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これが、俺の最後の詠唱だ


 ミヤビの瞬間移動(テレポート)で飛んだ先は、古城の前だ。

 魔王城とでも言おうか、禍々しい程に黒い外壁で形成され、空には黒色のオーロラのようなものが、まるでワルツでも踊るかのように漂っていた。


 「これ以上は私の魔術じゃ入れない。正面から入るしかないね……」

 「あぁ……。ここまで送ってくれただけありがたい」


 背後のミヤビに目もくれず、俺は一番高い場所―――日本の城で言う所の天守閣を見上げながら答える。


 「行くか……」


 アーサーが左右の腰に付けた剣の柄に手をかける。……左には模擬刀。右には“崩剣”の術具だ。

 まさか彼は、ここで“アレ”を振るうつもりなのだろうか……。


 「ま、ヤバいと思ったら窓から飛び降りなよ。無傷かは保証しないけど、死なないようには助けてあげるからさ」


 ミヤビが挨拶でもするように、軽く手を挙げる。

 俺はミヤビを一瞥すると頷き、気合いを入れるように頬を叩いた。


 「そうだな。……行くか」


 その言葉を合図にしたように、俺とアーサーは同時に踏み出す。城門までの一直線を、踏みしめながら歩いていく。


 「まさか、お前と並んで歩く日が来るとはな……。初めて会った時は夢にも思わなかったぜ」

 「それはこちらの台詞だ」

 「……ひとつ聞いておきたいんだが、同行しようと思った理由はなんだ? まさか俺の身を案じてか? それともいつも通り、強いヤツと戦うためか?」

 「さぁ、俺にも分からん。両方が入り交じった結果であろう。しかしまぁ―――」


 アーサーは顔を上げ、呟く。


 「貴様がここで死ぬとしたら、それを見届けるのに最も相応しいのは俺だ、と思ったのだ」

 「……どうだかな。そういう事言うやつに限って死ぬんだぜ?」


 そして、辿り着いた城門。

 俺の身長を三倍したような高さで、もしこんな奴がカツアゲしてきたら間違いなく逃げ出していただろう。

 俺がそっと門に手を触れると、アーサーもそれに続いた。

 二人がほぼ同時に力を入れると、巨大な城門が叫ぶような音をたてながらゆっくりと開かれる。

 そこに広がっていたのは、まさしく闇。一切の光も無ければ、音すら無い。瞼の裏の方がまだ明るいはずだ。もはや“無”と言ってもいいだろう。

 俺達は臆すること無く、その中へ足を踏み入れる。

 二歩、三歩足を出した時だろう。

 俺達から数十メートル離れた場所に小さな炎が灯った。その明かりは、まるで内壁の円周をなぞるようにどんどん横へ灯っていき、気づけば部屋を光で満たしていた。

 部屋の中は運動会でも開けそうな位に広く、その中央には、一人の少女が佇んでいる。


 「―――来ることは、分かっていましたよ」


 少女の声が、ただっ広い部屋に反響する。

 見た目はビオラそっくりだが、髪の色が真黒で、目に巻かれた包帯も逆だった。


 「ゼムスト様の従者の一人―――シルエラです」


 シルエラは、スカートを軽く摘んで名乗ったが、その行動に一切の敬意を感じなかった。


 「オオバ ヨツバ。貴方のことはゼキシアの記憶から見させてもらいましたよ。魔力も無ければ、文字すら読めないようで、ゼキシアも相当く―――」

 「ゼキシアじゃねえ、ビオラだ」


 低く冷たい声で遮った。

 シルエラがムッと眉をひそめたが、俺は気にせず続ける。


