泣きながら謝罪させてやる
『なんだ、イロツキタクシーのご利用ですか……』
通信ごしに、ミヤビの眠そうな声が聞こえる。
『準備するから少々お待ちを……』
「おい急いでくれよ。こっちは―――」
「はい、来たよ。待った?」
俺が言い終わるより速く、ミヤビがその場に出現した。
「速すぎだろっ?!」
「これでもテレポーターなんでね。―――それで、ここは何処で、何処まで連れて行ってほしいの?」
「それはだな……」
俺は、護衛の依頼を受けたことからサンチェスが裏切った事まで、全てをミヤビに話した。本心としては回想シーンを事細かに解説したかったが、今はそれどころじゃない。
「なるほど、つまりはそのウルカちゃんを助けに行きたいわけだ」
「ちげーよ。正義の名の元にサンチェスを殴りたいだけでウルカはついでだ。でも、野郎が何処に逃げたかが分からない。そこで問題なんだが、“場所”とかじゃなくて“人”指定で魔術は使えるか?」
じわじわと湧いてくる興奮のせいか、俺の口も活発に動く。
「うーん、一応は使えるけど、その人に縁があるモノを持ってないとちょっとキツイかな。例えば、爪の垢とか、へその緒。いつも付けてる下着とかでもいいんだけど」
「なんでマイナーなパーツばっかなんだよ……」
「それならば……」
ビオラが控えめな声で言う。
まさかウルカの下着を持っているのかと思ったが、ビオラはベッドまで行くと枕の辺りを探り始めた。
「ありました……。ミヤビ様、“髪の毛”などは如何でしょう」
ビオラは、金色の長い髪の毛を指でつまんでみせた。
「十分だね。これでテレポートはできる。―――でも……」
ミヤビは同情も感情も一切ない、冷酷な瞳を俺に向けた。
「“ヨツバっち”、そのサンチェスに勝てると思う?」
ミヤビの口から出た、至極真っ当な疑問。
そりゃあそうだ。“アイスストーカー”との戦闘でかなりの負傷をおい、自分でも立っていられるのが不思議な位である。
「仮に、俺が万全の状態でもサンチェスには勝てないだろうな……」
おっちゃんの話によれば、奴は魔術学園をトップレベルの成績で卒業したのだ。実力差から見ても勝機は薄い。
「でも、今動けるのは俺達だけだ。俺達しかウルカを取り戻せない。…………だから“負け”を承知でも行かなきゃいけない」
身体中に熱が流れるのを感じた。
こんな使命感に駆られたのは、リレーのアンカーに選ばれた時以来…………、いや、今の方が遥かに上か。
ミヤビは俺の瞳をしばらく凝視すると、静かにほくそ笑んだ。
「じゃあ、行こうか。赤帽子のヒゲのオジサンみたく、お姫様を助けにさ……」
満月の下、大きな倉庫が並ぶ港。
波の音すらしない静寂の空間に、一人の男が何かを抱えて立っていた。
その静寂を破るように、男に向けて放たれた白色の稲妻。しかし、男はメガネ越しに雷撃を認知すると、最小限の動きでその攻撃を避けた。
「チッ、避けやがったか」
物陰から現れた俺とビオラを見て、サンチェスは余裕にも鼻で笑った。
「誰かと思えばオオバ ヨツバ、貴様か。何故ここがわかった?」
「お前が“アイスストーカー”を雇ったみたく、俺も“タクシー”を雇ったんだよ」
俺は、サンチェスが片手に抱えるウルカを顎で指した。眠らされているのか、先程から動きはない。
「それよりウルカだ。お前の目的はペンダントだろ? なら彼女は必要ない。解放しろよ」
一種の願望を含んだ命令。
「解放……だと? クククッ……カカカ……フハハハッハァハハハハハ!」
悪役特有の三段笑いを披露してくれるあたり、その気は無いらしい。
「貴様、まさかペンダントだけが“黄金魔術”の“術具”になっていると思っているのか?」
サンチェスは、ウルカを抱えていない手でペンダントを俺に見せつける。
「違うんだよマヌケ! この小娘そのものが“術具”。金を創り出すためだけに産まれた存在なんだよっ!」
サンチェスはウルカの髪を乱雑に掴むと、彼女の寝巻きを力任せに剥ぎ取った。
月明かりの下に晒されたウルカの素肌。
その背中は、虫程の大きさしかない無数の文字で隙間なく埋め尽くされていた。
「見ろ! これがウルカの“術具”たる由縁だ。その身に詠唱文を刻まれた道具にすぎんのだ!」
その光景を見て、何時間も研いだ包丁並みに切れやすい俺の堪忍袋の緒が、爆発四散するのを感じた。
「ふざけんなよテメエ!!」
港に響く怒鳴り声。
身体が痺れる程大きさその音にサンチェスすらも後ずさりをした。
「ウルカの髪はな、毎日シャルロットさんが手入れしてる大切なモノなんだぞ!! 俺ですら触らせて貰えないのに、ましてや、お前は汚い手で鷲掴みにしやがったな!?
