人型魔導書
異世界の町並み。
そう聞くと、広さだけが取得で、全体的に薄暗く、道端には小汚い孤児とオジサンが物乞いをしている、そんなイメージがあった。
完全に偏見である。自覚もある。
しかしどうだろう、目の前に広がる景色は。
煉瓦で出来た家や道路。至るところから聞こえる人の声、笑い声。
きっと、人が集まる飲み屋があるのだろう。何をするかも不明なギルドと言うやつもあるのだろう。
散々な1日だったが、この光景を観ただけでも満足してしまった。
「すげーな副校長。めっちゃ栄えてるじゃん」
「そりゃあ、国の副都だからな。人も集まる」
先導する副校長の後を追って歩く。
どんな物でも目に入る度に、「すげー」「はえ〜」「おおー」「うへー」などと阿呆のように感動詞を口に出していた。
「お主、ちょっとは黙れんのか」
「いや〜黙りたいのはやまやまなんだけど、どうしても口が開いちゃうんだよ。街頭が建ってる位だし、この世界電気あったんだな」
「いや、電気はない。あれはランタンの中に特殊な植物を入れて光らせておるのじゃ」
「ほほー、流石異世界!」
その後も俺の感動詞マシンガンが止まることは無かったが、副校長も諦めたようで何も言わなくなった。
しばらく歩いた末、副校長が立ち止まった。
「ここじゃ」
建物を前にして息を飲んだ。
目の前には10階建てはあろうかという超巨大な建物、いや、もはやビルである。元の世界にあるようなガラス張りのビルが目の前にあるのだ。
周りの建物が洋風な分、異物感が半端ない。京都とかだと、町の雰囲気を壊したとかで怒られるやつである。
「すっ、すげーな……。こんな所で買い物出来るのか?!」
「何言ってんだ? ワシらの目的地はその向かいじゃ」
ビルの向かい側を見ると、小汚くて小さい、いかにも“慎ましい商売”みたいな店がある。現代的なビルを見た直後なので、小人用かと思える程こじんまりしている。
「いや、いいよ。俺コッチの店がいぃぃぃぃたい痛いやめろ!」
副校長が俺の襟を掴んで無理やり引っ張る。
「ワガママ言うな! こっちはワシの知り合いがやっとる店だから割引してもらえるんじゃ」
「テメエこそ割引に釣られるじゃないか!」
有無も言わさず“こじんまりとした店”に入れられると、奥から中肉中背のオヤジが現れた。
「おや、ストレンジさんですか。お久しぶりですね」
「どうも店長。今日はこのガキに魔導書を買いに来た」
「やめろ離せバカ! 俺は向こうがいいの! 電化製品とか売ってそうな店でスマートなお買い物がしたいの!」
駄々をこねる俺を見て、店長はため息をついて落ち込んだ。
「やっぱり、若い子は向かいのお店がいいよね……。綺麗だしなんでも揃うし……。“転生者”が経営してるから人気出るのかなあ……」
「ん? 聞き捨てなりませんね。あっちの店の経営者は“転生者”なんですか?」
「ああ、そうだよ。商売の神様が召喚した転生者。あの店が出来てから僕の商売も散々だよ……。はぁ…………」
ここにも転生者か! どこかれ構わず亡者のように徘徊しおって。
転生者は俺以外に必要ない!俺のアイデンティティーを奪う者は即刻退去を願う。
「誰があんな民主主義の塊のような店が買い物などしましょうか! 商売とは店員と客の親密な関係が重要。つまりは、こういったおごそか〜な店がベストなわけです!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。特別に割引したくなるねえ」
「ハッハッハ。当然のことですよ。当然の」
副校長の「虫のイイヤツ……」という呟きは聞こえないふりをして、馬鹿みたいに高らかに笑った。
「それで、今日はどんな物をお求めかな。ここは魔導書専門店。最新モデルからマニアも喜ぶ古参モデルまで。新品中古なんでもあるよ」
「言語翻訳機能のついたモノが最低条件だな。後は--------------------」
魔導書に最新モデルがあるのかと些か疑問に思う……。
副校長と店長が話している間、俺は店の中を探索することにした。
天の部分が日焼けして黒くなってる分厚いものもあれば、やけにハイテクでタブレット端末のようなものまである。なるほど、これが最新モデルというやつか。もはや書物ではない。
その他にも、一見ガラクタにしか見えない小物が箱の中に詰まっていたり、天井から鎖のような物が垂れていたりとなんでもアリである。
ふと、“それ”に目が止まった。
“それ”は魔導書にしては、あまりに大きく、使う顔のパーツがないマネキンのようだった。壁に手足の部分が止められていて、十字架にかけられた某神の子に見えた。
「なあ、店長。これも魔導書なのか?」
アアでもないコレでもないと議論している2人がコチラを見た。
「それは人型魔導書だね。10年位前に、『魔導書が書物である必要はあるのか!』って考えが広まってね。それから色々な魔導書が発売された。球体型や動物、植物何でもあったよ。人型もその流れだね。でも、スグに絶版になった。あまりに精巧に造り過ぎたせいで人権云々言う奴が出てきたんだよ」
「“精巧”って。ただのマネキンじゃないかよ」
結局は異世界。
“精巧”と言ったってたかが知れてる。マネキン如きが精巧の部類ならば、食品サンプルでも見た日には口に入れて尻から出ても偽物だとは気づきまい。
「いや、初期設定で見た目と性格は持ち主が自由にカスタムできる」
「あっ、じゃあコレにします」
流石っすね異世界!