 「俺はビオラを連れ戻す為に来たんだ、お前に用はない。アイツは、ビオラは何処にいる?」

 「あなたに用がなくとも、私にはあるのですよ。正確にはあなたの中にあらる純黒”にですがね……」


 シルエラが右腕を掲げると、その真横に、樹齢数千年を超える御神体のような、巨大な腕が顕現した。


 「残念ですが、無傷で連れて行くわけにはいきません。―――特にお連れの方にはここで退場してもらいます」


 話の矛先が向き、アーサーが小さく鼻で笑う。


 「オオバ、お前は先に行け」

 「……まさか、あの馬鹿デカイのを一人で倒すのか?」

 「当然だろう? むしろ、“お荷物”のお前がいないと楽、というものだ」


 アーサーは右腰に付けた“崩剣”の柄を握る。まるで、アーサーの意識に呼応するように、赤黒い大理石は神々しくも鈍い光を放った。

 抜き出され、天にかざされる“崩剣”。

 ……確かに。今の彼こそ、その剱を振るうに相応しい人間と言えるだろう。

 天井へと向けるれる剣先。そのままシルエラへと振りおろされる。

 ―――とばかり思っていたが、あろう事かアーサーは“崩剣”を俺へ放り投げた。

 俺は慌ててそれをキャッチする。あまりの重さに前屈みになり、腰が抜けそうになった。


 「はぁ?! 何してんだよ!」

 「―――持っていろ」


 アーサーが頬を上げ、挑発するように笑ってみせる。


 「そんな重いもの持って戦えるか。“お荷物”同士、仲良くやっているといい」

 「お前……っ!」


 俺が睨んでいる事など全く気にしない様子で、アーサーはポケットから取り出したグローブも俺へ投げた。


 「貴様は、剣などまともに握った事が無いだろうからな。“吸引魔術”の刻まれたものだ。念じるだけで手元へ柄が飛んでくるようになっている。落として傷でも付けられては困るからな」

 「こんな事して許されるのかよ! これ……、一家に伝わるものなんだろ!?」

 「だから、荷物持ちらしく持っていろと言うのだ。―――分かったらさっさと行け。ここは俺一人で十分だ」


 まるで鼓動のように、“崩剣”は両腕の中で鈍い光をゆっくり点滅させる。それは急かしているようにも見えて……今すぐにも使えとでも言っているようである。

 アーサーは軽くなった体で跳ねながら、目を細めた。


 「さぁ、早く行け。いつ戦場になってもおかしくのだぞ?」


 そう言って、二階へと続く螺旋階段を顎で指した。

 良いのか……? という疑問が一瞬脳裏を掠めた。が、彼がこの剣を託した時点で、そんなの考えなくとも分かるだろう。


 「死んでから後悔するなよ」

 「いいから行け、荷物持ち」


 アーサーはシルエラに目を向けたまま答える。もはや、彼の視界に俺は入っていないのだろう。

 俺はアーサーに背を向け階段へと向かう。

 最後に見た彼は、左腰に備えた“模擬刀”を握っていた。          



―――――――――――――――――――――



 「てっきり、妨害するものかと思っていたがな……」   

           

 階段を登っていったヨツバに一切攻撃すること無く、シルエラは見ているだけだった。


 「あなたを瞬殺してから追えばいいだけですから」


 シルエラが左腕を横に振ると、もう一本巨大な腕が顕現する。


 「本当、分かりませんよ。何故あなたみたいなのが、ゼムスト様の邪魔をするのか。神方を全員殺すことで得られる、ゼムスト様が求める素晴らしい理想の世界。何故拒むのです?」 

