。
舌打ちをしようと振り返った瞬間、身体の大動脈から毛細血管に至るまで、あらゆる血管に電撃が流れるほどの衝撃を受けた。
黒いロングスーツのような装いに、腰まである艶やかな銀色の髪と、昼間の猫を思わせる鋭く、黄色の瞳孔。
その瞳に釘付けになってしまった俺は、舌打ちどころか、開いた口が塞がらなくなってしまった。
「もし? 聞いておられるか?」
フリーズしたように動かない俺に、彼女は小さく手を振る。
「はっ……はい! 聞いております……!」
「そうか……。ならばいいのだが……。私はシャルロットだ」
シャルロット“さん”は後方を手を向ける。
「あちらに居られるウルカ グアリー様の付人をしている」
廊下の突き当たりに、辛うじて金髪の少女が見える。シャルロットさんは彼女の事を言っているのだろう。
しかし、俺に何の用だろうか。あっ……、これが逆ナンか!
脳天気な考えを打ち消すように、校内放送が流れた。
『オオバヨツバ、オオバヨツバ、速く副校長室まで来なさい!』
生憎だが副校長。目の前に、こんな魅惑の女性がいるのだ。
お前の所なんざ行くはずないだろ!
「なるほど。まだ、ストレンジ副校長から件の話を聞いておられぬか。ならば、また後の方が良いな」
シャルロットさんは踵を返して金髪の少女の元へ行ってしまう。
ちょっと待て! と言う勇気は無かったが、辛うじて…………。
「また、会えますか?!」
と聞くことは出来た。
シャルロットさんが俺の方を見て、頬を緩める。
「君が、“依頼”を受けてくれたならばね」
そう言い残して彼女達は去ってしまった。
しばらくの間、その虚無感からか身動きが取れない。
そんな俺を心配してビオラが声をかけた。
「どうされました? シャルロット様に緊張されましたか?」
「いや……、そういうのじゃなくて」
この胸の辺りをモヤモヤさせる感情はなんだ……。
初めてではない。たしか、女子から消しゴムを貸してもらえた時と、お礼を言われた時も同じ感情が湧き出てきた。
あっ! これか!
「これが恋かああああああアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
獣の咆哮のように叫ぶ。
あの銀髪に、鋭い瞳孔に、俺は惚れてしまったのだ。久しく忘れていたが、なんと素晴らしいことだろうか。
「そうとなれば、副校長室まで急ぐぞ!」
意気込みよく廊下を駆け出したが、後を追うビオラの足音が聞こえない。
おかしいと思い振り返ると、先ほどの場所から一切動いてなかった。不機嫌そうに頬を小さく膨らませて俺の方を見ている。
「どうしたんだよ」
「マスターは、髪の長い女性が好みなのですか?」
「まあ……、一概にそうって訳じゃないけど、割と好きかな」
「そうですか……」
人型魔導書は寂しそうな顔で、肩にかかった髪を撫でると、俺の方に駆けてくる。
続きは10時頃更新します