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やりたい事をやる


 ―――“疎楽園”、アジト。

 治療を終え、“人の皮”を被ったディテールが、全身に傷をおったスカリィの治療にあたっていた。

   

 「いったぁぁーい!」


 包帯を巻かれているスカリィがわんわんと喚く。……“液体恐怖症”のため、泣くのは必死に堪えているが、そう長くは耐えられそうにない。


 「少しだけ我慢してね……。終わったら少しは楽になるから」


 ディテールは慎重に包帯を巻いているつもりだったが、スカリィは気にも止めずに子供のように喚くばかりだ。

 涙が零れぬよう少し上を向きながら、スカリィは向かいのソファに腰掛けるタチバナに目を向ける。


 「なんで……? なんで? いつもなら“タチちゃん”が“巻き戻し”ですぐ治してくれるじゃん」

 「悪い。ディテールに使ったら、また魔力切れだ。もうしばらくしたら、ちゃんと治してやるよ」

 「じゃあなんで“タクシーちゃん”の仲間に使ったんだよぉ。なんで私が先じゃないの!」

 「仕方ないだろ、そういう約束だったんだから!」


 タチバナの言う約束とは、疎楽園である彼らをアジトへ“瞬間移動”させる代わりに、イロツキ ミヤビの友人一人を“巻き戻し”で治療するというものだ。

 街の何処にいるかも分からないメンバー全員を探す面倒が省けるし、なにより、その友達が“女の子”、ましてや“魔女”であったため、タチバナに断る理由が無かったのだ。

 スカリィは拗ねたように頬を膨らませたが、すぐに、何かを思い出したように辺りを見回し始めた。


 「そういえば、依頼は? ターゲットはどうなったの?」

 「…………失敗だよ。“ターゲットちゃん”はまだ学園だろ」


 タチバナはスカリィと目を合わせないように言う。


 「そもそも、結局最後はどうなったの? 誰が最後まで残ってたの?」

 「…………」


 その問いかけには答えようがなかった。この場にいる全員が気絶していて、事の顛末を見ていないのだ。

 ―――唯一、見ていたのは。


 「リッティなら、バルコニーにいるわよ」


 自身の机に向かうアンピが、そっと呟く。

 彼女も“盗賊王”からの一撃で負傷しているはずだが、止血は済んでいるらしく、なにより今は、魔術の研究に手を回したいらしい。    


 「休まなくて平気なのか?」

 「ええ。それより今は研究に回したい。オオバヨツバがいい実験資料になったの」

 「ああ……。あれは実にいい資料だな……」


 魔術の暴走により、真っ黒に染まったヨツバを思い出し、タチバナは身震いした。

 “あんなモノ”が、自分の“模倣品”だと思うとゾッとするものがある。

 タチバナは大きく息を吐くと、ソファから腰を上げ二階へ向かう。


 「リッティさんの所に行くんですか?」


 ディテールが、包帯を巻きながら首を傾げる。


 「まぁ、俺も事の顛末を知りたいんでな」

 「大分落ち込んでるみたいですから……」

 「見た目に反さず繊細な奴だからな」


 ディテールからの忠告を受け、タチバナは階段を登っていく。

 まさか、依頼の失敗で落ち込んでいるわけじゃないだろう……。



―――――――――――――――――――――



 「……よう」


 アジトの二階―――バルコニーに出ると、リッティが体育座りをして、顔を疼くていた。チラリと顔を上げ、タチバナを認識すると、再び顔を戻してしまう。

 タチバナは小さくため息を着き、彼女の隣にあぐらをかいた。


 「……ほっときなさいよ」

 「いいや、構ってオーラが出てるね。なんで落ち込んでるのかは、この際聞かない。その代わり、学園で何があっのか教えてくれ。あの場で意識があったのはお前だけなんだ」


 リッティはもぞもぞと身を捩ると、目だけ出してボソリと呟いた。


 「分かった……。教えてあげるわよ」



―――――――――――――――――――――



 突如虚空より現れた“槍”に、ブリールが貫かれた直後、リッティは唖然としてその光景を見ていた。

 倒れ伏すブリール。

 “槍”は役目を終えたかのように、空間へと塵のように消えていく。不思議なことに血は一滴として流れていなかった。……まるで、彼女の意識だけを切り落としたようである。

 全てに決着をつけたオオバ ヨツバは、勝利の雄叫びを上げる訳でもなく、糸切れたように尻もちをついた。


 「さて……」


 エルが、ブリールの上をピョンッと跨ぎ、リッティの元へと近づいてくる。

 リッティの横にいたアズラが、肩を震わせ咄嗟にナイフをエルに向けた。しかし、すぐ仲間であることを思い出したのだろう、気まづそうに懐へ刃物をしまった。


 「素晴らしいですね。ここまで、“理想の未来”へと順調に進んでいます」

 「そうっ……すか……」


