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お変わりなく、不機嫌そうな顔っすね


 森の中にある、名前も無い小さな村。

 その村に、とある姉妹とその両親が暮らしていた。

 裕福では無いが、不自由もない暮らし。姉は妹を可愛がり、妹も姉によく懐いていた。

 人々は、村の守護神を信仰し、守護神もその役割を果たしていた。

 幸せで朗らかな日々が永遠に続く、誰もがそう思っていた。

 ―――あの純黒(最悪)が来るまでは。



―――――――――――――――――――――



 小雨の中、少女は灰色のフードを被り、故郷を訪れていた。

 故郷、と言っても、今は誰かが住んでいるわけではない。民家の大半は崩れ、残っているものも、“あの時”の火事や、風化によって半壊状態。少なくとも、人が住めるような状態ではなかった。

 変わってしまったようで、何も変わっていない景色。少女の記憶ではもっと酷く、悲惨であったが、時間の経過が緩和してくへれたのだろう。

 少女は、水溜まりを気にもせず歩く。

 昔の村とは似ても似つかなかったが、懐かしい風景も見る度、家族との思い出―――捨て去ったはずの記憶が想起しそうになる。

 少女は唇に歯を立て、その記憶が鮮明に蘇るのを阻んだ。……今思い出したら、耐えられなくなると分かっていたのだ。

 焼け落ち、完全に跡形も無くなった“大聖堂”の横を過ぎ、少女はとある民家の前に立った。

 屋根は半分崩れ、家と言うよりかは、子供の造る秘密基地のような外見をしている。少女がドアノブに触れると、軋むような音を立てて扉が開いた。

 外装に比べると、家の中は雨漏りしている程度で、昔と変わっていない。部屋の中心に備えられた木の机と、それを囲う4つの椅子。少女が机を指で撫でると、埃や塵が着いた。

 少女は玄関から最も離れた椅子の前に立つ。脚は長いのに、座の部分がとても小さい。……椅子の持主はまだ幼かったことが分かる。

 懐かしさで少し微笑んだ少女は、その椅子に無理やり臀部を収めると、貫に足をのせ、膝を抱えた。

 少女は目を閉じ、何も考えない。浮上してきそうになる記憶も、すぐに噛み殺す。……聞こえるのは、椅子の軋む音と雨の音。―――それと、足音。


 「うひゃー、汚いっすねー」


 聞き覚えのある耳障りな声。

 少女が歯ぎしりをしながら、目を細めて顔を上げると、そこには、服に着いた水滴をはらう、“元同僚”の姿があった。


 「アズラ……」

 「どうもっす、イールさん。お変わりなく、不機嫌そうな顔っすね」


 “元”熾従者(セラフ)の一人、イール。

 “教会”を抜けた彼女の前に、“元同僚”であるアズラが立っていたのだ。


 「おっと、『いつからつけてた?』みたいな事は聞かないでくださいよ? イールさんが“教会”を黙って抜けてからずっとっすから」

 「放っておけ、と置き手紙を書いたはずだが?」

 「そういう訳にもいかないんすよ。イールさん、“聖遺骸”持ったままっすよね? ソレを返さずに抜けられても困るんすよ」


 イールは両義手で、“生身”である二の腕握る。

 彼女に与えられた“聖遺骸”―――“転移魔術”。自身の義腕と義足を、“教会”の宝物庫とリンクさせ、彼女の意のままに、あらゆる剱を呼び出す魔術である。


 「というか、そもそもなんで急に“教会”を辞めたんすか?」

 「……逆に何故お前は“教会”に身を置く」

 「私っすか? そりゃあ衣食住揃って、お金の入りもいいっすからね。産まれた時から“教会”にいるブリールさんとか、転生してきたエルは知らないっすけど……。ま、人それぞれ理由はあるんじゃないっすか?」

 「だろうな。人それぞれ理由はある。―――私はその理由が無くなったから辞めた」


 イールは自嘲的な笑みを浮かべる。

  

 「なァ? ここが何処か分かるか?」

 「大方は……。でも、無知なフリをしてあげますよ」

 「ここは、私が生まれ育った家。そして、村だ」


 イールは両腕を広げ、まるで自慢でもするように語り始める。

 面倒だった学校。森に造った秘密基地。親切な隣人。よく遊んだ友人。村の習慣、祭り。家族……そして、妹のこと―――。

 まるで今その光景を見ているかのように、イールはさも楽しそうに、そしてとても辛そうに語る。……口は微笑んでいたが、目は開き、雫が溜まっていた。


 「楽しかったよ本当に。嫌な記憶なんて一つたりとしてない! ただ、完璧だった私の世界をぶち壊していったんだよ、ゼムストの野郎が!」


 それは、なんの前触れも、前兆も無かった。

 何の変哲もない普通の日に、奴は人型魔導書を二人引き連れ、たった三人でやって来たのだ。


 「忘れたくても忘れられない。私が知ってるモノ―――私の世界が無惨にも壊されていくんだ。隣に住んでたオジさんも、村長も、パン屋のオバさんも、そして両親も、悲鳴をあげながら殺されていく―――」


