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…私もです


 優雅な音楽、シャンデリアの照らす幻想的な光。

 他の生徒もいる中、俺とビオラは図々しくも会場のど真ん中で、緩やかに踊っていた。

 そんなわけだからもちろん目立つわけで、視線が痛い程刺さる。その中には、「何故クイーンがあそこで冴えない野郎と踊っているのか?」と疑問の眼差しもあっただろう。しかし、舞台にも“奴隷商三姉妹”の化けたビオラがいるため、話しかけてくる者はいなかった。俺と踊っているのが偽物だと思っているのだろう。

 チラリと舞台に目を向けると、“偽物のビオラ”と目が合う。

 冠を頭にのせた彼女が、三姉妹の誰なのかは分からなかったが、あちらも俺を見ていたらしく、目が合った瞬間、怪訝そうな顔で舌を出してきた。


 「そりゃあ、迷惑だよな……。急に呼び出されて……」


 ビオラにも聞こえないように呟く。

 数ヶ月も前の事をほじくり返されて、何の連絡もなく半強制的に“偽物役”をやらされているのだ。上機嫌になる方がおかしいだろう。

 そんな彼女を連れてきた張本人、ミヤビと言えば、会場の縁にある机を、ウィリーを筆頭としたいつものメンバーで占領し、上機嫌にグラスを掲げている。

 一方的にアニーと肩を組み、包帯だらけで全身ボロボロだがとても楽しそうだ。その横で、皿に顔をうずめているウィリーとロザを含め、見ていて愉快である。


 「マスター、ステップがワンテンポ遅れています」

 「おっと……、悪い!」


 慌てて、ビオラの調子に合わせる。

 ダンスが絶望的に駄目な俺は、ビオラにリードしてもらう事で何とか踊れている状態なのだ。少しでも気を抜くと、暗黒舞踏のようになってしまう。

 にしても―――

 少し俯きながら、音楽に合わせて身体を揺らすビオラ。

 俺が見つめていると、ふと顔を上げる。その時に動く髪がなんとも綺麗だった。


 「どうか、しましたか?」

 「いや、なんでも……」


 俺は適当に返事をする。

 こうして見ていると、彼女と初めて会った時を思い出す。―――中古品の彼女に、俺が設定を吹き込もうとしていたところを。あまりに早口で、正確に聞き取れなかった事を。   


 「懐かしいですね……。私の外見と性格が全くの別物になってしまったんですよね」


 ビオラが急に、俺の心を見透かしたように言うので、少し驚く。が、実際に“思考共有”で読み取ったのだろう。


 「私、あの時からマスターに相応しい従者になれるよう努力してきました……。少しは近づけたでしょうか?」


 ―――何を言わせている。

 相応しくないのは間違いなく俺の方だ。

 強さを求め、自分の“武器”まで捨て、“黒文字”を貪った。ビオラなんて全く顧みず、ただ一人で突き進んだ。

 その結果がどうだ。魔力を失い、ビオラがいないと、“魔力切れ”で立つことすらままならない。

 ―――相応しくないのはどっちだ。

 彼女は最初から完成されている。

 それでも歩み寄ってくれる彼女に俺は気づかず、別方向へ“盲進”してしまった。


 「相応しいなんてもんじゃない……。今は、お前じゃないと駄目なんだ」


 目を合わせて堂々とは言えなかった。だから、はぐらかすように目を逸らした。

 恐る恐るビオラの顔に目を向ける。

 

 ―――彼女は笑みを作っていた。

 

 まるでクシャミでもしたかのように、不器用に、下手くそに。哀愁があり、とても人間らしい、“歓喜”より、“安心”の優った顔。


 「―――ありがとうございます」


 少し涙を溜めた瞳。彼女が目を細めると、一滴の雫が頬を通った。

 この顔を見るのに、俺はどれだけ時間をかけてしまったんだろう。

 

