生憎だが一世紀に1人の馬鹿だ
昨晩は寮に案内され、人型魔導書との同居を余儀なくされたが、ここでは割愛させていただく。
時間はとんで翌日の学園。
俺とビオラは、副校長室に呼び出されていた。
「朝っぱらから何の用だよ」
副校長は机に肘をついて、真剣な顔で俺を睨む。
「ヨツバ、お主がなぜこの世界に呼ばれたか答えてみい」
「向かうとこ敵なしで、女の子達とイチャイチャ極楽生活を送るため」
ドンッ! と副校長が拳を机に叩きつけた。
いつに無く真剣な表情で、こちらもビクビクしてしまう。
「冗談……冗談。ただの理想だよ。えーっと学園の治安を守るんだっけ?」
「その通り。それでコレを授けよう」
副校長は机の引き出しから分厚い紙束を取り出すと、俺に放り投げた。
「なにこれ」
「問題の生徒リストじゃ。それに沿って懲らしめてくれ」
紙には、顔写真と、その横に星のマークと名前、備考などがぎっしりと詰まっている。
「こんなにいるのかよ…………。あと、写真の横に付いてる星のマークはなんだ」
「言うならば“強さの度合い”じゃの。多ければ多い程強いという認識で構わん。…………でも、主が超万能の天才だと仮定して作ったものじゃから当てにあるかの……。主、格闘技の経験とかはあるか?」
「ある訳ないだろ。あっ、でも学校でしてた妄想の中なら百戦錬磨だぞ」
普段は大人しいが、キレると何をするか分からない二枚目キャラ。特殊な戦闘法で不良達をバッタバッタとなぎ倒し、付いた二つ名は“眠れる魔王”という設定だ。ちなみに、その妄想では可愛い幼なじみもいる。
「今の主では勝てる要素が少なすぎる。まずは、星1から順番に経験を積んでくことじゃの」
「そんな面倒臭いことできるかよー。いっそ、一番星が付いてる奴倒せば済むんじゃないか?」
「ワシでも敵わんのじゃから、お主じゃ天地がひっくり返っても無理無理。大人しく1から始めい」
扉がノックされたのはその時だ。
「失礼します」 という声と共に1人の男子生徒が入ってきた。
よく見ると、昨日のクラスメイトである。相手も気づいたようで、真顔で俺を見た。
「紹介しよう。風紀委員のハヤト バークリー君だ。しばらく、主の案内係として呼んでおいた。そして、 ハヤト君。こちら―――」
「大葉 ヨツバ。クラスメイトですから知っていますよ」
「そうか……。では、しばらくの間頼んだぞ」
話に入れなかった俺は、風紀委員って本当にあるんだなぁと1人で考えていた。
気づけば、ハヤトが俺の前に立ち、手を差し出していた。
「よろしく頼む」
「えっ……ああ。こちらこそ」
動揺しつつも握手に応じる。
以前ハヤトは真顔だった。しかし、明らかに「めんどくせぇ……」という目をしているのを、俺は見逃さなかった。
「めんどくせー。何が“1から”だよ、100人位いるじゃないか。どんだけ不良いんだよ」
「お前に付き合わされるコッチの身にもなれよ。研究の時間を割いて仕方なくやってるんだぞ」
向かい側に座るハヤトは不機嫌そうにしている。
ビオラが俺のすぐ横に座っているせいか、クラスの目線は昨日より痛い。
「お二人共落ち着きましょう。何事もコツコツやることが大切です」
「コツコツやって終わるものなのかね……」
紙束には、“人生踏み間違えました”みたいな厳つい顔の写真が何枚も載っている。
強面な写真を見すぎて、気付かぬうちに自暴自棄になっていたのだろうか。その時、唐突に無謀な考えが頭に過ぎった。
「やっぱり、星が一番多いやつに挑んでみるか」
「それは無謀すぎる」
「ストレンジ副校長にも止められたではありませんか」
二人の話は聞かずに、最後のページを開く。ちょうど1人の生徒が目に入った。
「おっ! こいつ星10もあるじゃん」
評判のいい洋食店でも見つけた気分で席を立ち、ハヤトの腕を掴んだ。
「おいやめろ! 下手したら殺されるぞ!」
「大丈夫だって。なんか不思議とイケる気がするんだよ」
「それは大体ダメな時だ!」
ハヤトを連れて無理やり廊下へと出る。
ビオラは俺達の後ろをいそいそと付いてくるのだった。
