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自分の貞操を守っている 2


 「こちらになります」

 

 シャルロットさんが扉を開けると、中から優雅な音楽が流れてくる。

 非常に横長な部屋で、右の壁には絵画、左側はガラス張りになっていて裏庭が一望できるようになっている。

 そして中央に備えられた、長さだけなら棒高跳びの棒に使えそうな程、長い机。その端にはウルカが腰を下ろしていた。


 「こちらへどうぞ」 

 

 シャルロットさんはウルカと一番離れる、向かい合わせの席に俺を案内した。ビオラは座るのを遠慮したようで、俺の後ろに立っている。

 俺が座るのと同時に、白い服の使用人達が湯気のたっている皿を運んできた。

 料理の盛り付けられた皿が俺の辺り一面に並び、いい香りが俺の胃を刺激する。

 ゲテモノ料理でも出てきたらどうしようかと悩んでいたが、どうやら杞憂だったらしい。香囲粉陣とはまさにこの事だろう。

 

 しかし、マナーが一切わからない。

 たしか、複数個置かれているナイフとフォークは、右手と左手でチャンバラごっこをするためだっただろうか。

 ちくしょう……。こんな事ならもっとサイゼリアとかに行っとくんだった。

 

 「ヨツバさんは転生して日が浅いと聞いています。マナーなど気にせずお食べください」


 助かった。あのままでは、「待て」を命じられた犬の気持ちを理解していただろう。

 そうとなれば、早速目に付いたパンにかぶりついた。

 

 「ビオラ! このパンめっちゃ美味いぞ! お前も食うか?!」

 「お気持ちは嬉しいですが、パンカスが床にこぼれております。お気をつけください」

 「お、おう……。すまん……」

 

 冷静に言われると恥ずかしくなる。たくさんの料理に興奮していたが、少しは落ち着くことにした。

 ウルカも静かに行儀よく食べているようで、完全に俺1人が浮いていた。

 

 「では、そろそろ本題の方に入らせて頂こう。 ―――先日“これ”が届けられた」

 

 シャルロットさんは胸ポケットから青色の小さな紙を取り出すと、俺に手渡した。

 ビオラが覗き込み、視覚の共有をする。

 

 “次の満月の夜、“グアリーのペンダント”を頂きに参上します。 アイスストーカー ”

 

 紙には肉筆でそう書かれていた。

 これは所謂、予告状というやつだろう。

 

 「この、“グアリーのペンダント”というのは?」

 「……これよ」

 

 ナプキンで口を拭いているウルカが、残った手で首にかかったペンダントを摘んだ。

 

 「このペンダントは“グアリーの黄金魔術”の鍵であり、これが無くては魔術も使えません。なにより、グアリー家の象徴です。何があっても盗まれるわけにはいきません」

 

 食堂を覆う真剣な雰囲気に、優雅なはずの音楽も冷たいものに感じられる。

 

 「本来ならば、従者である私がお嬢様のお側を離れることはありません。しかし、“アイスストーカー”が予告したのは満月の夜、その日は民族の都合上、人と会うことがゆるされていないのです。そのため、私がお側にいることは出来ないのです」

 「それで俺が呼ばれてということですか?」

 

 シャルロットさんが首肯する。

 つまりは、シャルロットさんの代わりという事だ。

 …………ちょっと待てよ。よく考えれば依頼当日にシャルロットさんはいないということではないか…………。


 「あなた―――に、ごえ―――まるの?」

 「あ? なんだって?」


 ウルカが何か言ったようだが、声が小さくて全く聞こえない。 

 シャルロットさんはウルカの側により、何か耳打ちされた後に戻ってきた。

 

 「お嬢様は、『あなた如きに護衛なんてつとまるの?』と申しております」

 「人を使ってまで罵倒するな!」

 

 再びシャルロットさんがウルカに耳打ちをする。

 

 「『現に昼間、私に負けたじゃない。アナタじゃ皿洗いが妥当な仕事じゃない?』」

 「生憎だが、男子厨房に入らずを心がけてるんでな…………それより、こんな人伝いで会話するのは面倒だろ。たしか、“ベルの通信魔術”だったか、離れてても会話できる魔術かあるんだろ? それ使おう」


 完璧な提案だと思ったのだが、ウルカは俺を睨んだまま黙ってしまった。

 

 「すまんな。お嬢様は“グアリーの黄金魔術”以外使えないのだ。勘弁して頂きたい」

 

 大口叩いておいて意外とショボイではないか。その“黄金魔術”がべらぼうに強力だが…………。

 どちらにしろ生意気な小娘を黙らせて清々しい気持ちである。 

 食事を再開しようとした時、食堂の扉がバンっと音を立てて開かれた。

 

 「私もお嬢様と同意見だな!」

 

 食堂にズカズカと入ってきたのは、胸に勲章の付いた制服を纏うメガネの青年である。

 緑色の髪は丁寧にセットされ、腰に携えた銃剣が目を引いた。

 

 「彼は、サンチェス マイヤード。 グアリー家警備隊の隊長です……」

 

 シャルロットさんに紹介され、サンチェスは偉そうに胸を張った。隊長と言うくらいだから実際偉いのだろう。

 サンチェスが俺を睨む。

 

 「貴様、ヨツバと言ったな。習得している魔術を言ってみろ」

 

 習得している魔術?