自由にカスタムできるって?
それってつまり、自分好みの女の子を自由に作れて、性格も、明るい系にクール系、ツンデレだったり、小悪魔、アホの子、癒し、陰鬱、穏やか、臆病、従順、キザ、不器用、ツンデレ、天然、電波、毒舌、泣き虫、ネクラ、ドジっ子、控え目、ビッチ、ボクっ娘、無表情、わがまま………etc……etc……、から自由に選べるってことか!
「おい、ヨツバちょっと待て。最新モデルならこれより性能もいい。人型なんてやめとけ」
「これだけは譲れんな! コレじゃないと学園の治安守ってやんないぞ! 逆に俺が不良を先導して学園を壊滅させるぞ!そして、15で不良と呼ばれるんだ」
「お主、17だろ。 ぐぬぬ……いっちょ前に脅しなどしおって!」
「一応、人型にも翻訳機能は付いていますけど、どうしましょう?」
店長が「ちなみに……」と副校長に値段を耳打ちする。
副校長の開いた口が閉じなくなった。
「ちょっと待てその人型魔導書、中古じゃろ?! そんな法外な値段なはずあるか!」
「絶版ですからね。中古でもプレミアが付いてます」
「ねえおじいちゃん良いでしょ〜。買ってよ〜」
猫なで声で孫のようにせがむ。
副校長は船の汽笛のような声でしばらく唸ると、決心したのかカッと目を見開いた。
「よしいいだろう! その代わり、ちゃんと働いてもらうからな」
「ありがとーうストレンジ副校長。何かあったら体で返済するからさ」
喜ばしい限りだ。
この気持ちを一遍の詩にして世界中に広めたいと思える程である。
副校長が店長に支払いをしている間に、人型魔導書を壁から丁寧に外すして持ち上げる。中が空洞なのかとても軽い。
お姫様抱っこをしている状態になり、デレデレと頬が緩んでニヤニヤしてしまう。絶対傍から見たらキモイ。
「店長、ここからどうしたらいいんだ?」
「まず、詠唱しやすいように床に置くといい。頭部分にボタンがあるはずだから、そこを押せば初期設定になる」
「将来のフィアンセを地べたに置けるか! シーツなり敷くもん持ってこい!」
店の小物が少し震えるくらいの大声で叫んだ。もう、自分で自分をコントロールできそうにない。
「すまんな店長。コイツは恐ろしく単純らしい…………」
「いいよいいよ。何かに必死な若い子は輝いとるからな」
店長は店の奥から、ペルシャジュータンのようなモノを持ってきて床に引いてくれた。
その上に人型魔導書を乗せる。
「うぅ……。ありがとう。ありがとう店長」
「何故今泣く」
「今思えば、転生されてからろくな事が無かったなって……」
チート能力ないし、ハーレムないし、文字読めない。しかし、ここに来ての一発逆転のチャンス。
理想の人型魔導書が完成したあかつきには、誰が見てもキモイ! と叫ぶくらいイチャついてやろう。R15のタグが付くくらいまで行ってやろう。
「それでお主、外見はどうするんじゃ?」
副校長が呆れたように問う。
「これでもかって位考えに考えた結果、転生前までハマってた『ゾンビ少女 ゾンビちゃん』の主人公ゾンビちゃんにすることにした」
「ゾンビって……。お主│死体愛好か?」
副校長と店長か引いた目で俺を見る。
「ちがわい! ゾンビちゃんは人間に戻るために、妖精と契約したゾンビの話なんだぞ。笑いあり、感動あり、だけど内容は結構シリアスで、バトルは元々死んでるから何でもアリでかなりグロイ。敵を食べる度に、人間に戻れるって設定だけど、やっている事はどんどん人間から離れて行くという主人公のジレンマも描いた名作だぞ!」
「早口過ぎて何言ってるか分からんし、聞き取れたとしても分からん」
人型魔導書の頭についたボタンを震える手で押した。
パソコンの起動音みたいな音がするかと思ったが、一切の音も鳴らない。
「これ、壊れてるんじゃないか?」
「いや、もう起動してるはずだよ。後は設定を詠唱するだけ」
頭の中に“ゾンビちゃん”を思い浮かべた。頭から足のつま先まで正確なものだ。
