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認められるはずないだろぉ!


 脳が蒸発していくような感覚の中、俺は床にめり込んだゼムストの胸ぐらを掴み、起き上がらせる。

 ゼムストは額から血が垂れていたが、歯を見せて笑った。


 「敵ながら天晴れだよ。まさか自分に―――」


 言い終わるより速く、ゼムストの身体を壁へ投げ飛ばす。

 弾丸の如く一直線に壁へ飛ばされるゼムスト。

 壁に打ち付けられるより早く、奴の腹部に強烈な一撃がめり込む。―――今の俺ならば、容易に追いつけるのだ。


 「ルらアったラァァァァ!!」


 鼓動が加速する。

 自分でもよく分からない雄叫びを上げながらも、俺は追撃の手を止めない。壁に追い詰めたゼムストを容赦なく殴り続ける。


 「全く最高だよ―――」


 鼓動が加速する。  

 しかし、ゼムストはどれだけ殴られ蹴られようとも、その顔から笑顔を絶やさず、喋り続けた。

 

 「その後先考えない、自己犠牲。恐れを知らない無謀さ」


 鼓動が加速する。

 ゼムストの口は止まらない。仮に顎を粉砕し、舌を抜いたって意味無いだろう。


 「分かるぜ? 殴らないと、腕が破裂しそうになるんだろ? 血管が千切れていくのを感じるんだろ?」


 極限まで強化された聴覚は、ゼムストの声を一言一句聞き漏らさず、視覚に至っては奴の思考まで見通せそうだった。

 しかし、伝達神経はとうにはち切れてしまったのか、ゼムストの言葉は一つとして脳に届かない。

 俺は殴り続ける。ただひたすらに、目の前の存在を消し去るために……。

 ―――鼓動が加速する。


 「分かるぜ? もう何も考えてないんだろ? 感情も無ければ痛みも無い。それすらも心臓を動かす燃料に変えてる。―――分かるんだよ。その魔術で何百と殺してきたからな……」


 その瞬間……、全身の力が抜ける。

 目の前が真白になり、後ずさり、床に倒れ、必死に呼吸をしてるつもりでも、一切酸素が入らない。

 ―――心臓が止まったのだ。


 「意外と長かったな……。でも、もう時間切れだ」


 ゼムストの声と、彼が近づいてくる足音が聞こえる。


 「蝋燭にガソリンをぶっかけるみたいなもんだ。そりゃあ、これまでに無い程激しく燃えるが、消えたら二度と灯らない。……もう、お前の火も消えたんだよ」


 頭皮に刺激が走る。凡そ、髪を掴まれて持ち上げられたのだろうが、そんな些細な痛みはこの際気にならなかった。


 「自分に使う根性は恐れ入ったが、結果は変わらない。お前が先に“朽ちた”わけだ。“禁術”の代償を払って、後は死んでいくだけだぜ」


 まるで過呼吸にでもなったかのように、必死で空気を取り込もうとするも、やはり一向に上手くいかない。

 喉の焼ける痛みも、全身から吹き出した血の温かさも段々と消えていく。なにより、心臓の鼓動は一向に止まったままだった。

 

 ―――死ぬのだ。……いや、負けるのか。


 このまま、明確なトドメも受けずに苦しみながら絶える。

 結局、俺は……、一人じゃ何も出来ず、ビオラも救えない。

 しかし、悪い死に方ではない。

 ホワイトアウトした視界のお陰で、嫌な走馬灯も見ないで済む。良い思い出なんてたいして無かった。嫌なものを二度見る必要なんてない。

 俺のせいでゼムストは完全復活するのだろう。となれば、俺は有名人だ。きっと、永遠に語り継がれるだろう。

 でも―――

 それでも……!

 白い視界に浮かぶ“彼女”の顔、“彼女”との記憶。……どんどん埋めつくされていく。

 

 なるほど、“走馬灯”も悪くない……!

