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忘れてるみたいですね


 ―――“舞踏会”会場、多目的ホールの西口。

 時刻は16時54分。

 そこに、俺とエマ・テンペストはいた。メインゲートである北口とは違い通る用事も無いので、人は俺達しかいない。

 “舞踏会”の会場内では、オーケストラの奏でる鮮やかな音楽が流れており、その音は外まで漏れてくる。

 その音楽に合わせて、エマはバレエの選手のようにクルクルと回っていた。


 「どう? 綺麗に踊れてる?」

 「それはそれはとても綺麗に……」


 俺が拍手を送ると、エマはふふん、と鼻をならして自慢げに微笑む。

 しかし、素直に賞賛しきれなかった。―――もうすぐ“時間”だとわかっていたから。


 「……また、会えるか?」


 唐突に呟くと、エマは回転をやめ、「うーん」と顎を指にのせた。


 「どうだろうね。会おうと思えば毎日でも会えるんだけど、ヨツバへの負担が大きすぎるんだよ。―――ほら、“世界そのもの”に干渉してるんだから。聞いただけで、不健康そうじゃない?」

 「あんまりそんな気はしないが……」


 適当にはぐらかした俺に、エマは首を傾げると、大股で一歩俺の元へ歩み寄ってきた。眼下に彼女の顔が迫る。


 「前は『俺が必ずお前を救ってやる!』とか、『世界の法則もぶっ壊してやる!』とか言ってたのに、今はやけに弱気だね」


 そんな事を言った記憶も確かにある……。

 しかし……。


 「俺にはもう魔力も無ければ、魔術も使えないからな……」


 エマはそれを聞いた瞬間、プスっと吹き出す。……事実を言って笑われるというのは、なかなか堪えるものがある。


 「私を助けるのに、魔力の有無なんて些細な問題だよ。まだ誰もやった事ないし、やろうと思った人間すらいないんだ。方法なんて分からないし、そもそも存在するのかも知らない」

 「……じゃあ、俺にできると思うか?」

 「どうだろうね……。でも、私は待ってるよ、ヨツバが救いに来てくれるのをさ」

         

