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寝る前のお話代わりに教えてやるよ


 「そう……、上手いじゃない。気持ちいいわよ……」

 「そっ、そうでしょうか……」

 

 ちょっとでも、卑猥な遊戯が行われると思った者は、俺と共に深く恥じると良い。

 ベッドに座るウルカの髪を、ビオラが戸惑いながらも丁寧にブラシで撫でている。いわゆるブラッシングというやつである。

 

 「まさか、それだけの為に呼んだんじゃないよな?」

 「いっ、いいじゃない! ブラッシングしてもらわないと寝れないのよ。悪い?!」

 

 何故か俺はウルカに近づかせてもらえないようで、ベッドから一番離れた壁にもたれていた。

 ウルカの部屋も落ち着かない程に金ピカなのかと思いきや、至って極普通の、女の子の部屋という感じだ。ただ、ぬいぐるみの量は非常に多く、ベッドの横や椅子の上など、所々に置かれていた。

 

 「悪かないけど、その位サンチェスにでも頼めよ……」

 「アイツは嫌。っていうか、何触ったかも分からないから、男には髪を触られたくないの。―――そういう面で、アナタの魔導書がいて助かったわ。いつもはシャルロットにやってもらってるけど、満月の夜はいないから……」

 「あ゛? 聞き捨てならないな……。お前、いつもシャルロットさんにブラッシングしてもらってるのか?」

 「ブラッシングどころか髪のセットまで彼女がやってくれるのよ。何? 羨ましいの?」


 羨ましいに決まってるだろ!

 毎日シャルロットさんに髪の手入れをしてもらえるとは、なんという至福だろう。俺だってしてもらいたい!

 しかし残念なことに、俺の髪はブラッシング出来るほど長くないのだ。長年、床屋に行っては「短めで……」と適当な注文をしていた仇が今となって返ってきた。 

 そう考えると、いつもシャルロットさんに手入れしてもらっているウルカの髪が、崇拝できる程貴重なモノに思えてきた。

 

 「へっへへへ……、ウルカさん……? その髪、俺にも触らしてくださいよ」


 ゾンビのような覚束無い足取りで、ウルカの髪へと自然に足が進んでいく。

 完全に逝ってる俺の顔に、ウルカの投げたクマのぬいぐるみがボフッと当たった。 

 

 「気持ち悪いから近づかないで。それよりアナタ、ヴァルーチェの生徒でしょ? なんでもいいから詠唱してみなさいよ」

 「入学して3日だけどな……」

 

 急に言われて困惑したが、ウルカの目が興味ありげに、さっきより輝いて見える気もする。

 しかし、これはチャンスである。

 俺の世界レベルに速い(らしい)詠唱を目の当たりにすれば、ウルカも俺を見直すだろう。彼女は俺を見下している節があるからな。名誉挽回する良い機会だろう。

 

 「まあいいだろう……。俺の詠唱を見せてやる。―――ビオラ、“フィボロスの弾性魔術”を頼む」

 「承知しました」

 

 ビオラがブラッシングをしながら返事をすると、俺の脳内に詠唱文が流れ込んできた。

 

 「│gratia《フィボロスに幸あれ》 Fiborosu」

 

 手に弾ませる物を持っていないため魔術は発動しないだろうが、詠唱を見せるだけなら十分である。

 詠唱してるそばから、ウルカが唖然として拍手喝采をしている幻覚が見え始め、口の動きが更に活発になった。

 

 「-------------重力よりこの物質を解き放て!」

 

 詠唱が終わった瞬間、荒くなった呼吸を整えて唾液を飲み込んだ。

 なかなか良い詠唱だったのではないだろうか。ウルカは唖然としている頃だろう。

 しかし、意外にも彼女は、詰まらさそうな半眼を俺に向けていた。

 

 「たしかに、詠唱は速いわね……」

 

 そのまま褒めちぎってくれれば御の字なのだが、“たしかに”の後には否定が来るというのが文法の理である。

 

 「でも、詠唱に魔力がこもってないわね。ただ、速さだけを求めて作業的にやってるでしょ? 魔術詠唱っていうのは―――その魔術がどういうモノで、何に用いて、結果としてどうしたいのか―――そういった事まで考えてやらないと効果ないわよ。

 見た感じ、魔力の質が良いわけでも無いから、こういう事を意識しないとスグに成長も止まるわよ」

 「何だお前、魔術使えないんだろ? にしては妙に詳しいじゃないか」

 

 昨晩の夕食会でシャルロットさんが触れていたが、ウルカは魔術が使えないはずである。それにしては、“魔力をこめる”や“魔力の質”などやけに詳しいではないか。

 ウルカは顔を俯かせる。

 彼女の拳を中心に、シーツが放物線状のシワをつくった。

 

 「…………私だって昔は使えたわよ……」

 

 奥歯を噛み締めるような彼女の表情に、俺も少々気圧されてしまう。

 気持ちよくお散歩してたつもりが、気づいたらギャングいっぱいのスラム街に来てしまったような気まづさである。

 

