“貴方”ですよ。ヨツバさん
目が覚めると、自室の天井が見えた。
確か、“舞踏会”でビオラと踊っていたはずである。いつの間に部屋へ戻ってきたのだろうか……。
「目が覚めましたか?」
詳しくはビオラに聞こうと思った時、そんなセリフが隣から聞こえた。……しかし、声がビオラのものでは無い。
顔を横に向けると、そこには、純白の瞳をした少女―――エルが椅子に腰掛けていた。
彼女の顔を見た瞬間、とんでいた記憶が全て戻ってくる。咄嗟に起き上がり、彼女の肩を掴んだ。
「ブリールは何処だ!」
「“教会”の本部へ戻されました。今頃治療中だと思います」
欲望のままに暴力を振るったつもりだったが、まだ満たされていないらしい、ブリールを思うと腹の底から湧き上がってくるものがあった。
しかし、俺の理性を司る部分がもっと重要な事を気づかせた。俺は辺りを見渡し、部屋に誰もいないことを確認する。
「ビオラはどうなったんだ!?」
「今から話しましょう。……まずは、その手を離してくれませんか?」
エルに怒りをぶつけた所で仕方ない。
俺はゆっくりと彼女の肩から手を離し、ベッドに座った。
俺が落ち着いたのを確認すると、エルは口を開く。
「単刀直入に言います。ビオラさんはここにはいません。―――ゼムストに攫われました」
「はぁ?」
直ったのかどうかを聞いたつもりだったが、意味不明な方向へ話が飛んでしまった。
「ヨツバさん、貴方は何処までの記憶がありますか?」
「ええ……っと……。ブリールにトドメを刺そうとした時に、ハロルドに止められて―――」
「意識がある時の記憶は残っているようですね。……ヨツバさんが気絶した直後でしょう。ゼムストが現れたのです」
エルは、“舞踏会”に現れたゼムストがビオラをさらって行く迄を、まるで直接見ていたかのように語り始めた。
ゼムストの存在自体は、“近代魔術史”か何かの教科書で見た気がするが……。寝起きで頭が回っていないせいか、疑問点が数えきれない程ある。
「ちょっと待てよ……。この際、ゼムストが何で復活するのかとか、そんな些細な事はどうでもいい。何でそのゼムストが、ビオラを攫う必要がある?」
「ビオラさんが、彼の完全復活に必要な、最後の“鍵”だったのです」
質問したら、謎が深まったぞ……。
「おいおいおい……。ビオラは“俺の”魔導書だぞ? 何でそんな“鍵”になってんだよ。いつそんな大層なモノなったんだ?」
「ヨツバさんが、ビオラさんを購入する前のことです。彼女は元々、ゼムストの魔導書―――ゼキシアとして稼働していました。それを、ゼムストは封印される直前、復活の鍵となる自身の魔術と魔力を入れ、何処かに保管していたのでしょう。それが巡り巡って、ヨツバさんの元へ来たのです。―――きっと、あの人型魔導書は“中古品”として売られていたのではありませんか?」
「ちょっと……ちょっと待てよ、そんなのおかしいじゃないか! ビオラは俺が外見設定も名前も決めたんだ。俺が早口すぎて、要望通りの―――」
「貴方の早口が原因ではないのですよ。再起動されても、元の外見になるよう設定されていたのでしょう。記憶は消えていたようですけどね……」
「じゃあ……」
じゃあ……、に続く言葉が出なかった。
俺は、最悪の転生者であるゼムストの魔導書と過ごしていたというのか。
彼女の外見も、性格も、俺への言葉も……、全て俺ではなく本来ゼムストに向けられるべきものだったと言うのか……。
鼓動が早くなるのを感じる。
今までの俺が一切合切否定されているようだ。
「さて……、これでゼムストがビオラさんことゼキシアを連れ去った理由が分かりましたね?」
「ああ……」
蓋を開けてみれば、分かりたくなかったけどな……。
これ以上聞く価値を感じない。俺は考え事でもするように、俯いた。
「最後の“鍵”であったゼキシアさんを手に入れ、ゼムストは残すところ復活するだけです。しかし、彼にも予想できなかったことが起きました。ゼキシアさんは“鍵”ではなくなっていたのです」
「は?」
驚きのあまり顔を上げる。
今まで組み立てていた情報が一瞬で崩れ去る。予想できなかったのは、俺の方だ。
「ゼキシアに入れたはずだった、魔力と魔術が無くなっている。ゼムストも今頃気づいているでしょうね」
「じゃあ、その魔力と魔術は何処にいったんだよ」
「―――“貴方”ですよ。ヨツバさん」
エマは当然のように指を俺へ向ける。
「貴方の中にあるんです。現に、“魔力切れ”の感覚が無くなっているでしょう?」
言われてみれば確かにそうだ。
気持ち悪くもなければ、脱力感も無くなっている。
「ビオラさんが意識を失う直前、魔力も魔術も貴方に託したのです」
「俺に……」
俺の中で巡る魔力と、詠唱文。
握り拳をつくると、“黒い魔力”が湯気のように漏れてくる。