 言わなければいけない、と思った。俺が彼女に対して思っている事全てを。

 しかし、言えない。

 妙なプライドと緊張で口出せない。

 なら、方法は1つしか残っていないだろう。俺とビオラだからできる裏技を使うしかない。


 「悪いな、ビオラ。これで勘弁してくれ……」


 俺はビオラの紅い左目と、包帯のまかれた右目を見て、念じた。

 声に出していたら、会場の全員が聞こえてるほど強く。 

 何を念じたかなんて、野暮な事は聞くな。回答のいらない、単純な一言。……過去の、どの俺でも、脳裏に過ぎることすらなかった言葉だ。

 突然の告白に、目を見開くビオラ。

 しばらく硬直すると、彼女は俺の肩に、そっと耳を添えた。


 「……私もです」


 ピアノや弦楽器の音が流れる中、彼女は俺の鼓動音に合わせて、ゆっくりと揺れた。



―――――――――――――――――――――



 「説明してもらっても、いいっすか?」

 「何をですか?」

 「ブリールさんがこれから、どうなるかっすよ!」


 手に顎をのせながら、うっとりとした表情を浮かべるエルに、アズラが問う。

 わざわざ“見張り役のアズラ”を倒してまでブリールは何をしようというのか。アズラには検討もつかなかった。


 「そうですね……。あまり直接的に“理想の未来”を語るのはよくないですから……、ブリールさんが最も恨んでいる相手を考えれば答えは分かると思います」

 「そんなの……」


 ―――エルに決まっている。

 屋上で繰り広げられた、あの凄惨な光景を見れば誰だって分かるだろう。


 「ええ、勿論私ですね」


 エルはさも当然のように言う。

 ……まさか自覚があったとはアズラも思わなかった。


 「しかし、私を殺そうにも不可能なのは、ブリールさんも分かっていると思います。賢い方ですからね」

 「じゃあ、あの人はどうするんです?」


 まさか、無差別に暴れ回るわけではあるまい。どれだけ頭に血が上っていようと、無関係な一般の生徒に手を出すほど落ちぶれた人じゃないはずだ。


 「見張りのアズラさんを倒しても、怒りはおさまらないでしょうから、私の次に恨みを持っている方の所へ行くでしょうね。―――例えば、彼女を負かした方の所とか。きっと黒星を返上したいでしょうから」



―――――――――――――――――――――



 「……マスター」


 ビオラは、肩に顔をのせたまま呟く。


 「これからも二人で頑張りましょう。そうすればきっと、魔力も戻ってくるはずです」

 「そうだな……。きっと元に……、いや、前より強くなれる方法があるはずだ」



―――――――――――――――――――――



 アズラはすぐさま立ち上がり、窓から身を乗り出す。

 “舞踏会”の会場である、“多目的ホール”から優雅な音楽が漏れていた。


 「これならきっと、学園中に聞こえているでしょう。ブリールさんのいた教室でも……」


 得意げに語るエル。これも彼女の見た“未来”そのものなのだろう。

 アズラは彼女の魂胆―――彼女が何を望んでいるのかやっと理解出来た。

 

 「これが、貴方の見た“理想の未来”なんすかっ……!」

 「ええ。でないと、わざわざブリールさんの邪魔はしませんよ。必要以上に彼女を怒らせたかったのです」



―――――――――――――――――――――


 「マスター」


 ビオラが、肩から顔を離し、改まって俺の顔を見上げる。


 「私は、いつまでもマスターの傍にいたいです……」


 妙な質問だ。まるで、彼女と別れなければいけないようである。

 気恥しかったが、これは口に出して言わなければならないだろう。


 「いつまでも居れるさ。俺は―――」 


  

―――――――――――――――――――――   

   

 「きっと、もうそろそろたどり着くでしょう……」


 エルは窓から離れると、鼻歌交じりに廊下を歩き始める。


 「―――ブリールさんも、“理想の結末”にも」



―――――――――――――――――――――



 「―――オオバ ヨツバぁ!!」


 会場に響く声。

 顔だけ向けると、そこにはブリールが立っていた。肩で息をしながら、片手で顔を覆っている。

 俺は訳が分からず、ただ呆然と彼女を見ていた。


 「貴方は……! 貴方だけは―――」


 ブリールの横に出現する“光源”。

 

