殺し屋がペンダントなんか欲しがるの?
「という訳でさ、護衛の依頼が来たんだよ」
「……まず何で俺の部屋にいる」
グアリー邸から寮に戻ってくると、203号室、ハヤトの家に直行した。
俺達の303号室とは違って相部屋のようで、部屋が一つ余分にあった。同居人がいるのかと思えば、その部屋の扉は怪しい雰囲気を放ちながら固く閉ざされていた。
男子の部屋らしくなく整頓されているが、勉強机だけは資料の山と実験器具で埋もれている。
「いやー、依頼を受けたはいいけど、“アイスストーカー”について全く知らないからさ。お前ならどうかな?と思って」
「どうかな? じゃないだろ! まだ副校長からの“リスト”も片付いてないんだぞ。なんで新しい仕事受けるんだよ!」
「受けなきゃ、2度とシャルロットさんに会えない気がしたからだよ! 悪いか?!」
ハヤトが言っているのは、俺が懲らしめないといけない“問題の生徒リスト”だろう。
アーサーを倒せたから全部終わった気でいたが存命らしい。
白熱する口論を仲裁する様に玄関の扉が開かれた。
「パジャマパーティーって聞いて、交ざりに来たよー」
パジャマパーティーでは無いし、誰から聞いたのか不明だが、寝巻き姿のレイビアが入ってきた。
ダボッとしたワンピースのうえに、いつも着ているレインコートを羽織ったレイビアは、俺とハヤトを見て唖然とした。
「2人ともパジャマじゃないじゃん…………」
「それで、“アイスストーカー”だったか?」
レイビアの持ってきたお菓子を摘みながら、ハヤトが聞き返す。
レイビアが来て、口論するのも馬鹿らしくなったのか、今は部屋の中心でお菓子を広げて、それを4人で囲っている。
「おうともよ。 どういう奴なのか知っておきたい」
“アイスストーカー”からの予告状をハヤトに渡すと、彼は顎に手を当てて、それを見つめた。
シャルロットさんに期待されているのだ。出来ることはやっておきたい。まずは、敵を知ることから始めるのである。
「正直言って、名前も聞いたことないな」
なんだよ使えねーなー。と、口から飛び出しそうになったが、グッと我慢した。ここで言えば再び口論に発展しかねない。
「でも、ロザなら知ってるだろう」
ハヤトは立ち上がると自室を出て、怪しい雰囲気を醸し出す扉の前に立った。
「ロザって誰だよ」
「ハヤト君と相部屋の人だよ。ずっと自室に引きこもってるの。すごい情報通で大体の事は知ってるんだ」
「こっちの世界にも“引きこもり”はいるのか……」
何とも悲しい話だ。
せっかく異世界なんだから異世界チートハーレムでも目指せばいいものを。
…………よく考えれば彼にとって、ここは異世界ではないのか。それならば好きなだけ引きこもるがよい。
「ロザ、少しいいか? “アイスストーカー”について情報があれば教えてくれないか?」
ハヤトがドアの近くで言ったが、聞こえてないのか返事は無い。
「まさか死んでるとかじゃないよな?」
「いや、いつもこんなもんだ。 多分、もうしばらくすれば…………」
ハヤトが言いかけた瞬間、扉がほんの少し開き、その隙間から一枚の紙が放り出された。
「感謝する」
ハヤトが礼を言うと、扉は勢いよく閉められた。
……なかなか癖の強い同居人だ。顔はおろか、声も出さないまま終わってしまった。
ロザから渡された紙を持って、ハヤトは自室に戻ってくると、内容を音読した。
「“アイスストーカー”。本名、外見共に不明。プロの殺し屋として知られ、大体の依頼は受ける――――――だとさ」
「…………それだけ?」
「みたいだな」
目新しい情報もないじゃないか……。
情報通と称されるロザが案外ポンコツなのか、それとも“アイスストーカー”の情報が全く出回ってないのか。どちらにしても有利な情報は入っていない。
「でも変じゃない?」
手に取った予告状を読みながらレイビアが言った。
「なんで、プロの殺し屋がペンダントなんか欲しがるの?」
「単に、売って金にしたいとかじゃないか?」
俺の適当な推測では納得いかないようで、レイビアは「うーん」と唸った。
でも確かに、何故殺し屋が狙うのだ。
「そう言えば、なんでこういう時って予告状出すんだろうな」
脳内で、フィクションのあまり突っ込んじゃいけない部分を足蹴りする。子供の頃からずっと疑問に思っていたのだ。俺が泥棒なら予告無しに、警備の手薄な時に盗むだろう。
「予告したうえで盗むことによって、自分の勝利を明白にしたいとかじゃないか?」
「でも実際やらない方が確実だよな」
わざわざ予告状を出す程だから、“アイスストーカー”は余程の自身があるようだ。
どこぞの怪盗みたく、真っ白なスーツ着て、ハンググライダーで現れるのだろう。
「それより、もし“アイスストーカー”と対峙したらどうするつもりだ。対策はあるのか?」
殺し屋と遭遇して、よし戦おう! となる無謀な奴はまずいないだろう。
しかし、実際そんなことをすればシャルロットさんの期待を裏切ってしまうのだ。
「……まあ、…………戦うしかないんじゃね?」
「…………相手は殺し屋なんだぞ?」
「そうだよ。出来るだけの事はやった方が良いよ」
レイビアにも忠告され、俺は腕を組んで考え込んでしまう。
相手の情報がほぼ無い以上、出来るのは自分自身の事くらいである。では、自分が最大限の力を発揮するために何が必要か?
まず、夜食だろう。“アイスストーカー”は真夜中に来るのだからお腹が空く。カバオくんも言っていたが、お腹が空くと力が出ないのだ。
そして、お昼寝。夜に活動する分、予め寝ておいた方が良いだろう。しかし、高校生である俺は、夜になれば自ずと眠くなるし、何ならいつでも眠いのだ。へへっ…………体は正直だねぇ。
最後に命乞いの内容を考えておく位だろうか。俺の半生でも語れば、聞く人皆から拍手が起き、最終的にはスタンディングオベーションにまで発展するだろう。
「よし、完全に対策はできた! “アイスストーカー”でも何でも来い!」
「ホントかな……」
ハヤトとレイビアから疑いの眼差しが向けられる。
助けを求めるようにビオラを見れば、両手でビスケットを持ち、小さな口で黙々と食べ続けているだけだった。ちくしょう……。味方はいないのか。
「……仕方ない」
自身のため息と同時にハヤトが立ち上がると、実験器具などで埋もれた机を探り始めた。
あれでもない、これでもないと猫形ロボットのポケット並に散らった机を捜索し、しばらくした後、真っ黒色な水晶を持ってきた。
「なんだこれ」
「詠唱式魔力測定器だ」
「簡単に言うと、魔力を測るための装置だよ」
今回も分割ですね。
続きは10時に……