 「でっ、でも“グアリーの黄金魔術”だっけ? アレさえあれば金には困らないし良いじゃないか」

 

 最初は励ますつもりだったが、途中からとんでもないモノを逆撫でしてるのではないかという不安が滲み出てきた。

 その不安は案の定だったようで、ウルカは親の敵でも見るような目で俺を睨んでいた。

 

 「│“グアリーの黄金魔術”《あんなもの》が使えたって、寄ってくるのは“│かねで買えないモノはない”と盲信した汚い奴らだけ……。私をタダの金のなる木としか見てない……」

 「まあ、実際買えちゃうからな……」

 「じゃあ、愛や失った者はどうやって買うの? 誰から買えばいいの?!」

 

 興奮気味に怒鳴るウルカ。その迫力にビオラの手も止まってしまった。

 

 「……なら、寝る前のお話代わりに教えてやるよ。過去回想も兼ねてな」

 

 やけに重々しい雰囲気が俺達を包んだ。

 しかし、当の俺は、一度は言ってみたいセリフランキング9位の“寝る前のお話代わりに教えてやる……”を言えたため上機嫌である。鏡の前で練習した成果がようやく出たのだ。

 

 「あれはな俺がまだ3歳で、他の奴らと同じように将来の夢が野球選手だった頃の話だ……」

 

 当時、幼い俺の通っていた幼稚園では男子の8割が野球選手になりたいと言っていたため、一切野球などに興味の無い俺もとりあえず同じ事を言っていた。

 しかし、幼少時の俺があまりにも可愛らしく、足の速いスポーツ万能な完璧人間だと自負していたためだろうか、誰も野球に誘ってくれることはなかった。

 そのため1人で壁あてをするか、家でレゴを組みたてるくらいしか遊ぶ方法がなかった。

 ある日、そうした俺を懸念してか、サンタクロースが金属バットをプレゼントにくれたのだ。今思えば3歳児に金属バットを与えるサンタクロースは、頭がイカれていたのかもしれない。来年には良い子どころか、犯罪者になっている可能性も高い。

 そうして、自分の身長ほどある鈍器を手に入れた俺は一躍皆の人気者である。周りの子達はまだプラスチック製のバットだったため、本格的な俺のモノを使いたがったのだろう。

 

 「そうして俺は幼稚園の人気者になり、野球に誘ってもらえるようになったわけだ」

 「お金と関係ないじゃないっ!」

 「まあ待て、最後まで聞くんだ」

 

 皆からチヤホヤされるようになった俺だが、中でも山木場という子とは特に仲良くなった。彼はカツオ君で言うところの中島的な存在であり、俺を毎日のように野球へ誘った。

 イロハも知らなかった俺にルールから練習方法まで丁寧に教え、最終的には一緒にプロ野球選手になろうという夢まで掲げてくれたのだ。 

 

 「でも……、ある日を境に俺は野球が出来なくなった」

 

 ここまでなら少年野球漫画が作れそうな程良い話であるが、そうはいかないのが俺の人生である。

 山木場君と知り合って数ヶ月がたった頃のある夜……。俺はとある映画の為に眠い目を擦りながらテレビの前に座っていた。

 その映画は先週の予告からずっと見たいと思っていたものであり、俺は子供心にウキウキしていた。

 俺は待った。放送時間の30分前から詰まらないニュース番組を見ながらひたすらに待った。

 しかし、始まらないのだ。放送時間が過ぎても一向に始まらないのだ。……前番組だった野球が延長したせいで……。

 俺は嘆き、悶え、人生で初めてこの世界が残酷であることを知った。

 俺の映画という娯楽を奪った野球を恨み、その日から、野球はおろかスポーツ全般を断固として拒絶するようになったのだ……。

 

 「―――という、悲しい話な訳だよ……」

 「結局、お金関係ないじゃない!っていうか山木場君は?!」

 「え? いや、『友情自体は買えなくても、友情に繋がる金属バットとかならお金で買えるよ♪』っていう間接的でも結局はお金のお陰っていう話だったんだけどな……。ちなみに山木場君はその後すぐに引っ越したとかで、それ以降会ってない」

 

 うーん、やはりこう言った自分語りはYouTubeのコメント欄で済ますのに限るな……。

 ウルカは呆れてしまったようだが、部屋中に蔓延していた暗い雰囲気は取り払えたようである。

 

 「はあ……、聞いて損した……。もうブラッシングもいいわ。もう寝るから出ってってちょうだい」

 

 「ありがと」とビオラに“だけ”お礼を言ったウルカは、布団をかぶって枕に顔を沈めてしまった。

 

 「“出っていって”って言われてもどうやって出れば良いんだよ」

 「2階から落ちたって死にはしないわよ」

 

 マジで言ってるんですかねこの人……。

ヨツバ回想を書くのは楽しかったですね。

彼を含めて過去回想というか、そういう話やりたいですね。

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