 後に知ったことだが、当時のゼムストは、神の殺し方を模索していたらしい。

 神は神でないと殺せない。しかし、ゼムストは考えた。そもそも神は人々の信仰があって成り立っている存在だ。……ならば、信仰を持つ人間を全員殺せば、神の存在も無くなるのではないかと―――。

 そして、彼が目をつけたのがイールの住む村と、その守護神。元々外部との交流が殆ど無かったので、村の人間がいなくなれば、その神を知る者などいなくなってしまう。


 「皆が殺されてく中、私は妹を……ウェンディを抱きしめながら樽の中に隠れていた。目を閉じていれば、誰からも見えないような気がしたから、必死に目を瞑っていた。見つからないよう二人で縮こまって、息を潜めて……でも、ずっと習慣だった神の名前を呼び続けていた。必死に、必死に必死に―――」


 ふと、イールが壁に目を向ければ、あの時呼んでいた神の名と、祈りの言葉が書いた紙が貼ってある。

 イールは鼻で笑う。―――もう存在しない神の名だ。人ひとりとして救えない無能な神だ。


 「でも、すぐ見つかるわけだ。私とウェンディはひきずり出されて……。そして―――」


 

 きっと彼女達が最後だったのだろう。ゼムストは姉に見せつけるように妹をいたぶった。

 イールは二の腕から先が無くなった腕を必死に伸ばし、太腿から先が無くなった足で一心不乱にもがいたが―――。

 その時の出来事は鮮明に覚えている。

 しかし、ここで口に出したら、またあの時に時間が戻ってしまうような気がして、声にできない。そんな事確実に起こらないというのに、イールは恐怖から言えなかった。


 「そして……なんっすか?」

 「全てが終わった後、生き残っちまった私の元に、“教会”が現れたんだよ……」


 結局、その凄惨な光景は口に出さなかった。


 「“教会”は私を保護すると、ゼムストの存在とその目的について教えてくれた。それからの私はガムシャラに鍛えたよ。この村と四肢、そしてウェンディの恨みを晴らす為、必死だった。そこからは……お前もわかるだろ?」

 「ゼムストが封印されたんすよね。……イールさんが成長する前に」


 アズラの言う通り、イールの村の一件以降、存在危機を感じた神々がすぐに討伐隊を組織し、ゼムストは封印されたのだ。


 「あの日から私は煮え切らない、やりようのない復讐心の中でもがいてる。……ゼムストと同じ“転生者”で気を紛らわすため“熾従者”にも入った」

 「じゃあ、なんすか? イールさんは復讐の為に“教会”に入ったんすか?」

 「違うな……!」

    

 イールが机を叩きつけた。フードの中で、三日月の紋章が光る。

 

 「私の人生そのものが“復讐”なんだよ。私はゼムストに復讐するために生きてる。でも叶わない。奴はとうに封印されているんだからな!」


 イールが興奮のあまり立ち上がる。

 腰掛けていた椅子が床に倒れたが、彼女は気にしなかった。

 

 「でもどうだよっ! どっかの誰かが奴を復活させようとしてる! どっかの誰かが私に復讐するチャンスを与えようとしている!―――でも、“教会”はゼムストの復活そのものを阻止しようって魂胆だ。なら、私が所属する理由は無くなった。後はただ、奴が戻ってくるのを待っていればいい!」  


 狂乱したように笑うイール。机に手を付き、抑えようとするが、どうしても我慢できずに笑いが漏れてしまう。

 アズラはそんな彼女を軽蔑的な視線で見ていた。


 「残念っすけど……。ゼムストの復活はありませんよ。さっき“教会”がヴァルーチェで“疎楽園”を撃退したんすから」

 「ほんとうか? それは確実に言えることなのか?」


 嘲るように、ニヤニヤと笑うイール。

 アズラは純粋な恐怖心を得た。右手がゆっくりと、懐の武器へ向かう。


 「私は感じ取ったぞ。―――“黒の魔力”を!」


 イールは“転移魔術”で右腕を剱に変えると、アズラを避け玄関に立つ。


 「この“聖遺骸”なら渡してやるよ。復讐が終わった後、ゼムストの首と一緒にな!」


 そう言い残し、走り去っていくイール。

 アズラはそれ以上追わなかった。

 命が惜しいと思ったわけではない。追っても追わなくても、同じことだと思ったのだ。          

というわけで、プロローグ兼エピローグである、イールの過去でした。数ヶ月間出てませんでしたからね、皆様も忘れていたことかと思います。

能力上、何処に何人いても矛盾が起こらないアズラは便利なキャラだなァと思ったりもしました。


次回は水曜日です。

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