 ビオラと思考を共有すれば、自由魔術を使えるはずである。しかし、実際のところ全て成功するかは分からない。

 

 「使えない魔術などない。全ての魔術は俺のためにあるのだ!」

 

 と噛ませっぽいことを言ってもいいのだが、シャルロットさんの前なので使用したことのある魔術を答えることにした。

 

 「たしか、“フィボロスの弾性魔術”と“ラヴトスの溶岩魔術”だったかな。その二つなら使ったことあるぞ」

 「はっ! やはりそうか!」

 

 サンチェスは予想通りとでも言いたげに笑う。

 

 「あの程度の魔術、誰だって扱えます。外部の人間を雇うにしても、彼のような弱小転生者ではなく、私の推薦するプロの護衛の方が良いかと思いますがね」

 

 俺を馬鹿にするとはいい度胸だ。

 腰についた銃剣が無ければ、自転車のサドルに、噛んだガムを貼る程度の嫌がらせをしていただろう。

 

 「たしかに、彼より腕のたつ魔術師はごまんといるでしょう。しかし、“アイスストーカー”の身元が分からない以上、雇った人間が実は奴の仲間、という事も想定できます。その点、“転生して間もない”ヨツバさんが“ナイトストーカー”と繋がっている可能性は極めて低い。どうですサンチェス隊長。そういった面ではアナタより信頼に値するかもしれませんよ?」

 

 二人は仲が悪いのか、シャルロットさんも挑発的な物言いである。

 雇った奴が“アイスストーカー”の仲間である確率なんてかなり低そうだが、ありうる可能性はできるだけ消しておきたいのだろう。

 男子ができるだけバレない場所に卑猥な書物を隠すのと同じことだ。

 

 「…………フン、まあ良いだろう。今更考えを改めるようにも見えない。私がやる事も変わらないのだからな」

 

 サンチェスは渋々納得した様子で不機嫌そうに食堂を後にした。

 どうやら俺はあまり歓迎されていないらしい。

 そりゃあ、自分の貞操ばかりを必死に守ってる奴に護衛などされたくないだろう。

 しかし、シャルロットさんに頼まれたのだ。ここに来て断るなど男が廃る。

 

 「ところで、次の満月はいつなんです?」

 「明日です」

 

 シャルロットさんが即答する。

 それはそれは…………。

 そうとなれば明日に向けて腹ごしらえである。

 目に付く料理を片っ端から口に詰め込んだ。


 

  

 夕食会(……とは言っても俺ひとりが食べていただけだが)を終え、シャルロットさんの引率で玄関ホールにまで戻ってきた。

 

 「本日はごちそうさまでした」

 

 何も食べていないはずのビオラがシャルロットさんに深々と頭を下げる。それに連られて俺も同じようにした。

 

 「おふくろの味が阿呆らしく思えるほど美味しかったですっ!」

 「私に言われても困る……。シェフに言っておくよ」

 

 照れくさそうにするシャルロットさん。

 シャルロットさんにお呼ばれした夕食会なんだから、誰が作ったとしてもシャルロットさんの料理ということになるよなぁ?!

 …………駄目だ。自分で何言ってるか分からない。

 

 「明日はよろしく頼むぞ。“お嬢様”をしっかり護衛してくれ」

 「もちろんです。命に変えても守りましょう!」

 「その意気込みなら安心できる……。何だかんだ君には期待しているのだ」

 

 シャルロットさんに期待されたとならば、遂行するしかないだろう。握り拳に力が入る。

 

 「それで、報酬はいくら欲しい? 本来ならば先程話すべきだったが、お嬢様は金銭関係の話を好まんのでな」

 「いくら……? っていうか貰えるんですか?」

 「もちろんだ。君の望む金額で構わない」

 

 まさに棚からぼた餅。

 貰えないものだと思っていたから、その分悩ましいものだ。

 しかも、望む金額を貰えるってなんだ?!明らかに、俺の人生最大のボーナスタイムではないか! こんな事なら、この世界の最大単位を覚えておくんだった。

 しばらく唸りながら考える。

 

 「いえ、依頼が終わってからにします。働きに見合った報酬をください」


 詳細な金額をねだらないことで、謙虚さをアピールする作戦である。

 もちろん、喉から手が出て誰かと握手できるほどお金は欲しい。女の子みたいに、街でお買い物もしたい。しかし、ここで強気にも強欲な選択をすれば、俺の浅はかさがシャルロットさんに垣間見えてしまうではないか。  

 

 「そうか……。では事が済んでから話そう」


 謙虚さが足りなかったのか、それとも早口過ぎて聞き取ってもらえなかったのか、シャルロットさんは特に反応もなく受け流してしまった。

 やはり、「お金なんていらない! 貴方が欲しい!」と猛烈にアピールするプランBの方が良かったかもしれない。 

 

 「では、月が欠けた頃に会えることを願う。頑張ってくれたまえ」

 

 小さく手を振るシャルロットさんと別れ、俺とビオラは馬車に乗った。

何故か小分けした話でしたね。

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