ひねくれ者が多く、才能がない、理想が高い割には努力を惜しむ者が多い
「なんだこれ」
「詠唱式魔力測定器だ」
「簡単に言うと、魔力を測るための装置だよ」
なるほど。つまりはスカウターか!
いいでしょう……。“私”の本来の力をお見せしようではないか。
俺が本気を出せば、人の頭なんて風船のように破裂するのだ! ………………いや、これはスキャナーズだった……。
ハヤトから水晶を渡され、俺は全身がぷるぷる震える程の、渾身の力でそれを握りしめた。
言葉に出してはいないが、内心でハアアアアッ!と“気”っぽい何かを水晶に流し込んでいるのだ。
しかし、水晶は真っ黒のままで、見た目に一切の変化は無い。…………おかしいな。俺ほ力が強大すぎて測定器が壊れるところまで想定していたのだが……。
「何をしているんだ……。詠唱しないと測定できないぞ」
「それを早く言わんかい」
ハヤトから詠唱文の書かれた紙を奪い取り、いつもどうり詠唱を開始した。
すると、みるみるうちに水晶は透明になり、薄い茶色が水晶内部に広がり始めた。
うん、でいつになったら壊れるんだよ。もう詠唱も終わるぞ。
「終わったみたいだな」
そうだよ、終わっちまったんだよ。ヒビすら入ってないんだよ。
水面に絵の具を垂らしたような茶色が水晶内部で煙のようにゆらゆら揺れている。
「これはどういう結果なんだ? 凄いのか?」
ハヤトは腕を組んで難しそうな顔で唸る。なるほど、凄すぎて声も出ないようだ。
「簡単に説明するとだな、水晶に広がっている色はお前の“魔力の色”を表している。“魔力の色”っていうのはその人の性格や才能で決まる」
「なるほど、茶色は何億人に1人とかのレベルな訳だな」
やはり天才だったか……。
なんだかんだ言って世の中才能なんすよ。昔から、俺は人と違うと思っていたが間違いではなかったのだ。
レイビアが言いづらそうに、小さく手を挙げた。
「…………たしかに“茶色”は珍しいと言えば珍しいけど…………、あんまり良い色とは言われないね。ちなみに僕は青色だよ」
「“ひねくれ者が多く、才能がない、理想が高い割には努力を惜しむ者が多い”と説明書にはかいてあるな」
…………そんな馬鹿な。
「そして、水晶内に広がった色の濃さで魔力量が分かる。…………この濃度なら5歳くらいの子供並だな」
その5歳児が超天才であることを願いたい……。
「いや、こんなはずはない! この測定器が壊れてるんだ。―――試しにビオラもやってみろよ」
「……私ですか?」
当然呼ばれた自分の名前に、慌てて手に持ったビスケットを自身の膝に置くと、俺から測定器を受け取った。
測定器は俺の手から離れると、色は元の黒色に戻った。
「馬鹿らしい……。旧型とは言え測定器が壊れてるはずないだろ。第一、魔導書が内包している魔力は規定で“無色”と決まっているんだ。やるだけ無駄だぞ」
「いや、これは絶対壊れてるな。―――ビオラ、詠唱してくれ」
「……マスターの要望とあれば」
ビオラが詠唱を始める。
軽やかに流れる詠唱は、いつまでも聞いていたい程心地の良いものだった。
しかし、一向に色は変化しない。黒色のままだ。
「マスター、終わりました」
遂には詠唱も終えてしまった。最後まで色は変わらぬまま、以前として“黒色”である。
「ほら見たことか! やっぱり壊れてるじゃないか」
「そんな……、そんな馬鹿なっ!」
ハヤトは前のめりになって、測定器を色々な角度から凝視する。
「はっはっは! どれだけ見ようと結果は変わらんのだ」
ビオラから測定器を受け取ると、ハヤトに軽く投げ返してやった。
「おい! 壊れたらどうする」
「もう壊れてるんだよ」
人生のあらゆる勝負事で負け越している俺にとって、この勝利の愉悦感は、渇いた喉にビールを流し込むが如く快感なのである。
しかし冷静になると、自分がどれほど薄っぺらい人間かが身にしみて分かる……。
「でも…………」
レイビアが俯きながら呟く。
「昨日も“フィボロスの弾性魔術”だけで魔力切れしてたし、まだヨツバくんの魔力量は多くないよ。多分、ビオラちゃんの内臓魔力も使って、うまく調整しても単純な魔術4回分位しかないと思う…………」
「よっ、4回か…………」
それは非常に重大な問題である。
「でもヨツバくん、詠唱は誰にも負けないくらい速いから、“アイスストーカー”に遭遇した瞬間に攻撃を仕掛ければ可能性はあるよ」
「おぉ……! なるほど」
単純だが、わかりやすくて良い作戦ではないか。物事は単純な方が上手くいくのだ。
そう考えると何とかなる気もしてきた。
「よし! 作戦も立てたし本日の会議は終了とするか」
「そうだね……。僕もそろそろ眠くなってきた……」
レイビアは大きく欠伸をすると、レイくんの入ったマグカップを持って立ち上がった。
「じゃあ僕、そろそろ寝るね。おやすみ」
眠そうな瞳をしながらレイビアは203号室から出ていった。
「俺達も帰るか」
ビスケットを頬張るビオラが物惜しそうに、残ったお菓子を見つめた後、俺の後に連れて立ち上がる。
「じゃあなハヤト。部屋使わせてくれてありがとよ」
「待て!」
部屋の片付けをして行け!と怒鳴られるのかと思ったが、ハヤトは真剣な面持ちで俺を見ている。
「お前、本当に先制攻撃なんかで何とかなると考えているのか?」
「まあ、なんとでもなるだろ。実際アーサーも倒せたわけだし」
「しかし―――」
「大丈夫だって。何だかんだ勝てるんだよ」
ハヤトの発言を遮って、適当に返事をする。
結局のところアーサー戦と同じことなのだ。相手より速く詠唱して、先制攻撃。これがこの世界においての必勝法である。これさえキマれば俺が負けることは無い。
この時は、本気でそう思っていた。
しかし、この依頼が始まった頃には、俺の考えがどれだけ単純で子供じみたものか思い知らされることになる……。