「髪は黒色で腰くらいまで長くて、動く度、尻尾みたいにうねる感じ。質感はもちろんツヤツヤ。光を当てるとちょっと反射する位がベスト。公式ファンブックによると、つむじ辺りに、1本だけ若白髪があるからそこんとこよろしく。
顔のパーツね。目は赤じゃなくて“紅色”ね。一応、死んでるから目のハイライトは無しで、不健康そうにクマとか付けて。唇はちょっと青いくらいで、鼻は丸め。右頬にあるナイフの傷はコンプレックスでもあるし、伏線でもあるから絶対つけて。
公式設定だと身長は154cmの体重24kg。死んでるから軽いらしいし、肌も白い。肩幅は狭くて、華奢な感じ、でも本気出すと怪力になる設定だから再現できたらしてください。ヘソの上くらいにある傷も、頬のヤツと同じ理由で忘れないで。首裏、右腕、左肩、両膝にある黒子と火傷の痕と、それを隠す包帯もちゃんと付けて。
指先は泥と血がこべりついてて汚いけど、形は小さくて可愛いから、間違っても老婆の指みたいにするな。あと、足の小指の爪だけ少し長い。12話で親友と喧嘩になる元だから。
次に性格だけど、元々は、大人しくて優しいんだけど、敵の肉を食べるに従って、どんどん強気になるし残酷にもなる感じ。でも、たまに元の性格に戻って段々どれが本当の自分からなくなる。だから、性格は強気だったり穏やかだったり自由に変えてください。
生前の記憶が蘇る度に嘔吐するから、定期的に吐いてくれても構わない。
敵の肉を食べないと人間に戻れないけど、本当に戻れるのかっていう不安と、自分じゃなくなってく恐怖。でも、食べないといけないっていうジレンマに悩み苦しんでるから、たまにヒステリックな感じになってもOK。
最後に俺の呼び方だけど、ゾンビちゃん好きな人には“さん”付けだから“ヨツバさん”って呼んでほしいかな…………。以上!」
「速口すぎんだよ! あと、細かいんだよ!」
口のフチに溜まった唾を拭っていると、人型魔導書が発光し始めた。
これで、ゾンビちゃんと異世界での日々が始まるのである。想像するだけで体温が5℃くらい上昇しそうだ。
3話にして、ここまで欲望が叶えられていいのだろうか??
光が段々と弱まっていく、もうすぐ会えるのだ。理想の女性に。人生を何倍も楽しくしてくれる彼女に。
光が消え、彼女の姿があらわになる。
「………………え?」
目を疑った。
目の前で絨毯にくるまっている少女は、キョロキョロと辺りを見回している。
その髪は黒色ではなく、クリーム色。腰まであるはずの長さは、せいぜい肩にかかる位である。
肌や唇は健康そうな色で、目の下のクマも無ければ、頬の傷すらない。
紅色の瞳は要求通りだが、左目に包帯が巻かれている。
絨毯の隙間から見える胴体もシルクのように滑らかそうで、指先も透き通っている。
一言で言おう。 全くの別物である。
俺の詠唱内容とは全く似つかない少女が、目の前で座っているのである。
「詠唱が早口過ぎて、正確に読み取らんかったんじゃろうな……」
副校長が説明するように言う。
「そっ、そんな事が有り得るのか?!」
「普通じゃ有り得んな。お主はそれだけ早口ということじゃ」
「アッ…………アッ…………」
放心状態になっている俺に人型魔導書の顔がグッと近づいた。
「貴方が“マスター”ですか?」
人型魔導書は落ち着いた声色で問いかける。
言葉が出ない。
「最終認証として、私の名前を--------------------」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
気づけば発狂しながら走り出していた。
「お待ちくださいマスター。まだ認証が完了しておりません」
人型魔導書が呼び止めるも、気にせず店を出てた。
3話で叶う欲望など、アリはしない。
一気に3話まで投稿しました。
とりあえず、2週間くらいは毎日投稿する予定です。
ブックマークと評価、感想が沢山つく夢を見たので、心優しい方は正夢にしてください。