「あれが、星10の奴か」
「ああ、アーサー ペイジ。名門魔術一族 ペイジ家の跡取り息子だよ」
廊下の隅に身を隠しながら、“標的”を覗き見る。
廊下のど真ん中に王座が設置されており、その上で女子生徒と戯れているのが当のアーサーだろう。非常に邪魔で、副校長が問題視する理由もなんとなく分かる。
赤髪を後ろで纏めており、遠目で見れば女である。
名前からいって強そうだが、見た目もそれに負けず劣らずのもので、“人生の勝ち組”というオーラが滲み出ている。
「まさか、本気で挑もうなんて考えてないよな?」
「ここまで来て、帰るわけにもいかないだろ」
「やめておけって。アイツは家も金持ちだし、魔術の腕を天才レベル。俺達とは住む世界が違うんだよ」
「だからなんだよ!」
俺は立ち上がった。
何が、金持ちだ。何が、天才だ。笑わせるな。
「俺はな、自分より恵まれた奴を見ると無性にムカつくんだよ! しかも、それを自覚して、他人に見せつけるような奴は尚更だ。 元の世界じゃずっと我慢してきたが、こっちでも我慢する気はない!」
ラスボスを前にした主人公並の迫力ある発言だったが、内容は自己中心的なクズのそれである。
しかし、我慢出来ないのだ。あんなに女子とイチャコラしている所を見せられたら、我慢なんて出来るはずがないのだ!
境遇も恵まれ、才能もある。そして、ハーレム! 俺が異世界でやりたかった事を全て実現しているではないか。羨ましすぎて吐きそうだ。
「だから、ビオラ。その為に力を貸してくれ」
「もちろんです。マスターが望むならば、私は最大限お力添えをするまでです」
決意はできた。
勝てる可能性がゼロに等しくても、ここで引いたら異世界まで来た意味がない。
王座の前まで歩を進め、堂々と仁王立ちをした。ビオラは俺の右後ろで止まる。
「ああ、もう! どうなっても知らないからな!」
散々嫌がっていたハヤトも意を決したのか、オドオドしながら俺の後ろにやって来る。
話しかける勇気が無いわけじゃないが、アーサーが気づくまでジッと睨み続けた。
しかし、イチャコラは止まらない。
ハヤトが話しかけろ、と言いたげに肘打ちをしてきたが、俺は無言を貫いた。
それでも、イチャコラは止まらない。
「ん? なんだお前は」
何分が経過していただろうか。
半泣きになり、いっそ無かったことにして発狂しながら逃げ出そうか考え始めた頃、アーサーがやっと俺達に気づいた。
「やあやあ我こそは 天の命によって舞い降り、貴様に天誅を下す者なりぃ。公衆の面前でイチャコラしている者よ、手合わせ願う!」
「天の命など受けていないではありませんか」
「いいんだよ。それっぽいこと言っとけば」
俺がスタイリッシュに名乗りを終えると、アーサーは肘掛けに肘をついて「ふむ」と唸った。
女子生徒がまとわりついているため、動きづらそうだ。個人的には羨ましいがな。
「早口で聞き取りづらかったが、つまりは、俺と“決闘する”。という事か?」
「そういうことだ」
アーサーが王座から腰をあげようとすると、纏わりつく女子生徒達が『気にすることないじゃ〜ん』『あんなのほっとけばいいよ〜』と彼を誘惑する。
「俺に挑むとは余程の腕がたつか、四半世紀に1人の馬鹿かのどちらかだ。お前、名はなんという」
「大葉 ヨツバ。生憎だが一世紀に1人の馬鹿だ」
アーサーは苦笑すると、指空きグローブがはめられた右手を俺達に向けた。
「俺に挑もうという奴は久しぶりだ。その心意気をかって、最強の剣―――崩剣インバリダスで葬り去ってやる」
「インバリダスだとっ?!」
ハヤテを筆頭に女子生徒達がざわつきだした。
「そんなに、ヤバイ剣なのか?!」
振り返ると、ハヤトが冷汗をかいていた。
「ペイジ家の独占魔術―――“アレビスの武装魔術”で啓源する剣だ……。一振りで辺り一体が塵と化すと言われている……」
「……………………まじか」
そんなヤバイ剣に敵うはずがない。
なぜかイケる気のしていた数分前の俺よ、考え直すんだ! アーサーは俺がなんとか出来る相手ではない!