 歯を見せて万遍の笑みをつくるエマ。その表情から、お世辞や冗談を言っていないことは分かった。

 ―――時刻は16時59分。もう時間が無い。


 「……エマ」


 彼女の顎に手を添え、俺の唇へとゆっくりと近づける。


 「おっと、おっと」


 しかし、すぐにエマはバックステップを取る。……意外と言うか、予想外の行動で、俺は動けなくなってしまった。


 「ダメだよ。次はヨツバが私を救いに来た時までお預けだよ」


 そう言われてはどうしようもない。

 恥ずかしさを押し殺して、冷静を装いながら咳払いをし、気を取り直す。


 「また、忘れちまうのか?」

 「どうだろうねー。これも私には分からない。でも、少なくとも私は忘れないよ」


 エルは手を後ろに回し、俺に背中を向ける。

 今すぐにでも飛び出して、エマの腕でも掴めばいい気がしてきた。しかし、それは彼女が望んでいることじゃない。


 「でも、私ばっかり気にしてちゃダメだよ。私以外にも、ヨツバのこと思ってる子はいるでしょ?」

 「“思ってる子”……?」

 「ふふ、そっちを忘れてるようじゃ、先が思いやられるなぁ」



 「マスター」



 背後から響く少女の声。

 俺は咄嗟に声の方へ向く。その時にはもう、視界の端に誰も影も無かった。    



―――――――――――――――――――――



 時刻はちょうど17時。“舞踏会”が正式に始まる時刻だ。

 “クイーン”であるビオラが、最も忙しくなるはずの時間だと言うのに、彼女は俺の隣に現れたのだ。


 「やっと会えましたね!」

 「え? あぁ……」


 状況の把握が出来ない。何故ビオラがここに来れるのだろうか。……抜け出そうにも、あまりに目立ちすぎる。


 「ミヤビさんのお陰なんです」


 未だ“?”の浮かんだ俺を察してか、ビオラ自身が説明してくれる。


 「以前、マスターを誘拐しようとした方々に頼んで、私の“偽物”を用意したらしいのです」


 誘拐……、“偽物”……。

 確か、“次元祭”で俺を売り飛ばそうとした奴隷商の連中―――“ポレット三姉妹”だっただろうか。

 まさか彼女達を引っ張り出して来るとは……、ミヤビも中々憎めないことをする奴だ。

 やっと状況が掴めたところで、改めてビオラを見ると、その衝撃に言葉が詰まった。

 いつもなら肩まで伸びている髪を後ろで纏め、“舞踏会”用に用意されたであろう、パーティドレスを纏っている。

 彼女の瞳の色と同じ、真っ赤なドレスで、露出した肩のラインが芸術品のように滑らかだ。

 俺の視線に気づいたビオラは、気恥づかしそうに一回転してみせた。


 「どうでしょうか……?」


 何も言えない。

 月明かりに照らされた彼女を見れば、どっかの偉い人だって、「月が綺麗ですね」なんて野暮ったらしいことは言わず「好きだ」とド直球に言うはずだ。

 口を開いて止まってしまった俺を心配してか、ビオラは話題を変える。


 「ところで……、マスターは傷だらけですね。今日の作戦はどうでしたか?」

 「おっ? おお……」


 着替える暇もなかったため、俺の身体はボロボロ、傷だらけのままだ。

 今日は沢山のことが起きすぎた。―――その大半は自ら起こしたものだが……。


 「色々あったよ。今でも身体中痛え」

 「しかし、流石マスターですね。それを全て切り抜け、今こうして私の前にいるのですから……」


 そこで話が止まってしまい。二人の間に沈黙が流る。

 しばらくして、ビオラが改めるように咳払いをした。  

 そして目を閉じると、ぎこちなくスカートを少し摘み上げ―――


 「―――私と、踊って頂けますか……?」


 そう囁いたのだ。

 そこで俺はやっと夢から覚めたように、今がどんな状況かを理解した。

 しかし、何と返ばいいのかは思いつかない。そもそも、踊りに誘うのは男性からがマナーだと聞いている。

 それに……、今の俺は……。


 『“魔力切れ”……ですか?』


 脳内に響くビオラの声。

 彼女は片目を開け、俺の事を上目遣いで見つめていた。   

 ―――“思考共有”。

 久しく使っていなかったが、そもそもな話、俺とビオラは“視覚”と“思考”が共有されているのだ。彼女の前では全てお見通しなのである。       

    

 「……私の事随分忘れているみたいですね」


 ビオラは突然俺に詰め寄ると、俺の両手を取り、指を絡ませる。


 「私は“人型魔導書”ですよ? マスターに魔力の供給することだってできるのです。―――こうしていれば、“魔力切れ”の代償も、ほら、感じませんよね?」


 抑えていた倦怠感や吐気がスっと引いていくのを感じる。……彼女の内蔵魔力が俺の中に流れてきているのだ。

 はなから断る理由は無かったが、これで懸念も無くなった。


 「―――さぁ、踊りましょうか」


 俺とビオラは、手を繋いだまま“舞踏会”へと足を踏み入れた。



―――――――――――――――――――――



 生徒達もいなくなり、ひっそり閑としている本校舎三階の廊下。

 ヨツバとビオラが“舞踏会”へ入っていくのを、窓越しに眺めていた二つの影―――。

 

 「いいですね……。とても、とても順調です」


 白い眼を細めながら、エルは嬉しそうに呟く。


 「そろそろ、教えてもらってもいいっすか?」


 隣にいた“一人のアズラ”が質問する。


 「わざわざ、こんな遠くから彼らを見てる理由はあるんすか?」

 「ええ、もちろんありますよ。私があの場にいると、全て狂ってしまいますから」

 「“理想の未来”ってやつがっすか?」

 「その通りです」


 アズラはエルに聞こえないようにため息をつく。

 “理想の未来”とやらが見えないアズラにとっては、なんの事かサッパリだ。

 彼女としては、早く帰ってシャワーでも浴びたいのだが、それもまだ叶いそうに無い。

 エルが満足するまで居眠りでもしようかと目を閉じた時だった。―――“別の│自分アズラ”から脳内に通信が入る。……確か、気絶したブリールに付き添っている者だ。

 アズラは目を瞑ったまま応答する。


 『どうしたんすか? ……“別の私”』

 『か……! ブッ―――!!』


 そこで相手の声が途絶えてしまった。

 これはおかしい、とアズラは頭を抱え、目を開ける。しかし、どれだけ呼びかけても、“相手のアズラ”から返事が来ない。

 意識が共有されている彼女達は、どんな状況であろうと、脳内で会話ができる。―――それこそ、どちらかが“死ぬ”まで。

 彼女の頬に嫌な汗がじっとりと落ちる。


 「目覚めたんですね、ブリールさん」


 エルが窓から目を逸らさずに呟く。


 「予想……、してたんすか?」

 「予想……? いえいえ違いますよ。私には“未来”が見えるんです」


 さも当然のように返すエル。

 彼女は何を企む……、いや、何を見ているのか……。


 「“理想の未来”も、もうすぐですね……」     

というわけで、ヨツバ視点の話でした。

皆が楽しんでいる舞踏会の裏で着々と教会は暗躍していってますね。

ビオラがヨツバを誘うシーンが最初に思いついて、この章が決まったりしました。先にアーサーで似たようなことをやってしまったので、奇しくも対比的になってしまいました。


次回は日曜日です。

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