 アズラはまだ、状況がのみ飲めていないのだろう、寝ぼけているようにゆっくりと返事をした。―――目の前で仲間が串刺しになるのを見れば当然と言える。


 「しかし、まだ“仕上げ”が残っています。……その前に“後始末”ですけど……」


 エルが、リッティへと目を向ける。

 リッティは心臓を締め付けられるように痛かった。……タチバナとアンピが気絶している今、どんな処分を下されようと抗えないのだ。


 「いいです。全員解放してあげましょう」

 「はぁ?!」


 アズラが素っ頓狂な声を上げる。当然だろう、リッティだって同じような声が出そうになった。


 「どういう事っすか?! タチバナを捕まえる絶好のチャンスっすよ!」

 「彼らの問題は、ゼムストの復活に手を貸していたことです。しかし、依頼が失敗した今、彼はそこまで脅威ではありません」


 エルは前屈みになり、リッティの顔を覗き込むと、「もう、しませんよね?」と子供に言い聞かせるように囁いた。

 これ以上、依頼の続行が不可能なのは明確だ。否応でも撤退せざるおえないだろう。


 「でも……でも! そんなの理にかなってないっすよ! タチバナ(あいつ)に何人の“私”が―――」


 その時、アズラの言葉が途切れた。……理由は単純である。エルに抗った結果、“槍”に貫かれた少女が目に入ってしまったのだ。


 「―――分かったっすよ……。後でブリールさんに怒鳴られても、私は知らないっすよ?」

 「問題ありませんよ。“疎楽園”は今後きっと役に立ってくれますから。―――では、撤退の準備を始めましょうか。間もなく皆さんの意識が戻るはずです」


 エルがそう言うと、アズラ達は顔を見合わせながらも彼女の言う通りに動き始めた。


 「ところで、ブリールさんはどうするんすか? まさか、放置するわけじゃないっすよね?」

 「あぁ……。ブリールさんもそのうち意識を取り戻すはずです。どこか安全な場所に運んでください。―――彼女には、まだ役割がありますから」



―――――――――――――――――――――



 「―――って感じ。後はすぐ貴方の意識が戻って……。後は分かるでしょ?」


 ミヤビの友人を“巻き戻し”で治療し、アジトへ“瞬間移動”で送ってもらったわけだ。

  

 「なるほど……。まさかあの少年がブリールちゃんをね……」


 正確には、エルの“槍”で決着がついたのだが、そこまでの過程は紛れもなく彼の功績だろう。

 タチバナは腕を組み、ふむと唸った。


 「で、今までの説明にお前が落ち込む要素はあったか? 痛い思いもしてないだろ?」


 聞く限り、誰かに暴言を吐かれたわけでも無さそうだし、“疎楽園”においては今回の騒動で唯一無傷だったと言ってもいいだろう。

 リッティは目を細めてタチバナを見る。


 「……そこよ。私だけ痛い思いをしてない。 皆が戦ってる中、私は見てるしかできなかった」

 「そんなの、今に始まった話じゃないだろ。お前は戦闘員じゃないんだ」

 「私、もう一度魔術の勉強してみる……。知識なら人一倍にあるから、きっとコツを掴めば……」

 「魔術が使え無さすぎて、名門魔術一族から縁切りされたお嬢様がよく言うな」

 「でも……! 私だけ何も出来ないなんて耐えられないの!」


 タチバナは大きくため息を着き、リッティの頭にポンっと手を載せた。


 「何も出来ないのは俺達の方なんだよ。お前がいるから“疎楽園”は成り立ってるんだ。 だから、むしろ今のままでいろ。……お前一人くらい俺が守ってやるから」

 「…………」

 「なぁ、俺を除いた唯一の創設メンバーよ。“疎楽園”はどういうモットーで創られたか覚えてるか?」

 「……“やりたい事をやる”」

 「そうだな。一家の“独占魔術”を違法に売りさばこうとして、捕まりそうになっているお前を初めて見た時、俺はこの子を守りたい……。正確に言うと、守らないといけない。…………いや、もっと正確に言うと守らないと死ぬだろうな。と思ったわけだ」

 「…………馬鹿にしてる?」


 怪訝そうな視線を送るリッティに、タチバナは笑いかける。


 「してないさ。お前はそのまま、守りたいと思わせるキャラでいろってことだ」

 「やっぱり馬鹿にしてるじゃない!」


 クスリと笑うタチバナ。それを見てリッティも微笑んだ。

 『やりたい事をやる』“疎楽園”の物語は、ページの向こう側へ―――   

というわけで、疎楽園の物語はこれで終了です。

彼らが主役の番外編みたいなものを書こうかと思っていた時期もありましたが、そもそもタチバナが強すぎて話がつくれないんですよね……。


次回は、学園のキャラに視点が移ります。

残すイベントは舞踏会です。

次回は日曜日になります。

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