魔術は三種類
夕暮れの学校。
教室に辿り着いたが、誰もいなかった。
「あー、やっぱり遅かったか」
「時間は決めていたのですか?」
「いや、それどころか場所も分からん」
補習の存在は男子生徒に聞いただけだ。
情報伝達を怠った教師の責任だろう。決して、寝てた俺のせいではない……はずである。
「ごめんなさい。遅くなりました!」
教室に駆け込んできた少女。
青色の髪は短く揃えられ、ニンジンの形をしたヘアピンで止められていた。服装はパーカーのようなレインコートにズボンをはいている。
教師というには幼すぎる外見だが、生徒というには奇抜な格好だ。
「君がヨツバくんだよね? 僕、先生の急用で代わりで来ました。レイビア アートレイです。よろしくお願いします」
平寧に礼をするレイビア。
なるほどボクっ娘か。見た目が少しボーイッシュなのとマッチして大変良い。
「へっ……へへ……。よろしく……」
「マスター。何故、にやけるのですか」
ビオラに指摘され、ハッと我に返った。
「すまん。異性と話すのは少々苦手だ。心がドギマギしてしまう」
「そうですか。………………私の時はちゃんと話せてましたね……」
そうビオラは言うと、フグみたいに頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。
…………何がいけなかったのだろうか。
「ヨツバくんの横にいる子は誰?」
「私は、マスターの“専属”魔導書兼、従者のビオラです。 ちなみに、この名は先ほどマスター直々に付けて頂いたものですので、お忘れなく」
「あわわ……。ご丁寧にどうも」
ビオラの丁寧(?)な自己紹介に、レイビアは慌ててもう1度お辞儀をした。
「それじゃあ、補習始めようか」
「ヨツバくんは今日転生したらしいから、まず魔術について説明するね」
レイビアが教壇に立ち、俺とビオラは前の席でそれを聞いている。
「まず、魔術は大きく分けて三種類。自由魔術、契約魔術、独占魔術の三つだよ」
レイビアは背伸びをしながら、黒板に三つの魔術を書き出した。
「まず、自由魔術。その名の通り、一切の権利も発生しない、魔力があれば、誰でも使える自由な魔術だよ」
「私の記録してある魔術も自由魔術になります。もちろん、契約魔術を追加することも出来ますからご安心を」
ビオラが補足する。現状、契約魔術が何なのか知らないので逆に不安である。
「それと、学校で習うの大半の魔術もこれに当たるよ。今日の授業で習った“フィボロスの弾性魔術”とかもね」
レイビアが自由魔術の下に『誰でも使える』と書いた。
「次に契約魔術。これがちょっと厄介なんだ。大きな特徴として、権利者----つまり、その魔術を作った人と契約しないと使えないってことかな。使う度に、魔力の一部が権利者に行くことになってるよ」
「ってことは悪魔とかそういう存在と契約するのか?」
「大半の契約魔術は“魔術管理局”が管理してるから、そこに行けば契約させてもらえるよ。でも、悪魔、妖精、神様とかが作った魔術なら直接交渉になるかもね。ちなみに、僕も2つの魔術と契約してる」
レイビアは『契約が必要』と書き加えた。
“魔術”を管理している機関があるとは……。この世界もなかなかややこしそうである。
「じゃあ、“独占魔術”はどうやったら使えるんだよ」
「残念だけど、どうやっても使えないよ。独占魔術は、契約が一切出来ないものを言うんだ。だから実際、製作者以外使えない」
なんたるおこがましさ。自分で魔術を創っておいて、あわよくば独占しようとは!
しかし、自分だけのものにしておきたいという気持ちも分かってしまう……。
何となくだが、スマホのアプリに似ていると思った。
自由魔術は無料のもの。
契約魔術は課金が必要で、有料のもの。
そして、独占魔術は制作者だけのもの。
多分この位の解釈でいいだろう。
「大雑把だけど魔術について理解したところで、実際にやってみようか」
「やってみようにも、俺文字読めないんだよね…………」
ビオラがため息をついた。
「そのための私ではありませんか。もう既に“視覚の共有”をしてあります。黒板の文字は読めていますね?」
…………言われてみれば読めている。
テンポ的な都合かと思っていたが、そういう仕組みだったのか。
「ってか、視覚共有してんの?! なにそれ怖い」
「視覚だけではありません。魔術使用時には“思考”も共有させ、詠唱文を直接マスターの頭に流しますので」
思考もですか……。淫らなこと考えたら筒抜けじゃないか。
その通りでございます、マスター。
うわっ! “思考共有”とはいえ、地の文にまで入ってくるな!