たとえお前が落ちぶれて、ホームレスみたいな生活をしたとしても、俺は追い打ちをかけてボコボコにしてやるからな!!」
「…………マスター、多分怒るところが違います」
後方からビオラの落胆とした声が聞こえたが気にしている余裕はない。
俺は再度レーザー銃をサンチェスに向けた。
「こいよサンチェス! ボコボコにした挙句、髪を乱雑に扱った罪を泣きながら謝罪させてやる」
「フンッ、何を言ってるのか分からんが、売人が来るまでの暇つぶしに軽くあしらってやる」
折角の決め台詞なのに聞き取ってもらえないとは……。
サンチェスはウルカを地面に投げ捨てると、銃剣―――“アルゲーザー”をその手に啓源させた。
「この瞬間を待ってたよ」
一触即発の中、なんの前触れもなく、水面の泡が破れるように鳴った少女の声。
サンチェスが声の方向を見た瞬間には、ミヤビがウルカを抱えているところだった。
「じゃあ、ウルカちゃんは貰ってくね。“移動”」
ミヤビがウルカを持って消えた瞬間、彼女達は俺の真横にその姿を現した。
「貴様ァァ!! 一体何をした!?」
一泊遅れてサンチェスが声を張り上げる。
「言っただろ? “タクシー”を雇ったって」
サンチェスがウルカを離した瞬間に、“移動魔術”でウルカを取り返すという作戦を予め決めておいたのだ。
「なるほど……、聞いたことがあるぞ。貴様、“ヴァルーチェ”の転生者だな。転生者がこぞって俺の邪魔をするというわけか……!」
「お初です、サンチェスさん。普段なら初対面の人に“無料券”を渡すんだけど、今はそれどころじゃないんでね」
ミヤビは俺とビオラにも触れると、サンチェスからは見えない倉庫の裏へとテレポートした。
「はい、作戦カンリョッ。言われた通りウルカちゃんも連れてきたし、さっさとトンズラしよ」
「いや、俺は残るぞ」
「へぇ?」
ミヤビが素っ頓狂な声を上げる。
「まさか……戦うつもり?」
「当たり前だろ! まだ怒りがおさまってないんだよっ!」
「あれ本気で怒ってたんだ……。挑発なのかと思ってた……」
挑発や演技であるはずがない。
初対面の時から蓄積され続けた“サンチェスへの怒りパラメーター”が爆発してしまったのだ。
このままトンズラしてしまったら、“やるせなさ”がハリガネムシのように身体中を走り回り、最終的に俺は水中へダイブしてしまう。
「…………まあ、こうなったら説得するのは無理だろうから、忠告だけはしておくよ。―――サンチェスには大体の攻撃が当たらないと思うよ」
「…………はぁ?」
「サンチェスの掛けてるメガネ。多分、“マーティスレイの神眼魔術”が施された“術具”だよ。簡単に言うと、視覚した攻撃の軌道を見切る魔術。
精製主であるマーティスレイと直接交渉で莫大な金を払わないと契約できないから、世界中でも10人位しか契約してないんじゃないかな。なんにしても強力すぎて、“使えば強くなれる、使ったら強くなれない”とかいうよく分からないキャッチコピーまで出回ってる位だから」
ダメだ、よく分からない。
簡単に言われて分かりやすいはずなんだけど、脳が理解を拒んでる。
まさか、不意打ちとして打ったレーザー銃を避けたのも“マーティスレイの神眼魔術”のお陰ということか?!
離れた場所から爆発音が聞こえる。
サンチェスがヤケになっているのかもしれない……。
「サンチェスも探してるみたいだし、そろそろ行った方がいいんじゃない?
“マーティスレイの神眼魔術”とは言っても“術具”だし。勝ち目が全く無いわけじゃないと思うよ。―――じゃ、頑張って」
「ちょっ待っ!」
気づけばサンチェスと対峙していた元の位置に立たされていた。
目の前には、髪を乱したサンチェスが息も乱しながら“アルゲーザー”を俺に向けていた。
続きは10時ですね