萌え滾った拳が貴様の体を貫くであろう
「ゾンビちゃん……ゾンビちゃん……」と呻きながら煉瓦製の道を歩く。その様は、さながら“生ける屍”そのものである。
気づけば、落胆した俺の歩調にピッタリと合わせた足音が付いてきていた。
「マスター……、私のせいでそんなに落ち込んでいらっしゃるのですか?」
人型魔導書は心配そうに問いかける。
副校長から貰ったのか、学園の制服を着ている。
「いや、俺の早口は異世界に来ても面倒ごとになるのか。って自分自身に落胆してるんだよ」
人型魔導書の外見設定を決める大事な場面。 俺がもう少し、ゆっくり且つ正確に詠唱していれば、愛しのゾンビちゃんと異世界学園生活が待っていたというのに……。出来上がったのは、ゾンビとは似つかない健康的な少女である。申し訳程度のゾンビ要素なのか、包帯が身体の所々に巻かれているが、俺の理想とはかなり離れている。
「どうやら、マスターは私の見た目にご不安があるようですね」
「まあ……、あるような……無いような……」
人型魔導書は俺の横に駆けてくると、不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。
「先程から呟いている“ゾンビちゃん”とは何ですか? それは生き物ですか? 物質ですか? 外見は性質はどういったものなんですか?」
人型魔導書の問いかけに、俺のスイッチがonになった。
「ゾンビちゃんが生き物かどうか? とは、なかなか哲学的な問だな。作品の大きなテーマの一つにもなっているが、第4話では―――」
落ち込んだ気持ちは何処へやら、気づけば人型魔導書に対して熱弁を奮っていた。
流石に引かれるかと思ったが、魔導書は熱心に相づちを打ち、数十分にも及んで熱く語ったゾンビちゃん論を聞き終わると、納得したように手を叩いた。
「なるほど。 早口で所々聞き取れませんでしたが、“ゾンビちゃん”とは生ける屍。つまりは、アンデットのことですね?」
ほとんど息継ぎなしで語った俺は息切れしながら頷いた。
「たしかに、私の外見は“ゾンビちゃん”とかけはなれていますね」
人型魔導書は自身の体を捻って手先や足元を見渡してた。
「でも、“真似”をすることなら出来ますよ」
そう言うと彼女は、俺の肩に手を添えると、首元にカプっと噛み付いたのだ。
「ほうえすかまふたー。ほんひにひえまふは?(どうですかマスター。ゾンビに見えますか?)」
その瞬間、生まれてから起きた全ての出来事が走馬灯のように頭を駆け巡った。
苦汁を飲むような色気のない17年。思い返せば良い思い出など雀の涙ほど。
消しゴムを貸してもらえただけで、恋だと勘違いした中学1年生。
お礼を言われただけで恋に落ちた高校1年生。…………雀の涙もないではないか。
しかしだ! かつて、ここまで異性に接近されたことがあっただろうか? 首元に甘噛みされたことがあっただろうか?
「でも、魔導書じゃん」と虚言を述べたいヤツがいるならば、前に出るが良い。熱く萌え滾った拳が貴様の体を貫くであろう。
彼女を抱きしめたい! という衝動に駆られる。
こんなことが倫理的に許されていいのだろうか? 答えは許される! なぜなら異世界でもだから!
彼女の脇の下を、俺の腕が震えながらゆっくりと回り込もうとする。
あと少しで、完全に密着できるというその時、彼女はハッと我に返ったように俺から飛び退いた。
「申し訳ございません……。マスターに対して何たる無礼を……」
恥ずかしそうに顔を赤らめる人型魔導書は何度も頭を下げている。
「…………いや、いいよ…………。へーきへーき…………」
全く平気ではない。今思い返せばなんて恥ずかしいことなんだ。
誤魔化すように、駆け足で歩き始めると、人型魔導書は俺の横に並んで、イソイソと付いてくるのだった。
「ところでマスター。まだ、“マスター認証”が完了しておりません。私の名前を決めてください」
「名前を決めるだけでいいのか?」
魔導書は頷く。
「ええ。名前を決めてくだされば、仮にこの世界の魔術が無くなったとしても一生添い遂げることを誓います」
名前を決めるだけで添い遂げてくれるとは少々素晴らしくぎる機能だな……。
ふと、地面を見れば煉瓦の間から一輪の花が咲いていた。
「…………じゃあ、ビオラなんてどうだ?」
安直すぎただろうか。
魔導書が目を閉じると、淡い青色の光が体から溢れた。
「“認証”完了しました。 素晴らしい名ですね。大切にします」
嬉しそうに微笑むビオラを見ると、自分の頬も緩んでしまった。
鐘の音が鳴ったのはその時である。たしか、転生して直後に聞いた学校のものだ。
「あっ! 補習あるの忘れてた。走るぞビオラ」
「承知しました」
その後、約20分の堂々巡りの末、学園に辿り着いた。