「それじゃあ、今日やった“フィボロスの弾性魔術”でもやってみようか。ビオラちゃん、詠唱文は登録されてるよね?」
「もちろんです。“フィボロスの弾性魔術”、フィボロス・アッカーの作成した代表的な魔術の1つ。平均詠唱時間は7分29秒になります」
7分29秒……。この世界の人間は弾むだけの魔術にそれだけの時間をかけるのか……。
というか、あの教師、平均よりだいぶ遅いじゃないか。
「分からないこともあるだろうけど、習うより慣れろだよ」
レイビアは教卓の中から、金属の球体を取り出すと、俺に渡した。
ズッシリと重い感覚が腕に伝わる。
(それでは詠唱を始めます。マスターは流れる詠唱文を口にだせばよいのです)
頭にビオラの声が響く。そして、言われた通りに詠唱を開始した。
「│gratia Fiborosu《フィボロスに幸あれ》……?」
流れる文章を読む。
声に出した分だけ文が追加されていくようで、夢中で詠唱を続けていると、口の動きも比例して速くなっていく。
「------------------世界の理、重力よりこの物質を解き放て!」
終わると同時に、深く息を吐いた。
これで、この球体は弾むはずである。
初めての魔術。球体に変わった様子はない。上手くいったのだろうか……。
頬に汗を垂らしながら、球体を床に自由落下させる。
ペコ……という音ともに小さく弾む球体。
教師のように大きく弾んだわけではない。空気の抜けたボールのようだ。
「やったぁ!やったやった! 弾んだ弾んだぞ! 見たかビオラ今の見たよな?! 弾んだぞ!」
「初めての魔術を成功させるとは、流石ですマスター」
子供のようにキャッキャと喜ぶ俺。
弾むだけだとバカにしておいて、自分が出来ると嬉しくて仕方ないのだ。
女子が見たら、きっと母性本能をくくずられてトキメいてしまうはずだ。
「レイビアも見たよな!?」
口をポカーンと開いままのレイビア。我に返ったように大きな拍手をする。
「すごい! こんなに速い詠唱初めて見たよ!」
え…………? そこですか…………。
「ただ今の詠唱時間は1分 52秒。平均を大きく超えた記録ですね。流石マスターです」
それは、単に早口過ぎるだけである。褒める点ではない。
しかし、浮かれている今の俺に、そんな冷静な思考回路はない。
「やった! やったぞ!」
ついには、ピョンピョン弾み始めて、はしゃぐレベルである。
これか! これが異世界特有の愉悦か!ヨイショか!
立ちくらみがして、倒れたのはその時だ。
「マスター!?」
愉悦感に逆上せるほど浸ったせいだろうか、ビオラの手をかりてやっと立ち上がった。
「体内の魔力が切れたのでしょう。初めての魔術詠唱ですから、仕方のない事です」
「でも、あの詠唱凄かったよ! 初めてなのに魔術も成功したし」
これだけで、魔力が無くなってしまうのか……。風邪を引いたみたいに頭がグラグラする。
普通なら無限の魔力とか貰えるのに比べて、乏しい……乏しすぎるぞ。俺の強みが、早口故に詠唱が速いだけではないか。
「マスターの魔力も切れてしまったようですし、本日はこのへんにして頂けますか?」
ビオラの提案と同時に、チャイムが鳴った。
「完全下校のチャイムも鳴っちゃったし、このへんにしておこうか。“フィボロスの弾性魔術”も、練習して魔力が増えればもっと弾むようになるよ」
使用した球体を教卓に戻し、俺達は教室を後にした。
窓の外は既に暗がりで、一番星が輝いている。
「…………んん。ごめん僕、ちょっと御手洗行きたいかも」
照れくさそうにモジモジするレイビア。
そう言えば、俺も転生してから行っていない。ウォシュレットは無いにしても、トイレットペーパー位はあることを願う。
レイビアに案内されてトイレに着くと、カルチャーショックを受けないように心構えをしてから扉を開ける。
内装は、特に元の世界と変わらないようで安心した。
しかし、違和感を感じたのは俺の後ろを付いて来る二人分の足音だ。
「おい、ビオラ。流石にトイレまでは着いてくるなよ」
「しかし、マスター。私は、一生添い遂げることを誓った身です。如何なる時もお側にいるべきかと」
「ダメだよ。男子トイレは男子の聖域なんだから」
レイビアにも言われ、ビオラは頬をふくらませて渋々承諾した。
「これで安心だね」
「ちがあぁああアあぁあぁあアああう。ビオラだけじゃないよお前もだよ。なんで居るんだよ!」
この後に及んで、レイビアはキョトンとした顔で首を傾げている。
しかし、発狂しそうになる寸前、俺は理解した。
そうか、彼女、いや彼は“ボクっ娘”ではない。“男の娘”である。
一人称が僕だから、女というミステリー小説顔負けの記述トリックに惑わされてはならないのだ。
「だって僕、男だよ?」
やはりそうか! 予想できていれば受け入れるのは簡単だ。
「正確に言うと、“中性”で、まだ正式な性別はないんだけどね」
予想の斜め上を弾丸の如く飛び抜けた回答である。
思考が追いつかず、開いた口が閉まらなかった。
話を聞くと、彼は“ネウト族”という種族らしく、未成年の間は性別がなく、成人の時自分の意思で決めれるそうだ。
「学園側も認めてくれてるから大丈夫だよ。それに将来は、男になる予定だから」
こんな可愛らしいんだから女にしろ!とは口が裂けても言えなかった。
魔力切れの披露もあってか、そこから一切口を開かずに、気まずいトイレを済ませた。
トイレから出ると副校長が息を荒らげながら待ち構えていた。
「どうしたそんなに興奮して」
「違うわ! お前を探して走り回ったんじゃ!」
副校長は怒って何かを言っていたが、俺の耳には入らなかった。先ほどのレイビアの件が原因だろうか。
「おい、聞いとるのかヨツバ。さっさと行くぞ」
「すまん。聞いてなかった、何処に行くんだ?」
「寝泊まりするための学生寮に案内されるそうです。しばらくはそこが家になるかと」
ビオラに補足されて、納得した。
なるほど、そう言えば衣食住のことは一切考えてなかった。
「僕も寮生活だから、ご近所さんになるね!」
天真爛漫に微笑むレイビア。
なぜ神は彼を中途半端な性別にしてしまったのだ。いっそ男なら割り切れたものを…………。
転生して、初めての友達は男でも女でもなかった。