「ゼムストは躍起になって貴方を探すでしょうね。それと同時にゼムストを恐れる神々も貴方を探す出し、保護という名目で監禁するでしょう。貴方が渡ってしまえば、ゼムストが完全復活することになりますから」
「……何が言いたい?」
「動くなら今、ということです」
エマが妖艶に目を細める。
「きっと、すぐ“討伐隊”が組織されることでしょう。……しかし、相手はゼムスト。全ての魔術を無効化する彼にとっては、百戦錬磨の魔術師も、万能の力を持つ転生者も赤子当然です。―――しかし、ゼムストを除いてこの世界で唯一“黒の魔力”を持っているヨツバさんは違います。貴方だけが、ゼムストに対抗することが出来るのです」
「なんだよ……俺に戦えって言うのか」
「それ以前に、“取り戻したい”のでは?」
……俺は、答えない。
それを言うのは卑怯ってものだろう。そのカードを出されたら、俺がどうするかなんて決まっている。たとえ“未来”が見えていなかろうと分かり切っている。
俺は立ち上がると、決意するように息を吐いた。
「ゼムストも、神様方の事情も知ったこっちゃない、どうだっていい。―――俺はビオラを助けたいだけだ。その為なら世界の危機もなんだって止めてやるよ」
エマはクスリと笑い、窓へと視線を向ける。
「そろそろ出てきてはどうですか、イロツキ ミヤビさん」
窓の外からガタッと音がする。
しばらくして顔に大きなガーゼを貼ったミヤビが、恥ずかしそうにしながら、部屋へ入ってきた。
「いつから気づいてた?」
「私は“未来”が見えるわけですから、強いて言うなら、貴方が隠れる前からです」
「ならもっと早くから言って欲しかったけど……」
ミヤビは話題を戻すように咳払いをし、俺へ視線を向ける。
「ヨツバっちなら、そう言うと思ってたよ。だから、皆もう準備はできてる。アニーっちも、ハヤトっちも皆ね。だから、早くビオラっちを助けに行こう」
「いや、今回は俺一人で行かせてくれ」
「へは?」
俺の返答が意外だったのだろう、ミヤビは空いた口が塞がらないようで、金魚のようにパクパクとやっている。
「でも……いや……、無茶だよそんなの」
「かもな。でも、今回ばっかりは俺一人でビオラを救い出す」
俺の目を見て、決意が硬いことを悟ったのだろう、ミヤビは「あああ!」と唸りながら頭を掻きむしる。
「じゃあ何だよ、私にはゼムストの居場所まで送ってけっていうの? なんて酷な友達遣いだ。とんだアッシーだよ私は!」
「友人として断るなら、“タクシー”としてもう一度頼む」
俺がポケットから出した、ボロボロの“イロツキ タクシー”の名刺を、ミヤビは横目で見てため息をついた。
「まだそんなの持ってるとはね……。わかったよ。ヨツバっちが言う事聞かないのは最初からだし。今回も付き合ってあげるよ」
ミヤビは俺から名刺を奪うと、二度と使えないようビリビリに破り捨てた。
「……恩に着る」
「ちぇ、ずるいよ。こういう時だけ真面目な顔するんだ」
俺の生態を分かり切ったミヤビが嘆息を漏らし、俺の肩に手を置いた。
「じゃあ心の準備はできた? ちゃっちゃと行こうか?」
「―――待て」
遮った声は、玄関からだった。
いつの間にか開いていた扉の先に、アーサーが立っている。
「俺も連れて行け」
「……いつからいた?」
「イロツキが現れる少し前からだな」
「なら今のくだり見てただろ。今回は俺一人で行く」
しかし、それで納得するアーサー・ペイジではない。土足で入り込んで来ると、俺とエマの間にドンッと胡座をかいた。
「ボロ雑巾のようなお前を一人で行かせられるか! 俺も連れて行け!」
「お前が言えたナリかよ……」
確かに、俺も全身傷だらけで、お世辞にも万全の状態とは言えない。しかしそれはアーサーにも言えたことで、むしろ包帯の量なら彼の方が多いくらいだろう。
「いいだろう? お前が死んだ時、骨を拾う役くらいにはなってやる」
「お前な……」
今から一世一代の大勝負をしようという時に言うセリフでは無いだろう。
しかし―――
彼の腰に携えられた新品の模擬刀。そして、その反対側にある“崩剣”の柄に、彼の手がかかっているのを見て、俺は悟った。
「……分かった。ただし、出しゃばるなよ」
アーサーは黙って立ち上がると、俺の肩に手を置いた。……本当に分かっているんだろうな。
その光景を見ていたエルは、視線を落とすと、少しだけ微笑んだ。小声で何か言った気もするが、正確には聞き取れなかった。
「じゃあ行こうか……」
ミヤビが呟く。
「―――ヨツバっちのお姫様を助けにさ」
体調不良の為に、投稿が朝になってしまいました。
説明ばかりで少々退屈な話ですが、この後にはヨツバとゼムストの決戦が待ってるわけです。
あと少し、頑張って書いていこうと思います。
次回は日曜日です。