 「何故だろうな―――」


 ポタっ。と鳴る小さな音。その数秒後に、地響きを伴って凄まじい音が空気を震撼させた。

 シルエラが右を向く。

 そこでは、一瞬前まで肩に結合されていた右腕と、顕現した巨大な腕が地面に落ち、煙を上げていた。      

 シルエラが目を見開き、アーサーを見る。

 “模擬刀”を抜き終わり、静止しているアーサー。その体勢のまま、彼女を睨みつけていた。


 「貴様の主が求める世界、大いに語るといい。しかし、その世界にお前は存在していないだろうがな……」



―――――――――――――――――――――    



 階段を走る。

 右手に青いグローブをはめ、“崩剣”を持ち、最上階へ向けひたすらに走る。

 最上階に彼女がいるなんて誰も言っていないが、大抵こういう時は城の最上階と相場が決まっている。

 それを裏付けるよう、階を増すごとに体内の“純黒”が荒ぶるのを感じる。これはきっと息切れと関係ないはずだ。

  城には先程のシルエラとゼムスト以外いないのか、行く手を阻む新手は現れない。ただ、階段を上がっていくだけだ。

 鼓動が跳ねるのを感じる。

 次の階に上がれば、ゼムストが待ち受けているのではないかと思うと、一抹程……本当に少しだが恐怖心が漏れそうになった。

 そして―――

 俺は足を止めた。

 見上げれば、あと数段で階段も終わる。

 “純黒”の荒ぶりようといい、この先に奴がいるのは間違いない。

 息を整え、“崩剣”を肩に担いで階段を一歩ずつ踏みしめた。

 そして、俺は高らかに声を出す。


 「よぉ、待たせたな」


 最上階は、一階ほどでないにしても十分に広い。

 最奥では、ビオラが両腕を広げた状態で吊るされている。胸の穴が塞がっている辺り、ある意味無事と言えるのかもしれない。

 その前の王座で足を組むゼムスト。不敵に笑う様はさながら“魔王”と言えるだろう。

 そして、その全てを見下ろすように、最奥の壁はステンドグラスで絵画が描かれていた。


 「やぁ、初めましてが正しいのか?」


 ゼムストが立ち上がる。


 「ゼキシアが長い間世話になって……いや、世話してたみたいだな」

 「ああ。俺はそいつがいないと何も出来ないんでな。返してもらいに来たぜ」


 ゼムストは心底馬鹿にしたように鼻で笑った。


 「勘違いするなよ、ゼキシアは俺の魔導書だ。俺が寝てる間何がどうなってお前の所有物になったかは知らないがな。むしろ、お前が俺の魔力を返せよ」

 「別に話し合いで解決しても構わないぜ。俺はビオラさえ戻ってこればお前の復活なんてどうだっていい」

 「戯言を抜かすなよ。そんな物騒な“エモノ”担いでるんだ、鼻っから交渉の余地なんて無いだろう」


 奴の言う通りだろう。

 俺は“崩剣”の刀身を眺める。鼓動のように点滅する赤黒い光は、未だ収まっていない。

 後は、この剣の名を呼べばいいだけだ。面倒な詠唱は一切いらない。

 あらゆる魔術を無効化できる敵とは言え、刃物で切られれば無事ではあるまい。

 “崩剣 インバリダス”。これさえ振れば、ゼムストにだって勝てるだろう。

 これさえ振れば―――


 

 「やっぱやめーた」


 

 俺は刃先を床へ向けると、そのまま突き刺した。


 「俺には使えねえよ、こんな大層なもん」

 「どういうつもりだ……?」


 ゼムストは疑うように顔をしかめる。敵が目の前が“最善の手”を放棄すれば、そんな顔にもなるだろう。

 俺は歯を見せて笑う。今までに無いくらい悪巧みをしてそうな、悪い顔だっただろう。


 「さっきも言ったろ、俺は一人じゃ何も出来ない。飯も作れねえし、朝一人でも起きれねえ。なんなら、文字すら読めねえ。いつだって誰かに助けてもらいながら、これまで過ごしてきた。皆の助けがあって立ち向かってきた。……一人で勝てた敵なんて、一人たりとしていないんだよ」


 俺は拳を突き出す。それは、一種の宣戦布告だった。


 「でも……、いや、だからこそ、お前は俺一人で倒す。ビオラは俺の力だけで取り戻す。誰の力も借りない。今の俺にある力で立ち向かってやるよ」


 唾を飲み込み、喉を湿らす。


 「刮目しろ、ゼムスト。聞いてろよ、ビオラ。―――これが俺の、最後の詠唱だ」

   

 昔を思い出すように、唯一の特技(早口)を取り戻すように、詠唱する。

 俺は、ここで死んでもいいと思っていた。

 この詠唱に持っているもの全てを捧げ、それでビオラを連れ戻せるなら、後悔はない。

 ゼムストは、さもおかしそうに笑みを見せていた。そりゃあそうだろう、何故なら―――

 数分もしないうちに詠唱は終わる。16217文字の詠唱文も俺にかかれば、即席ラーメン並に早く完成する。

 ―――俺の手の中に、“黒い炎”が灯った。


 「まさか最後の詠唱とやらが、俺の魔術―――“凶爛魔術”だとはな」


 ゼムストは傑作とでも言いたげに、両手を広げ、俺へ歩み寄る。

 ―――“凶爛魔術”。

 何時ぞや、効果は教科書で暗記した。

 極限まで五感を強化し、身体能力を人間の到達出来ない領域にまで無理やり持っていくのだ。もちろん身体が耐えられるはずも無く、最終的には使用者を“死”にまで到達させる。―――身体強化魔術でありながら、人を殺める禁術。


 「だがな、俺に魔術は効かないんだよ! それが俺の魔術だろうと、無関係にな!」

 「誰がお前になんて使うかよ―――」


 手に集まった“純黒”の塊を握り潰す。

 ―――瞬間、全身の血管が針金で貫かれるような激痛を超えた何かが襲う。


 「―――これは俺自身にだ」


 駆け出す、とほぼ同時にゼムストの顔が迫る。……刹那的な速さだったが、俺の脳は正常に状況を把握していた。

 ゼムストの表情筋が動くより早く、渾身の拳を放つ。奴の顔面が歪んでいくのがスローモーションで見えた。

 地面に倒れるゼムスト。

 俺は両目に拳、人間の設計上生じるあらゆる隙間から血を吹き出しながら叫ぶ。


 「お前が滅びるか! 俺が朽ちるか! どっちが早いか競走と行こうじゃねえか!」     

アーサーが“崩剣”を託し、ヨツバが最後に魔術を詠唱する。やりたかったことを全て詰め込んだような話でした。

ご存知かと思いますが、各話の題名は作中の台詞から取っています。……今回は非常に悩みましたね。


次回は水曜日です。オオバヨツバの最後の戦い、お楽しみください。

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