 

 ―――動くはずのない俺の手が、ゼムストの腕を掴んだ。

   

 このまま……、彼女を、ビオラを救えず終わるなんて―――。


 「認められるはずないだろぉ!!」


 立ち上がる勢いも、何もかもを全て乗せ、繰り出されるアッパー。

 その衝撃はゼムストの顎を貫ぬいて脳天まで達し、彼の体が宙を舞う。

 紙に火で焙ったように、徐々に視界が戻ってきた。消えてしまったはずの火が、血の温かみが戻ってきたのだ。

 だらんと伸びた腕の、指の先から赤い雫が垂れ、俺の足元にできた大きな血溜まりの一部となる。

 ゼムストは動かない。……俺の拳を全て受けたのだ。俺同様、奴も満身創痍のはずである。

 しかし―――

 まるで、水が沸騰するように、奴の身体から燃え上がる“純黒”。次の瞬間、指が動いたかと思うと、ゼムストは手の平を床につけた。


 「その執着……、賞賛に値する」


 どの口が言っている……。

 普通なら脳震盪を起こしてもいいはずだ。


 「しかし、ここで負けられない。お前が心臓を動かす程の執念を持っているように、俺も果たすべき野望がある……!」


 ゼムストはうつ伏せに体勢を変え、遂には膝を着く。……その顔に笑みという慢心は一切無かった。


 「さぁ―――」


 ゼムストが啖呵を切ろうとした、その時だった。

 背後のステンドグラスが音を立てて割れる。

 飛び込んできたその“影”は、灰色のフードを被っていた。が、隠しきれていない三日月の紋章。そして、“剱”と化した両腕。

 “彼女”―――イールは絶叫した。この時を待ち焦がれていたかのように。


 「ゼムストオオオオオオオオオオおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 振り下ろされる刃。

 血飛沫……。そして、切り落とされるゼムストの左腕。

 ゼムストは唖然としたまま蹴り倒され、イールに胴体を足で抑えられる。


 「やっと……やっとやっとやっとやっと! 貴様に復讐できるっ!!」


 イールは万遍の笑みで奴の身体に刃を立てる。楽しそうに……、とても楽しそうに。この世の幸福を全て足し合わせても勝らない程幸せそうにゼムストをいたぶり始めた。


 「テメェ! “教会”か!」 

 「覚えてるか? 私の腕を切り落としたのを……! 覚えていないだろう! いないだろうな! 妹を殺したのも!」


 ゼムストの問いに答えもせず、イールは完全に自分の世界に入ってしまっていた。お互い会話が成り立っていない。


 「やめろよ……」


 それはゼムストを庇ってのものではなかった。

 ……あまりに悲惨な光景。見るに耐えず、自分の精神を保つ為に、口から無意識に零れてしまったのだ。

 しかし、イールの耳にはしっかり届いたようで、彼女は咄嗟に俺へ顔を向ける。


 「なんだ? お前……」


 まるで食事中の獅子に話しかけてしまったかのようだ……。

 彼女は髪の毛すら赤く汚し、獣のように細い、瞳孔で、こちらに無感情な視線を向ける。もはや、彼女にはゼムストと、“それ以外の物体”程度にしか認識できていないのだろう。


 「なぜだ?なんで邪魔をする? 私の世界に―――」


 イールがゼムストの身体から刃を抜き出す。


 「入ってくるな!?!」


 返り血を撒き散らしながら振るわれた剣。その風圧“だけ”で俺の身体は易々と吹き飛ばされてしまった。


 「邪魔だな……邪魔だ。私の世界にお前は邪魔だ。私の復讐にお前は邪魔だ」


 まるで呪文のように呟きながら、イールは俺に歩み寄ってくる。

 話し合いどころか、会話ができる状態ではない……。

 ―――復讐にかられた彼女は、完全に、もうどうしようもない程に破綻していた。               

いや、分かってるんですよ……。ここで止めずに最後まで書くべきなんだろうなと思うわけです。

でも時間が無かったんです、すいません。


次回、最終回です。

ヨツバの物語が終わります。(エピローグは除いて)

ここまで読んでくださりありがとうございました! 最終話も全力で頑張ります!


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