 「生かしてはおけませんっ!」


 放たれる、殺意の塊。

 俺は迫り来る“光線”を眺めるしか出来なかった。

 脳が処理出来ない。完全に油断していていて、避ける以前に、何故ブリールがここに来たのかという問で脳が止まっていた。

 “光線”は丸太のように太く、俺の腹を貫こうと軌道を逸らさず迫ってくる。

 喰らえば致命傷は免れない。しかし、喰らう以外の選択肢はなかった。

 悟った。―――俺はここで死ぬのだと。


 「マスター!」


 声が耳をつんざく。

 次の瞬間、横へ突き飛ばされる俺の身体。

 そして、“本”が焼ける音と、焼ける臭いが、辺りに漂った。

 

 ―――ビオラが俺の身代わりとなった。


 「ビオラっ!?」


 すかさず、倒れた彼女を抱きかかえる。

 腹部に空いた大穴。“人型魔導書”とは言え、無事で済むはずがない。

 混乱、動揺、不安。俺から湧き上がる感情は、すぐに一つの感情に淘汰された。―――ブリールに向けた、殺意という明確な感情に。


 「おまえぇぇぇ!!!」


 喉が破裂しそうな程叫ぶ。

 産まれてこのかた得たこともない激情。

 ただ殺すだけでは無い。痛めつけ、なぶり、後悔させ、彼女の原型が何一つとして残らないまでに切り刻んでやりたい。具体的な方法など一瞬で何百と浮かぶ。

 瞳孔を開き、したり顔のブリールに、今すぐにでも拳をぶち込もうとした、その時だった。

 ―――ビオラが俺の手を握る。


 「……マ……ス、ター……」

 「なんだ?!」


 まさか意識があるとは思っていなかった。

 となればビオラが第一優先だ。彼女のどんな声も聞き漏らさぬよう顔を近づける。


 「ごぶじ……で……すか?」

 「俺は大丈夫だ! だから、喋るな!」


 ビオラは俺の声など聞こえていないのか、ゆっくりと微笑み、「よかったぁ……」と呟く。

 左手で俺の頬に触れる。残った手で、自身の右目を覆う包帯に手をかけた。

 包帯を剥がし、顕になる“純黒の瞳”。

 まるで闇そのものを覗きこんでいるようだ。


 「これが……、私の……授ける、“最後の魔術”です……」


 額と額が触れ合う。

 その瞬間、脳裏に流れ込んでくる詠唱文。

 それと同時、彼女の瞳から“純黒”が漏れだし、俺の目を通して全身に巡っていく。

 まるで、血管を針金が行来しているような激痛。不思議と温もりを感じた。

 俺の頬に触れていた、ビオラの手が地面へ落ちると、彼女の目はゆっくりと閉じる。


 「お別れは済んだようですね……」


 ブリールの声が耳に届いた。

 息を荒らげて立ち上がると、彼女の方へ身体を向ける。

 もう、“魔力切れ”のダルさは無かった。

 その代わりに流れている、ビオラの残した詠唱文と、“純黒”。

 拳に力を込めるとその“純黒”が、身体から溢れ出てくるのを感じた。

 ブリールにも視覚出来ているのか、彼女は目を見開き、持っていた杖が零れ落ちる。


 「何故……!!? 貴方が“黒の魔力”を持っているのですか!」


 叫ぶブリール。

 明確な殺意をもって呟く。―――脳裏に流れる詠唱文を!


 「―――gratia(ゼムストに) Zamst(幸あれ)!」

やっとこさ、ヨツバとビオラの想いが通じあったわけですが、なかなか一筋縄ではいきません。

視点変更を多用して、緊張感を出そうとしましたが、あんまり上手くいってなさそうですね……。


さて、物語も佳境に入り、ヨツバの物語も終わりが近づいています。ゼムストの魔術を、ヨツバが使うシーンはずっと書きたかったんです。……最近毎回言ってる気がしますが

次回は水曜日です。

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