今から謝れば許してもらえるだろうか? そう思った時には、不幸にも詠唱が開始されていた。
「gratiaAlvis------------------」
緊迫からか、辺りに静寂が訪れる。
居合わせた者全員が息を飲みんだ。
かくいう俺は、どうしようもできず、極楽へ行くため念仏でも唱えようかと血迷っている。
天国はこの世界よりマシな場所だろうか。もしかしたら、神様とかにチート能力付きで転生させてもらえるかもしれない。ワーーイ。だったらボク嬉しい! 今度こそハーレム作るんだ。折紙並に多色な髪の美少女達と毎日幸せに過ごすんだ!
そして、庭付きのお城に――――――。
…………ちょと待て。こんなに妄想を垂れ流したというのに、アーサーの詠唱はまだ続いているではないか。いつになったら終わるのだ。
「なあ、あの詠唱はいつ終わるんだ」
しびれを切らして、緊張した面持ちのハヤトに聞いた。
「アレビスの武装魔術だからな……。あと30分で完了してしまうだろう……」
30分?! その間、ずっとこの緊迫した空間が維持されるのか。
なんて阿呆らしい。俺はアニメの敵役じゃないし、詠唱を待つほど寛大な心も持ち合わせてない。
「ビオラ、どれだけ詠唱文が長くてもいいから、一撃で倒せるような魔術あるか?」
「検索します…………。マスターの魔力では難しいでしょうが、私の内蔵魔力を上乗せすれば“ラヴトスの溶岩魔術”で可能かと思われます。…………しかし、代償が―――」
「代償とかは大丈夫だ。早く詠唱文を流してくれ」
ビオラは不安そうに俺を見つめたが、決意のこもった俺の瞳を見て躊躇いも消えたようだ。
「分かりました。思考共有により、“ラヴトスの溶岩魔術”の詠唱を開始します。平均詠唱時間は11分 10秒です」
「俺なら一瞬だよ。――――――gratiaRavutosu」
詠唱を開始したのと同時に右手をアーサーに向ける。
アーサーは集中しているのか、瞼を閉じている。しかし、俺が詠唱を始めたことに、ハヤトを含め周りの生徒達は気づいたようだ。
詠唱を続けると、右手に岩石が形成され始めた。
“溶岩”のように熱がこもっており、右手を焦がしているのを感じる。その痛みのせいか、詠唱を速く終わらせようと、口が更に活発に動く。
「おい!なにしてんだよお前」
ハヤトの怒鳴り声。しかし、もう止められない。
鬱憤や嫉妬などがこもった渾身の力で叫んだ。
「焦がし尽くせ ラヴトス!!」
その瞬間、形成された溶岩が疾風迅雷の如く飛び出す。
「……ッカ!」
放たれた溶岩がアーサーの腹部にめり込む。
一切の警戒もしていなかったのだろう、アーサーは膝をついて倒れると、それ以降起き上がることは無かった。
「詠唱時間 2分15秒。素晴らしいタイムです」
静まり返った空間にビオラの声が響く。
過剰に口の筋肉を使ったせいか、開いた口が塞がらい。そして、右手も溶岩のせいか、少し火傷を負った。
歓声と拍手喝采 → 胴上げ → モテモテ → ハーレム! という予定調和とも思える予想があったのだが、現実になる気配は一向にない。
代わりに訪れたのは罵詈雑言の嵐である。
「ちょっとアンタ何攻撃してんのよ!」
「せっかくの、アーサー様の詠唱が台無しになったじゃない!」
さらには、言われのない「馬鹿」「クズ」「マヌケ」「変態」「異臭」などの罵倒が………いや、どれも言われがある………… 。
ハヤトに助けを求めようと振り返ったが、失望したように目を逸らしている。
ここまで言われて黙っておけるほど仏ではない俺は、正論を突き返す。
「敵の前でチンタラ詠唱してるアーサーが悪いんじゃないか!!」
「プライドの欠片もないの?!」
「アナタから挑んだんだから、万全の状態で正々堂々戦いなさいよ!」
俺の発言は虚しくとも、女子生徒の声にもみくちゃにされてしまった。
正論とは多勢に弱いのである。
これ以上罵倒されては、深刻な女性恐怖症になるか、マゾの道を開拓してしまいそうだ。
こうなって打つ手は一つである。
「逃げるぞビオラ」
「了解しました」
あれ以上続けば、暴動に繋がりかねない。そうなれば女性に手を上げることになってしまう。と、最もらしいことを並べてその場から逃げ去った。
とりあえず、ここで一区切りですね。