―――戦えるんだろうな
「あの日から、一度たりとして忘れたことは無い……」
「私には……ビオラという、マスターから付けて頂いた名前が……あるのです」
「……しらばっくれるのもいい加減にしろ」
霞んでいく視界。
地面に倒れ伏す俺は、イールに首元を掴まれるビオラの姿を、見ていることしか出来なかった。
……ちくしょうなんでビオラを襲うんだよ。
腕に力を込めているはずなのに、全く立ち上がることが出来ない。……それとも、俺の体はもう諦めてしまっているのか……。
ダメだ……。もう意識もハッキリしない。
最後に見たのが、ビオラの苦しそうな顔なんて報われな―――。
――――――――――――――――――
「おっはー」
目が覚めると、世界は少し濁っていた。
ミヤビも地面に伸びて、ビオラもイールに捕まったままだ。ただ、全てが完全に静止していることを除いていつもの世界。
……それと、目の前で膝をついて、俺の顔をのぞき込む“歯の妖精”の姿があることも除く。
「なんだよここは?!」
起き上がろうとするが、セメントで全身が固められたに、指の一本も動かせない。
「動こうたって無理無理。ここは貴方の精神世界。言うならば夢みたいなものよ」
「精神世界だぁ? じゃあ何でテメェみたいな妖精がいるんだよ! 俺は夢の中にまで妖精がいるほどメルヘン男子じゃないぞ!」
「まぁまぁ……、こうしてるのにも訳があるわけよ」
妖精は、慌て喚き続ける俺を落ち着かせ、仕切り直すように息を吸う。
「私と契約しない?」
「断る」
「即答ねー」
「代償として歯を貰うっていうんだろ? 誰がお前なんざにやるかよ」
「確かに、出来るなら歯茎ごと全歯欲しいところね。―――でも、今はそんな事言ってられないんじゃない?」
歯の妖精は妖艶に笑うと立ち上がり、わざとらしく、俺の視界からビオラが見える位置に移動する。
「哀れで可哀想な子。誰からも助けてもらえず、このまま“教会”に絞め殺される運命……」
「……何が言いたい」
「分かってるんでしょ? あの子を助けたいなら私と契約するしかない」
イールに首を掴まれ、苦しさを噛み殺しているビオラの顔。それを見れば考える余地は無かった。
「……いいだろう。歯なり、歯茎なり好きに持っていけよ」
「うーん、歯ね……」
何を思ったのか、妖精は詰まらなさそうに髪をくねくねと弄り始めた。
「正直な所、私は歯なんてちっとも欲しくないわけよ」
「……は?」
言っていることがめちゃくちゃだ。
昼間は俺の歯を欲しがっていたのに、今は興味が無いときている。
まるで人が変わってしまったかのようだ。
「じゃあ、何が欲しいんだよ!」
焦燥感にかられる俺を、妖精は好機の目で見下ろす。
「実は私、いつもは魔術の研究をしてるの。それで、ある人の魔術を模倣しようとヤッケになってるのよ。でも、全然ダメ。一応試作品は出来たけど、試す人がいない」
「……だから何だよ」
「歯なんていらないし、何も欲しいものは無い。しいて言うなら実験データ。私の試作品と契約して、データを取らせて」
実験データだ?
不敵に笑う妖精は、怪しいの一言に尽きる。だが、今頼れるのはコイツしか……。
「…………わかった。契約してやろうじゃないか」
「“契約成立”」
そう言って、妖精は腕を大きく横に振るった。
その瞬間、俺の背中に激痛が走る。
「アナタの身体に直接詠唱文を刻んでる。我慢してね」
まるで、何全匹もの虫が俺の背中に捩じ込まれようとしている感覚。
今にも飛び出しそうな叫び声を抑え、俺は妖精を睨んだ。
「―――戦えるんだろうな?」
「それは保証する」
それさえ聞ければ充分だった。
濁っていた世界が、少しずつ元に戻っていく。もうすぐ、この精神世界からもお別れなのだろう。
元の世界に戻る直前、妖精の声が響く。
「―――化かされたわね」
――――――――――――――――――
「言え! お前の主人は何処にいる」
「わた……しのマスターは……、オオバ ヨツバ、ただ……一人です」
苦しそうに掠れた声で呟くビオラ。
どれだけ問いかけ、どれだけ首を掴む手に力を込めようと、それしか言わないビオラに、イールを苛立ちを感じていた。
「どれだけ知らぬふりで通そうと……」
イールは剣先を、ビオラの顔に向ける。
「私はお前の目を忘れてないんだよ!」
そして、ビオラの右目を覆う包帯を抉り剥がした。
顕になったのは、赤い左目とは別色の真黒な瞳。到底機能しているとは思えない、黒いその瞳は、目のあるべき場所に穴が空いてるようにすら感じられる程だ。
「その黒い目。忘れもしない……。私の家族を……、妹を殺したその目をっ!」
泣いているのか、叫んでいるのか、それとも笑っているのか、人間のものとは思えない大声を上げ、イールはビオラの右目に剣を突き刺そうとする。
イールの首に一本のベールのようなものが絡みついたのはその時だ。
次の瞬間、イールの身体は勢いよく後方に引っ張られ、屋上の地面に叩きつけられた。
その反動で、ビオラは手放される。
「―――大丈夫だったか、ビオラ」
咳き込むビオラに優しく声をかける。
「マスター……、“それ”は一体……?」
佇む俺の腰から生えた、一本の細い尻尾。
小さな文字の集合体で形作られ、先端は蛇の頭のようになっており、全体が波に揉まれるように揺れている。
「詳しくは分からない。……でもこれで、戦える」
今までとは違う。
血液に混じって“自信”が流れているような感覚。
今の俺なら“アイツら”にも……。
俺は着ていたワイシャツを脱ぐと、ビオラに被せた。
「あの……、私何処も怪我はしていませんが……」
「一度位は女の子に上着被せたかったんだよ」
俺が照れながら言うのと、イールが起き上がるのは同時だった。
「……お前、さっき迄とは違うな」
イールが口から垂れる血を拭う。
「何も変わってねえよ。さっきも今も変わらない。
―――オオバ ヨツバ。今も昔も一世紀に一人の大馬鹿野郎だよ」
ガチバトルが始まると話が纏めにくくならので、今回は短いですがここまでです。
ついに来ましたヨツバ強化パッチ!
歯の妖精と契約したわけですが……。その辺はなかなかややこしいので、何のこっちゃという方は4章の最初から読み直してみると、何となく納得できるかもしれません。
次回は日曜日です




